「Asterism」制作よもやま話 ―楽曲編―

【2024.4.12追記】

○男声ボーカリストの謎に迫る

大変遅ればせながら、『B-PASS ALL AREA vol.17』や『アカペラスタイル vol.1』のインタビュー内で話題に登場した“デモで仮歌を歌う謎の男声シンガー”についてお話しようかと思います。
別に隠すつもりはなかったのですが、話すきっかけを失ったままここまで来てしまいました笑

ゴスペラーズのメンバーの皆さんには少しお話させていただいたのですが、このボーカルはAIやVOCALOIDのような合成音声ではなく、コーラスも含めて全て生身のシンガーさんの声です。
デモを制作するにあたり、仮歌のお仕事も受けてくださるシンガーさんをインターネット上で探し、2人の方に歌入れしていただいたあと、私がミックスして仕上げました。
(2人の方にお願いしたのはそれぞれがカバー可能な音域の都合です)

まず、この場を借りてシンガーさんを紹介させていただきたいと思います。
リード・Top・2nd・3rdの4パート担当
Kaito Akatsukaさん
【HP】https://www.k-rec-studio.com/
芯のあるしっかりとしたファルセットが素晴らしいシンガーさんで、音楽作家さんとしても活動されています。
高音域の多い『Asterism』もCD音源と同じキーで歌ってくださいました!

ベースパートを担当してくださったシンガーさんは現在活動をお休みされているのと、サイトやSNSアカウントをお持ちでないようなので、今回は公表を控えさせていただきたいと思います😌

さてさて。
『Asterism』は男性アーティストを想定した曲であることから、より完成形をイメージしていただきやすいようにデモを男声ボーカルで作ることは最初から決めていました。
これが後に私が性別すら不詳の謎の人となる原因になろうとは…笑

公募企画が発表された当時、応募要項には「プロ・アマ問わず」と書かれていました。
アマチュアかつ実績もない私のような一般人にも門戸が開かれた一方で、すでに活躍されているプロを含む多くの応募者の方たちと互角に戦うにはそれなりの武器が必要です。
曲そのものについてはやれるだけのことはやりきったので、それ以外のところで何ができるかと考えた末、デモ自体のクオリティにこだわることにしたわけです。
そのこだわりのひとつが人間のボーカリストによる仮歌でした。

人間は何度も歌えば疲れてしまったり、スケジュールやコンディションの問題で今日は歌えない…なんてことが起こります。
これに対してAIやVOCALOIDでは無制限です。24時間なんぼでも歌ってくれるなんてもう最強。つよつよです。
(ちなみにAIとVOCALOIDでは音声を作り出す仕組みがちょっとだけ違います)
それなのになぜ人間のボーカリストを選んだのか。それにはいくつか理由がありました。

身も蓋もない話ですが、ひとつはAIを使うという選択肢がそもそも存在していなかったからです!笑

デモを作っていた2020年初頭はAIによる歌声の合成技術を使った製品がほとんどなく、合成のクオリティも今ひとつという状況でした。
もうひとつの合成方式であるVOCALOIDはすでに存在していましたが、その仕組み上、人間が実際に歌った音声のように自然に仕上げるのにはあまり向いていないかな…と感じるところがあり、こちらも選択肢には入りませんでした。

この数年の間にCeVIO AIやSynthesizer VのようなAI音声合成ソフトウェアが登場、驚異的なスピードで改良が進み、現在では本物の人間の歌声と比べても区別がほとんどつかないほど自然な声でコンピュータに歌ってもらうことができるようになりました。
(感情の乗せ方もコントロールできるし、エッジボイスやファルセット、ラップなんかもできるんです。すごいね…!)
これについては日夜研究開発にあたる方々の努力の賜物だと思います。本当にありがとうございます。

それだけできるなら今度からAIにしたら?と思われることでしょう。しかしそう単純な話でもないのです…。

①声のバリエーションに限りがある
AI音声合成には音声の元ネタとなるデータベースが必要です。
男女別、声質や言語別など様々なタイプのデータベースがリリースされていて、一部のものには初音ミクのようなキャラ付けもされています。
しかし、生身のボーカリストに比べると選択肢がまだまだ多いとは言えない状況で、特に男声のライブラリは女声の半分以下しかなくバリエーションが少なめです。

