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猫のこと

動物全般が好きなのであるが、特に猫が好きである。小学生の時は、近所の猫を愛でに放課後、近所の猫屋敷に(勝手に)通っていたし、もっと幼い時は、知らない猫を連れて帰って親に激怒りされた。母親は猫が大嫌いな人だった。俗にいう潔癖症の母親だ。父親は田舎の大らかな農家の息子だったので、猫には寛容だったのだが。

ずっと猫を飼いたいと思っていた。アパート暮らしだったが、息子が小学生になるタイミング少し手前で、戸建てを飼い、2011年頃に乳がんになった。その後サバイブして1年後に、「保護猫アゲマス」みたいな掲示板でキジトラの仔猫を見つけた。私はそのころ、訪問看護師としてパート勤務であったのだが、当時の管理者看護師が、「その仔猫を保護してる人の住所、すぐ近くじゃん」って言って、あっという間に連れて行ってくれたのだった。(この人がいなかったら勇気でなかった)

生後2か月・キジトラで目がおおきいその仔猫に私は一目ぼれした。
うわ‥‥かわええ・・・と思った。お母さん猫と離れて、用水路に落ちていたらしい。保護猫活動を活発にしていた「武蔵のママ」さんという優し気な御婦人から、この仔猫を譲り受けた。

仔猫は、うちに来て、警戒しまくった。なんせ他猫と離れて、母猫とも離れて社会性が無いもんだから、本気嚙みする。そこら中ひっかく。爪を切ろうとしたら「フー!!」と激おこぷんぷん丸になり、暴れまくる。顔はかわいいのだけど、めちゃめちゃ気が強い女のコ。名前は「ルル」とつけた。
ルルを主に世話しているのは私だが、主人に懐いた。主人への態度と私への態度は明らかに違う。鳴き方も違う。声のトーンも違う。

それから、12年。ルルは大きくなり、今や年齢は息子を追い越した。妹からお姉ちゃんへ。今はおばあちゃんかな。
私にも段々親愛の情を示してくれるようになった。今でも夫のことは誰よりも好きで、「お母さん」と思っている。夫が横になると、すかさず腹の上に「よいしょ」と登る。爪を立ててるもんだから、夫は毎回「痛てててて」となる。しばらくしっかり立ち姿勢で夫に挨拶し、ちゅっとして香箱座りとなる。時にはお尻側を夫の顔に向けて眠る。先週は、夫が昼寝していて、目が覚めたらルルのお尻があった、と情けなさそうに語っていた。

そんなルルちゃんであるが、私たちが帰宅すると「にゃーにゃー」と盛んに話しかけてくる。なんて言っているのか、ご飯を上げても、その後も何やら鳴いて話しかけてくる。

最近は、私は帰宅後彼女と話している。それもこちらが敬語である。
「今日はどうでしたか?寝てましたか?外は雨でしたよ」とか「今日はお天気良くて良かったですね」など。
グルグル鳴きで応えてくれることもある。

そうこうしているうちにお風呂の準備ができるので、「ルル様、お風呂はいってきますね」と声をかけてはいる。

この一連の儀式が私にはとても大切だ。
猫と話してると不思議なことに日中のストレスが抜けて行く。仕事の些細な不満や苛立ちなど、どうでも良くなるのだ。

お風呂からあがって、タオルで身体を拭いたり、ドライヤーを使っているとそっとうしろにいる(こちらを背中にしている)。足音立てないので、私は静かにビビる。そして、いつも小さく暖かい気持ちになる。

猫の名前を呼ぶとこちらを見る。猫はゆっくり目を細める。こちらも目をパチクリさせて「スキよ」と伝える。

村上春樹さんのエッセイでも年老いた雌猫の話が出てくるな。

「ぼくはこの地上に生きているあらゆる種類の猫たちの中で、年老いた大きな雌猫が一番好きだ」安西水丸さんとの共著絵本「ふわふわ」の一節である。
この最強タッグコンビの絵本では薄い紫か淡いピンク色の無地の猫が描かれているが、我が家のお猫様は、こげ茶のトラ柄。模様はアメショーとほぼ同じ。この模様がとても素敵である。何故このような素敵な毛のデザインとなるのか。

我が家には犬(ミニチュアダックス オス 10歳)がいるのだが、犬というのは「太陽」的。性別の差もあるが、分かりやすい。おやつ(だけ)が欲しくてワンワン吠える。

一方で猫は「月」のようだ。月と猫のモチーフの絵柄や構図などはそこかしらで見かける。「月」のように、時々で形を変えてそっと寄り添う。気がついたらいる。けれどいつもいるわけではない。呼んでも返事しない時もあればどこにいるか分からないこともある。
全ては猫が決める。

ここ何年かは我々の関係も軟化しており、猫はこちらに歩み寄ってくれている。単に家族の中で私だけが電気毛布を使用して寝てるからだという噂もあるが。枕元、隣で寝てくれる時もある。

目覚めた時、猫と目が合う。
至福。

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