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「アイ・アム・ノット・フェミニスト!」

saebou‏ @Cristoforou さまのツイートを受けて

初めまして。遠藤麻衣と申します。

(FTFocus:夫、家族、世間との関係を問い直してみる 婚姻という契約、儀式的な結婚式『アイ・アム・ノット・フェミニスト!』

FT Focusインタビュー中のご指摘いただいた箇所では、主にファッションとして受容されたフェミニストというイメージについて応えています。フェミニズムの認知と、フェミニストというイメージの受容は異なるレベルにあると、私は考えていてます。
フェミニズムの内実と隔たれたところでファッションとしてFeministを着る。”みんな同じ主張をしはじめる”とは、ファッションが大量生産されて消費される規模と時間のスケールを想定しています。

『奥様は、取り扱い注意』『監獄のお姫さま』……「フェミニズム的な話は世間に受けない」はウソ )

先のツイートに貼られていた記事を拝見いたしました。こちらで書かれているテレビや雑誌といった日本マスメディアの制作現場がどのような状況なのか、理解が追いついていませんが、芸術(教育)の現場においても、似たような状況はありそうです。フェミニズムはいばらの道なので、逃げ道を用意しておいた方が良いと目上の方からアドバイスをいただいたことがあり、それは”受ける土壌はないと一蹴され”ることと近いと思います。一方、ダイバーシティ、女性活躍の推進という名目で方針としてはフェミニズムを肯定する動きも強く感じています。制度の理念上では推奨、個人の現実ではやめておいた方がいい、こういう理屈を感じます。

今作「アイ・アム・ノット・フェミニスト!」は、自分自身の結婚をモチーフにしています。結婚には、未婚・既婚・事実婚しかありませんが、既婚を選択した場合、現状の婚姻制度を追認したことになりかねません。かつてドイツ人の方から、結婚することとフェミニストであることは関係がないのではと言われたことがあります。ですが、日本の婚姻制度では、夫婦同姓、不貞行為などにおいて男女の不平等が存在しており、日本固有の問題として捉えるべきだと思います。結婚を選択するのは様々に理由はあると思いますが、結婚を選択した自分の状況に対するアイロニーとして「アイ・アム・ノット・フェミニスト!」と自称するタイトルが機能していると考えます。インタビューで”パロディというか。”と答えていますが、パロディというよりアイロニーとした方が適切でした。

婚姻にまつわる不平等は、制度の問題のみならず、社会の固定観念の問題が大きいのではないでしょうか。ですので、今回のパフォーマンスでは、契約という形をとり、固定観念の変換を試みています。未婚・既婚・事実婚の区別におさまらない、オルタナティブな婚姻のあり方を発明しようとしました。その結果、私たち夫婦は離婚届を出すにいたりました。今度再び婚姻届を出すときは夫が姓を変更して私の姓になります。自分のパートナーシップに正統性を求めつつ、結婚の新たな形式を発明するのは、自己の矛盾を乗り越えて受け入れるということとは違います。ですのでバッド・フェミニストではありません。


パフォーマンスは面白いが、タイトルは全く機能してない~『アイ・アム・ノット・フェミニスト』2017-10-26(2018.3.15リンク追記)


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