②言語の縛りがある
ベースとなるデータが英語だけ、日本語だけ、というケースが大半です。(複数言語対応のものもあります)
簡単にいうと、英語ネイティブのシンガーと日本語ネイティブのシンガーがいるのです。
日本語シンガーに英語の歌詞を歌わせることももちろんできるのですが、元データの都合で日本語訛りのような英語になってしまう(その逆も然り)といった問題が発生しやすく、表現したい内容によっては不自然になる可能性があるのです。

③自然に仕上げるには調整が必要
AI音声合成システムは、メロディと歌詞のデータをただ入力するだけでもメロディラインなどをAIが判断してある程度の感情のニュアンスをつけてくれます。(すごい!)
何もせずともそれなりの仕上がりにはなるものの、より一層人間らしく音楽的に仕上げるにはさらに踏み込んで微調整が必要になります。
人間のシンガーに対してもディレクションという形で「ここはこんな風に歌ってね」とお願いすることはありますが、AIも似たようなものです。
ただ、その指示の方法がやや特殊で人間同士の言葉のやり取りのようなふわっとしたニュアンスでは伝わりません。
(裏を返せばいくらでも細部を詰める余地があり、手の加え方次第でどうとでも歌わせられるということでもあります)
“AIをいかに自然に歌わせるか‘’がデモ作りの目的ではない以上、ここにかかる時間と労力を楽曲やミックスのクオリティを上げることに振り向けるのが得策ではないのかなと思うのです。

何だかここまでAIのデメリットばかり並べたみたいになってしまいましたが、このような事情から私は少なくとも現時点では可能な限り人間のボーカリストを選択していきたいと思っています。
念のため書いておくと、これはAIボーカルが人間より劣っているというわけではありません。
私の作業の進め方の場合、歌詞やメロディの構想段階でAIシンガーを使って雰囲気を確認しつつ詰めていく…といった使い方ができたり、仮歌シンガーさん向けのデモ(仮歌のための仮歌、すなわち仮仮歌)として十分すぎるほどその能力を発揮してくれるのではと感じています!

これは完全に余談ですが、Asterismの仮仮歌は私が自力で歌いました。
「アー」とか「ウー」のコーラスばかりでどこを歌っているのか次第にわからなくなり、本当に孤独でつらい作業でした(涙)
AIに代わってもらえるなら代わってほしかった…!!

現在もAI音声合成技術やVOCALOIDは性能が向上し続けており、AIシンガーだけのアルバムが作られたり、AIシンガーと生成AIのオールAIでプログレのバンドを作るという実験的な取り組みも行われています。
曲調やジャンル、用途によってはAIやVOCALOIDの方が適しているケースもあったり、この先人体の限界や人知を超えた新たな表現手段のひとつになることも有り得そうでワクワクしています。(そうなったら面白いよね!)
人間 VS AIという対立構造に何かとなりがちですが、覇権争い的な話ではなく、長期的には生身の人間のシンガーと棲み分けしたり時には共演しながら共存共栄の時代になっていくのかな?と思っています。
(もちろん生成AIについては学習元のオリジナルが絶対的に守られる必要があると感じています)

これは半分くらい私自身の願望も入っているのですが、まだまだ生身の人間の声という楽器が歌モノの世界での主役という状況は続くはずです。
人間のシンガー自身が人生の中で触れてきた音楽や経験、体験といった内面と、その「内面」というフィルターを通り、肉体という楽器を経て出力されるものはAIがどれだけ進化しても代替することはできないでしょうし、声質の多様さも生身の人間に届くのははるか先になることでしょう。

生身の人間の声、そしてその肉体から生み出される音に魅せられて音楽制作の世界にうっかり足を踏み入れてしまったからこそ、生身の人間の声を使ったデモというこだわりは捨てないぞ!というのが今の私の考えです。 

(追記おわり)

