モスキート_ヘル3

モスキート・ヘル(1-2)

 昨日の下水の入口でのことをなんとなくひきずったまま、モスキート・ヘルの護衛に来たわたしは車でウタマロのヤクザ街に連れてこられ、何故だか今控え室でお茶を出してもらっているのだった。隣では車椅子のテルくんがすやすや眠っている。
(ふ、ふ、ふ、フーゾクビルじゃーん、ここ!)

 ウタマロシティはほぼ歓楽街で占められていてそれ以外はだいたいスラムっていう都会の光と闇みたいなところで、わたしはスラム出だから色とりどりのキンギョ(エッチな仕事の女の人のことだ)がひらひら歩いてるフーゾクビル街は眩しくて目がチカチカしてしまう。

(まあ、わたしも特能がなければたぶんキンギョになってたんだろうけど……)
 自分の一張羅のスーツの袖を見ながらわたしは特能に感謝する。いや、わたしだってはじめては好きな人がいーもん!
 自分の思考に無駄に興奮してアイスティーのストローを無意味にぶくぶくしてまった。

「アヤメちゃんだっけ」
 アイスティーを持ってきてくれた男の人が話しかけてきた。ここまで運転してつれてきたのもこの人。恐らくわたしと同い年くらいだ。
「俺はドラフツ。ウタマロのしたっぱだけど、これから出世して見せるぜ」
 ドラフツと名乗った彼はわりと軽薄な笑顔を見せた。

 なんだこいついきなり、という顔をしたわたしに気づいたのかドラフツはああ、と居ずまいを直した。
「ごめんごめん、こういうとこでキンギョじゃない子見るの久しぶりなんだよ。モスキート・ヘルのボディーガードなんだって? ふつーの子に見えるけどなあ」
 見上げたモニターにモスキート・ヘルが映る。

 モニターのモスキート・ヘルは椅子に縛り付けられた紙袋を被せられた人の指の爪を小指から一枚一枚丁寧に剥がしていた。うううん、いたいいいい。
「モスキート・ヘルって、どういう人なんですか」
 わたしは昨日の下水での事を思い出していた。拷問吏、そう言われていたはずだ。
「聞いてないの?」

 ドラフツはビックリした顔でこちらを見た。よく見るとこの人片目だ。
「つい最近雇われたばっかなんですよね、しかも路上で、成り行きで……」
 むにゅにゅ、と声がするので見やるとテルくんがもにょもにょ寝言を言っている。この子も謎だよな、いつ見ても寝てるし……。
「へー、ヘルの旦那がねえ。あの人はなんつーか、ファミリーに依頼されて拷問する人だよ。親の代からずっとそうらしい。」

「いや、ほんとに何も教わってないですね、そもそもわたしとモスキート・ヘルの出会いは……」

                ◆

 その日わたしはウタマロ歓楽街の酒場のひとつで用心棒の一人として雇われていた。
 家族を守るためにちょっとした荒事を片付けていたら、こういったところで働くつてができたのだ。
 銃の撃ち方は見よう見まねで覚えてるけどちゃんと当たるかわからない。ただわたしの体は反動を感じないのだ。

 パパパパッと剣呑な音がしてわたしたち用心棒が外に出ると、すでに撃ち合いが始まっていた。
「ヒロシゲヤクザだ!」
 誰ともなしに声をあげる。ウタマロヤクザとヒロシゲヤクザは仲がよくなく、お互いのシマで小競り合いを度々繰り返しているというのはわたしでも知っていることだ。

「どけ!」
 お店のお客を避難させなきゃと店に戻ろうとしたとき、ベビーカーみたいな車椅子に子供をのせた鍔広帽の背の低い男が全速力で突っ込んできた。
「モスキート・ヘルコラー!」
 パパパパッ!
 それを追いかけてきたヒロシゲヤクザが続けざまに銃を発射する!
「当たったらどうする!」

 男は近くにいた用心棒の上着をひっつかみ盾にした。盾にされた人は当然銃弾を浴びて死んで……嘘でしょ!? 今日の仕事の雇用主!
「今日の給料!」
 急いで駆け寄ったけど即死だった。
「銃を寄越せ!」
 男はわたしの腰のホルスターから銃を抜くと、重たくなった雇用主を捨ててわたしを盾にする!

 パパパパッ!
「いっだ! げほ……」
わたしの肩とか胸に銃弾が食い込む……けど、一応大丈夫。でもすごく痛い……。
「特能持ちか、ちょうどいいな。そのまま盾になれ」
「ちょっと! おっさん! げほっ」
 わたしは生きた盾にされながらその男と子供と路地裏に逃げた。そのままいてもタダ働きだし……。

 入り組んだ路地裏はわたしの独壇場だ。どこをどう逃げたのか、いつしか追っ手はいなくなっていたけど、体はズキズキするしお給料無しだしなんもいいことない。
「生きてるだけまし!」
 気持ちを切り替えて、へたりこんでぜえぜえしてる男に向き直る。
「おっさん、困るんだけど!」

「ぜっ、ぜっ、ひゅーっ、ゲホゲホ、ガッ」
 めちゃくちゃぜえぜえしてるので振り上げた拳のおとしどころがなく、迷う。車椅子押しながら片手でわたしをぶら下げて走ってたんだからこの人の体力も相当だよな……。
「はっ、はっ……オッサンではない、はっ、モスキート・ヘルだ」

                ◆

「そういうわけでわたしは頑丈さを見込まれてモスキート・ヘルのボディーガードになったんですけど……」
 ドラフツに話をしている間に、モスキート・ヘルの仕事が終わったようだ。モニターには後片付けの様子が写し出されている。
「この映像、今日中に俺が編集して送らなきゃなんないんだよね」

 モニターとドラフツの話から推測するに、モスキート・ヘルは拷問をする人で、その映像を何かヤクザのやりとりに使ってるんだと思う。この間の死体はモスキート・ヘルに拷問されて死んだ人なのかも……。
「テルちゃんおまたせぇ! パパだよぉ!」
 ドアがバーンと開いてモスキート・ヘルが帰って来た。

 身体中から血の臭いがしててすごいイヤだなあ……。
 モスキート・ヘルはテルくんをひととおりちゅっちゅぺろぺろしたあと、ドラフツと報酬のやり取りをする。振り込んでおいてくれとかなんとか言ってるから口座持ってるんだな……。どのくらい借金あるんだろうなこの人。
「さあ、帰るぞ」

 モスキート・ヘルとテルくんを護衛しながら帰路につくと、何やら町が慌ただしい。
 走ってきた人に声をかける。
「何があったんですか!?」
「放火だ!」
 私たちは顔を見合わせると、次の瞬間走り出す。
 一昨日別れた路地まで来ると、集落はごうごうと燃えていた。
「私の家が……燃えただと?」

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