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ガイドブックを掘る、韓国の旅1

20年分のガイドブックを並べてみた

 昨日、ツイッターで古いガイドブックの話をしていて少々心が乱れた。長らく中断していた仕事を思い出したからだ。それはガイドブックの歴史を掘るという作業。ツイッターではゆうきさんが、2003年の韓国ガイドブックのホンデ(弘大)地図と現在の地図画像を比べて、ホンデの範囲がとても拡大していると言っていた。画像には見覚えがあった。あれはたしか…、地図の地色とスケールのとり方で想像がついた。

 それは老舗のガイド出版社の新シリーズだった。装丁は女性向けで、2003年の時点では、韓国版の内容は他を頭一つ抜いていた。だから小さいながらもホンデがある。手元にある「まっぷるマガジン・ソウル」のバックナンバーを確認してみたら、ここでの初出は2005年だった。ホンデだけではなく、今では定番のカロスギルや三清洞のエリア地図もなかった。代わりに文井洞の地図などがあって、ああ、懐かしい。

 日本で出版されている韓国ガイドブックには、その時どきの韓国の変化が非常にリアルに反映されている。それがリアルだと自信をもって言えるのは私自身が直接関わってきたからだ。韓国で暮らし始めたのが1990年、ガイドブックの仕事を本格的に始めたのは1998年、以来20年余り韓国を定点観測してきた。今、家にある20年分のガイドブックを並べてみると、街の変化や韓国の人々の嗜好の変遷がとてもよくわかる。そして他の書籍にはない、ガイドブックの真面目さにあらためて感動もする。

ガイドブックだから、信頼できること

 それ以前にも黒田福美さんの『ソウルの達人』を手伝ったり、雑誌やテレビ番組の韓国紹介の仕事はしてきた。ただ、それらは著者や番組ディレクターの意図が強く反映されたもので、良くも悪くも主観的だった。ガイドブックはそれとは正反対だ。とくに私が1998年から関わった実用書としてのガイドブックは、ほとんどの場合著者は不在であり、編集者と複数のライターの共同作業だった。そこでは作者(ライターや編集者)の意図は重要ではなく、大切なのは「正確な情報」、思い入れや誇張はかえって旅行者の迷惑になると考えられた。また80年代にみんながお世話になった『地球の歩き方』が「地球の迷い方」と揶揄されていたこともあり、それ以降のガイドブックは、地図の精度やデータのティテールなどに非常に気を使っていた。私たちは自ら歩いて地図を点検し、お店を一軒一軒まわってデータをチェックしていた。年に数回の点検のおかげで、日本で発行されるガイドブックは、韓国現地発行の観光マップ類よりも、はるかに精密で正確だった。

 とはいえ、2000年代半ばまでは、東京編集部の意向と現地の我々との間ではいつも揉めていた。日本側の要求に「韓国」が応えられないのだ。責任はなんでも日本的に考える編集部と、誇大広告をばかりを打つ韓国側の双方にあった。たとえば2000年当時、ある日本のガイドブックは狎鴎亭に「韓国の代官山」というコピーをつけようとして、私も東京から派遣されたカメラマンも途方に暮れた。

 「ここをどうやって代官山のように撮るのか?」

 一回きりのTV番組なら、オシャレな部分だけ撮影したものを編集して流してしまえばいいかもしれない。女性誌の特集ページも目で楽しめれば読者は満足するかもしれない。でも、ガイドブックはそうはいかない。ガイドブックを買うのは実際に旅行する人で、それを見ながら実際に街を歩くのだ。記載事項は直ちに検証されてしまう。ハッタリやごまかしは通用しないのが、ガイドブックの厳しさだ。

外国人観光客御用達エリアが姿を消し、生活圏へ

 それに加え、2000年代に入ってからは、韓国人の生活圏と外国人観光客用エリアの境界がなくなった。韓国人の若者が発展させた狎鴎亭や弘大に外国人が訪れ、逆にもともとは観光客の街だった梨泰院や仁寺洞に韓国人が訪れるようになった。ガイドブックも韓国の流行をそのまま反映することが主眼になった。そこの登場してきたのが、弘大であり、カロスギルであり、三清洞だ。さらに西村、延南洞、付岩洞といった新しい街が追加されていく。韓国、特にソウルの街の変化はガイドブックにきれいに反映されている。ちなみに、まっぷるマガジン・ソウルで比較するなら、2003年度版の掲載物件は約300件で2018年度版はその倍の600件ほど。これは一冊に収録できる物件数の上限で、他の人気エリア(たとえばハワイとか台北)に比べても多い。それほど、日本人が行ってみたいと思う店が増えていた。

 こうなったのはやはり、日本人と韓国人の嗜好が似ていて、物価もよく似ていて、使えるお小遣いも似ているだろうなと思った。

 ところで、私自身はこころへんにはあんまり関心がない。現場にいたので、これ以上の好奇心がわいてこない。ただ、このあたりのことで論文を書かれる方がいるなら、お手伝いはしたいと思う。それよりも私が気になるのは、自分が知らない過去のことや、日本人以外の外国人のこと。過去の日本人がどんな韓国の旅していたのか。日本人以外の外国人観光客は韓国の旅をどんなふうに楽しんでいるのか。

 それを調べてまとめてみようと思ったのが5年前のこと。自分が関わったこの20年分のガイドブックだけでなく、それ以前の本も集めて「韓国ガイドブックの歴史」をふりかえってみよう。そこから日韓関係の変化が眺めてみようと思った。そのきっかけとなったのが、冒頭の写真、『韓国の旅』(KKワールドフォト・プレス)だ。初版は1972年、このタイプのガイドブックで韓国を一冊にしたものとしてはもっとも古い。私の手元にあるのは1982年度版(14刷)だけど、それでも40年近くも前になる。そこの中にある韓国はどんな風景なのか。紹介されているレストランは、今、何軒残っているのだろう?(つづく)


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