○実は15年もの

「Asterism」の原型はなんと15年前から存在していました。当時大学生だった私がゴスペラーズさんをイメージして作ったものです。
作った当時はエレピやストリングスが入ったアレンジで、歌詞はまだついていませんでした。
公募企画が発表され、ゼロから曲を作ることを考えていたときにハードディスクの奥底で眠っているこの曲の存在を思い出し、生かすことを思いつきました。これがワインならきっといい感じに熟成されている頃です。
公募へのエントリーにあたり、音域やアレンジの都合でメロディの8割以上は書き換えました。

○アカペラアレンジに挑む

私がゴスペラーズさんと出会って間もない中学生の頃、MD(!)に入れた「星屑の街」を聴きながらよく星空を眺めていました。イントロで空に吸い込まれそうになった感覚をよく覚えています。

機材などテクノロジーの進化やアレンジ技術の進歩でアカペラの可能性はグッと広がりました。
しかし、私がゴスペラーズさんのアカペラと出会った当時のことを思い出し、自身の原点に立ち返る意味でもテクノロジーやテクニックありきではない生身の人間5人だけで歌えるオーソドックスなスタイルにしたいという思いがあり、今回のような比較的シンプルなアレンジになりました。

○5人しかいない…

今回のアカペラアレンジは私にとって人生初のチャレンジでした。
対旋律(Starry sky for you〜のところ)を入れる、サビで字ハモにする、といった大まかな構造や緩急など 「何となくこうしたい」というふわっとした完成イメージはあっても、そこへたどり着くには何から手をつければいいのか全くわからず完全にゼロからの手探りでした。
思い描く響きと、どんなに頑張っても最大5声かつ音域も限られているという演奏上の制約との板挟みになって制作中に何度も「どうして5人しかいないの?!」と音楽制作ソフトの画面に向かって一人で文句を言っていました(笑)

○音のパズルを解く

白玉しか並んでいない楽譜と何時間も睨めっこしつつどうにかコーラスのアイデアを捻り出したものの、ピアノで作ったハーモニーを単純に人の声に置き換えただけでは濁って聞こえてしまう現象に直面して、ここでかなり苦戦を強いられました。

音同士の縦の繋がり、パートとしての横の繋がり、さらにもう少し俯瞰して楽曲としても成立させる。この3つのバランスのほかに、メロディやコードの動きそのものが持つエネルギーと歌詞のイメージも極力リンクさせる…。
そんな風にまるで音のパズルを解くかのようなアレンジ作業がかなり長い期間続きました。
とても大変で頭から煙が出そうでしたが、ぴたりとピースがはまった瞬間の喜びは何物にも代え難く、とても楽しい時間でもありました。

また、採用が決まったあとのアレンジ作業では自分ひとりではもうこれ以上やりようがないとアレンジ面で手詰まりに感じていたところを北山さんに底上げしていただきました。
思い描いていた以上の響きに仕上げていただき、煌めきがより一層強くなったような感じがしています(本当にありがとうございました!)

○迫りくる締切と最終選考

会社員生活と並行しながらデモの制作をしていたので、エントリー締切の1週間前くらいには徹夜続き。
締切日から逆算して工程表まで作っていたのですが、予定はあくまで予定。だんだん作業効率も落ちていきます…。
もう間に合わないかも?と次第に追い詰められて「今何曲くらい集まってますか?」と村上さんに聞く夢まで見たほど。
(ちなみにその時は500曲と言われました。予知夢?)

そんなこんなでどうにか間に合わせ、瀕死(?)でエントリーしたのはなんと締切前日の午後でした。
滑り込みで間に合ってよかった!!

結果的に「アカペラ2」の際の選考では最終選考に残りながらも僅差で落選となってしまったのですが、持ち得る全てを出して限界までやり切ったという感覚が強かったので全く後悔や落胆はありませんでした。
(その数年後、まさかこんなことになろうとは…)

こうして生み出した「Asterism」ですが、すでにたくさんの方に聴いていただけているようで嬉しい限りです。
今後耳にされた時は「あぁ、この時あいつは頭を抱えて画面に向かって愚痴っていたんだな」とうっすら思いながら聴いていただければ幸いです(笑)

おしまい。

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