京都キタ短編文学賞特別SSチラ見せ&宣伝

 京都寺町三条のホームズ✖京都船岡山アストロロジー

      *

 骨董品店『蔵』の主な仕事は掃除だ。
 品物が犇めき合っているため細かいところに埃が溜まりがちであり、少しでも掃除をさぼると、凛とした店内の雰囲気が変わってしまう。
 今日も私――真城葵は、せっせと掃除に勤しんでいる。とはいえ今は手を動かしながらも、頭では別のことを考えてしまっていた。

「葵さん、どうかしました?」
 カウンターの中で帳簿を付けていたホームズさんこと家頭清貴さんに声を掛けられて、私は弾かれたよう顔を上げる。
「あっ、大切なものを扱っているのに、ぼんやりしてしまっていて、すみません」
「ぼんやりとは思っていませんよ。ただ、ここに力が入っていたようなので」
 と、ホームズさんは、自分の眉間に人差し指を当てて、いたずらっぽく笑う。どうやら眉間に皺が寄っていたようだ。
 私は恥ずかしくなって指先で眉間を撫でる。
「もしかして、何かトラブルがありましたか?」
 少し心配そうに訊ねられ、私は慌てて首を横に振った。
「いえ、そんなんじゃないです。ほら、今、私たち学生チームが北区さんの新しいキャンペーンをお手伝いすることになったじゃないですか……」

 以前、京都市北区の職員に会った縁から私たち学生にも何かできることがあれば、という話になり、新たな取り組みに協力している。
 そのことを知るホームズさんは、そうでしたね、と相槌をうつ。

「たしか、文学賞を開催することになったんですよね?『北区を舞台にした短編』を募集されると」
 はい、と私はうなずく。
 北区を舞台にした物語を募集することで、北区をより多くの人に知ってもらおう、という企画を立ち上げたのだ。

 北区が舞台であればジャンルは問わず、恋愛、ミステリ、ホラー、なんでもOKということになった。
 優秀作品は、キタ文学短編集に収録される。
 短編集は──詳細はこれから決まるのだが──非売品であり、主に北区に訪れた人が手に取れるという、レアな一冊になる予定だ。
「その短編集には、なんと、京都縁の作家さんたちが寄稿してくれることになったんです!」
 京都出身や京都在住、京都を舞台にした作品を多く手掛けている作家が、短編を寄稿してくれることになった。
 すごいことだと私たち学生は、大興奮だ。
「作家さんたちと同じ短編集に収録してもらえる機会なんて一生ないかもしれないですし、せっかくなので、私たち学生も参加してみようということになったんです」
 話が終わらないうちに、ホームズさんの顔が明るくなる。
「では、葵さんも短編を書かれるんですか? ぜひ読みたいです」
 私は、もう、と顔をしかめる。
「そんなに簡単に言わないでください。苦戦しているんです」
「それで、先ほど難しそうな顔をしていたわけですね?」
 はい、と私は苦笑する。
「短編は二千文字から受け付けてくれるということで、そのくらいなら私にも書けるかな、と思ったんです。けど、いざ書くとなると予想していたより難しくて」
「まぁ、そうかもしれませんね。大学のレポートとはわけが違いますし」
「そうなんですよ。どんなお話にしようかも分からなくて……」
 ふむ、とホームズさんは腕を組む。
「まず、『どんなお話にするか』よりも、『北区のどこを舞台にするか』を決めてから書かれてはどうでしょうか。その場所からイメージできる物語を書いてみるとか」
 私は膝を打つ勢いで、なるほど、と顔を上げる。
「たとえば、『北野天満宮』を舞台にしたら受験生って感じがしますよね」
 ホームズさんは、そうですね、と柔らかく目を細めてうなずくも、その後に首を横に振った。
「ですが、『北野天満宮』は、北区ではなく、上京区なんです」
 えっ? と私は目を見開く。
「でも、すぐ近くの『金閣寺』は北区ですよね?」
「ええ、『金閣寺』は北区なんですが、『北野天満宮』は違うんですよ。綺麗に区画分けされているわけではないので」
 なぜかホームズさんが、少し申し訳なさそうに言う。
「そっか、そうですよね。それじゃあ、『植物園』が舞台ならデートっぽいお話にできるかも……」
「僕たちも『植物園』でデートしましたよね」
 ホームズさんは、ふふっ、と頬を緩ませてから、ですが、と続ける。
「『植物園』は、左京区なんです」
 ふぁっ、と私の口から変な声が出た。
「どうしよう、私は北区を分かっているつもりで分かってなかったです……」
「そんなに深刻にならなくても大丈夫ですよ。あの辺は曖昧ですからね」
 と、ホームズさんは私をフォローしてくれてから、話を続けた。
「北区の大きな社寺は、葵さんが仰ったように、『金閣寺』と、桜の名所として知られる『平野神社』、『大徳寺』、『今宮神社』、『建勲神社』、『上賀茂神社』などでしょうか。社寺じゃなかったら、船岡山や鞍馬口通りや新大宮通りの商店街なんかも良いですよね」
「千本通商店街もありましたね」
 ぱんっと私が手を打つと、ホームズさんは首を横に振る。
「それは上京区です」
「そうだったんですね。またしても……」
 と、私がうな垂れると、ホームズさんは肩を揺らして笑う。
 あまりにも楽しそうな様子に思わず横目で一瞥をくれるとホームズさんは、すみません、と片合掌をした。
「こういう時、父がいてくれたら、もっと良いアドバイスができたと思うんですが」
 ホームズさんの父・家頭武史さんは、主に時代小説を書いている作家だ。
「店長は、取材旅行ですもんね……」
 残念です、と私は息をつく。
「そうだ、あの方にお話を伺ってはどうでしょうか?」
「あの方って?」
「『船岡山珈琲店』のマスターですよ。彼なら長く北区に住まわれていますし、多才な方ですから、執筆に関しても良いアドバイスをしてくれるかもしれませんよ?」
 そう言ってホームズさんは、人差し指を立てた。

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※続きは、キタ短編集に収録予定です。
皆様の短編をお待ちしております。
(ここまでで、約2300文字でした)


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