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各駅散歩の旅(102)

3月ですね。
早速、お散歩して来ました。
微妙な天気で、気温も上がらなかったですが、曇天気味でも殆ど風が無かったので、お散歩し易かったです。

いずみ中央駅

[いずみ野線]

横浜市内シリーズ70

ゆめが丘駅方 (湘南台駅)
いずみ野駅方 (二俣川駅)

"いずみちゅうおう"駅は、他に泉中央駅(宮城県仙台市泉区)と和泉中央駅(大阪府和泉市)がありますね。
いずみ中央駅は、横浜市泉区にありますから、"泉中央"であるのかなと判断しますけれど、ややこしいのは戸塚区から分区する前から、この辺りの地名は"和泉"なのです。
なので、古くから知る人間にとって、『いずみは和泉』に変換されていまし、実際の住居表示も和泉中央です。

泉区が瑞祥地名であるのは確かですが、和泉から来ているのも間違い無いので、1番発展していた隣町の中田(後年ブルーラインの駅開設)への配慮があるとか無いとか、そんな雰囲気はあります。
但し、隣駅のいずみ野駅は、宅地開発で新たな地名を創出しているので、それに合わせただけかも知れません。
何れにしても、泉区総合庁舎もありますから、中央に偽り無いとも言えますが、横浜市の端ですし泉区の端ですね。

お散歩

泉区総合庁舎

いずみ中央駅の脇には和泉川が流れていて、駅から少し歩くと長後(大山)街道に出て、橋の斜向かいに泉区総合庁舎がありました。
橋は渡らずに、長後街道を少し歩きました。

少し坂を上ると和泉坂上交差点で、環状4号との交差ですが、主要地方道18号で押してるみたいです。
特に、重複区間とかでは無い様ですし、同じ道路の名称です。

一先ずは、瀬谷方面へと向かいましたが、道路は和泉川と境川に依って作られた、河岸段丘上を通っていますね。
瀬谷迄歩いても、7キロくらいあるらしいので、途中で道を逸れました。

訓練施設?
和泉川方面

相鉄の高架下には、線路等があって、訓練施設の様でした。

佐婆神社

段丘の端にある静かなお社で、鳥居の内側から入って、お参りをさせて戴きました。

源満仲(頼朝の8代前)をお祀りしているそうで、この周辺には他に、『左馬』や『鯖』を冠するお社が幾つか鎮座していて、境川沿いのお社では、源義朝(頼朝の父)をお祀りしています。満仲と義朝は共に就いた官職が左馬頭(さまのかみ、ひだりのうまのかみ)でしたが、それが社号に関係しているのか、表記の違いにしてもハッキリしておらず、その辺りの事は良くわからない様です。

お散歩2

和泉川
神田橋

お参りの後は、再び和泉川沿いに出て、右岸を下流へ歩いて、神田橋で左岸へ渡りました。

川沿いの菜の花が綺麗でしたが、桜並木でもあります。
この辺りの和泉川左岸は、遊水地となっていて、グラウンド等に活用されているので、子ども達の元気な声も響いていました。

河津桜

遊水地を越えて、総合庁舎の近く迄行くと、綺麗に河津桜が咲いていました。
和泉川沿いは、ソメイヨシノの並木なので、まだ少し早かったですね。

長後街道に出ても面白く無いので、住宅街に足を向けてふらふら歩きました。
時折、車や人の姿がありましたが、殆どが静寂な雰囲気で、やはり古い町ですから、高齢化が進んでいるのでしょうかね。
農地も僅かに残っていましたが、新し目な低層集合住宅も散見出来ましたので、それなりに開発も進んでいる様です。

バス通り(かまくら道 県道402号阿久和鎌倉線)に出たので、長後街道方面に向かって歩きました。
車は断続的ではありましたが、歩道も無く狭いので、途中で脇道に逸れました。

立場地区センター
中和田カトリック教会

住宅街の裏道を歩いていると、地区センターや教会等もありました。
恐らくは元々農地で、表通り(かまくら道)沿いに、余剰の用地が無かった感じですかね。
中和田とは何ぞや的な話もあるかと思われますが、今の泉区辺りは鎌倉郡中和田村でありまして、横浜市に編入されたのでした。
戸塚区(と瀬谷区泉区栄区)は、そもそもが鎌倉なのです。
佐婆神社の話等でも、鎌倉との結び付きが容易に伺えますし、明治以降のぽっと出に過ぎない横浜村とは違います。
中和田村も、"中"田村·"和"泉村·上飯"田"村·下飯"田"村等が合併して、生まれた村なのです。

ゴール

ブルーラインの立場駅でした。
100分程のお散歩でしたが、長後街道を歩いたら15分位の距離ですかね。

イトーヨーカドー立場店

実は、立場駅前のヨーカドーに15分程立ち寄ったので、お散歩は実質85分程度なのでした。
何の変哲も無い、大都市郊外の住宅街ではありますが、妙に落ち着く雰囲気もあって、歩いているだけで不思議と楽しかったです。