モスキート_ヘル4

モスキート・ヘル(1-3)

「えー! なんでおうち燃えたんですか!? 今日のお給料出ますよね!?」
「たった今家を失った善良な親子にお前は何を言ってるんだ!?」
 善良かどうかはわからないけどお給料出ないのは困る!
「タダ働きイヤですもん! うちだって食べ盛りの弟妹が五人いるんですよ!?」
 炎の前で喧嘩する。

「現金はさほど家に置いていなかった、通帳は再発行できる、仕事の道具が燃えたのは痛いがいま背負っているものが無事なら次の仕事はできる。ただテルちゃんを夜風に晒したくはない……」
 さすがに冷静さを欠いているらしく、ぶつぶつと独り言を早口でつぶやくモスキート・ヘル。お給料は出るのかな。

「とにかく新しい家を探さないといかんが、その間テルちゃんを休ませるところを探さないとな。おい女、家が見つかるまでお前の家に私達を置け」
「えっ、普通に困るんですけど」
「なんだと、私がこうやって頭を下げてるのに断るというのか?」
「頭下げてないですよね?」
 家族六人いるんだよ!?

「テルちゃん、おっきしなさい」
 モスキート・ヘルがテルくんをなでなですると、むにゅむにゅ言いながら目を覚ました。
「ンー、お父様、あれ、お外? あつイ、焚き火?」
「テルちゃん、おうち燃えちゃってパパ困っちゃった。泊めてもらえるようにテルちゃんからもおねえさんにお願いして?」

「絶対泊めないですからね」
 生活がかつかつなのに居候までいられたら困る。いくら子供に頼まれたってこれだけはひけない。
 テルくんが眠そうな目をじっと向ける。美少年だなあこの子。いつも舌が出っぱなしだけど……。
「おねえさン、すみませン。『お父様とテルを泊めてくださイ』」
「ミ゛」

 変な声が出た。眉間の真ん中を何かが殴ってきたような衝撃。目の前がチカチカとウタマロのネオンみたいな色で点滅する。耳元でたくさんの人がしゃべる声がする。二人を泊めてあげようよ。そう言っている。
「オ゛ッ」
 胸の奥からなにか熱い塊がせりあがってきた。暴力だ。これは暴力的な特能だ。

「げっ、げええっ、おげぇ」
「おねえさん、『お父様とテルを泊めてくれル?』」
「ア゛ッ、とっ泊める、泊めます、泊めさせてください、おげ、おえっ」
 わたしは這いつくばって、ゲロを吐き散らかしながら地面を転がった。
これが、テルくんの特能。この親子は、今までこうやって生きてきたんだ!

 気がついたらわたしは自分の家の寝床で寝かされていた。まだ頭がぐらんぐらんする。
「おじさんすげー! 卵2つ同時に割った!」
「おじさんではないモスキート・ヘルだ」
「ねー、テルくんまた寝ちゃったー、起こしていい?」
「やめろ、起こすな」
 弟妹たちが騒ぐ声にガバッと起き上がる。

「やっと起きたか軟弱者め、お前の家族のぶんまで飯を作ってやったから早く食え」
 なんかやってるなと思ったらモスキート・ヘルがテーブルにドンと置いたのは大量のチャーハン!
「礼はどうした!」
「あ、ありがとう、ございま、す?」
 いやいやありがとうじゃねーし! 寝てたのあんたのせいだし!

 兄弟たちとわいわいしながらチャーハンを食べると、悔しいけど案外美味しかったりした。なんとなく生活力皆無みたいな感じに思ってたけど、よく考えたらこの人父親なんだもんな……奥さんとかいなさそうだし。わかんないけど。
 モスキート・ヘルはテルくんにチャーハンを食べさせている。溺愛だ。

 チャーハンを食べながら今後の相談をする。
 とにかく家が燃えてしまったので新しい家を探さないといけない。
「防犯対策は怠らなかったがまさか区画ごと燃やしてくるやつがいるとは思わなかった」
 そういうことされる人がうちに泊まってるだけで嫌なんだけどな……痛い、嫌だって思っただけで頭痛。

「ミスターが追われてるの、テルくんの特能のせいですね? なんか無理矢理言うことをきかせるような、そういう能力なんでしょう?」
 テルくんに「お願い」されたとき、わたしはまるで脳みそをかき混ぜられてるような不快感を感じた。人に無理矢理言うことを聞かせたい人はきっとたくさんいるだろう。

「確かに……確かにそれは追われている一因ではあるが、今回のはそっちや借金関係ではない気がするな」
 お金もテルくんも燃えたら回収できない。じゃああとは私怨くらいしかないじゃん。
「恨みとか買ってます?」
「お前、私の仕事をなんだと思ってるんだ?」
 拷問する人でしたね……。

「とにかく、これから私は燃えてしまった通帳を再発行するなどの手続きをしながら、新しい家を探さないといけない、引き続き護衛を頼む」
「賃上げを要求しますね、ごはん一食ぶんでどれほど食材使うか、チャーハン作ったんならわかるでしょう?」
「おじさんのチャーハンおいしかった!」

 また眠ってしまったテルくんの髪の毛を編み編みしながら末っ子のアイリスが笑った。
「オッサンオッサン」
「オッサンオッサン」
「オッサンではない、モスキート・ヘルだ」
気づくとショウブとカキツバタが、モスキート・ヘルの両側に立っている。
「隠れ家探してんなら、心当たりあるよ」

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