日日纏う平和

大切な舞台に立つとき、衣装はISSEY MIYAKEと決めている。

三宅一生さんのことを意識したのは、私の大学時代の悪友の和田永という音楽家が、ISSEY MIYAKEのパリコレのショーの音楽を担当するようになってからだ。永が2,3年続けて音楽を担当していたときに、私もたまたまパリに行く用事が重なって、招待状をいただきショーを見せていただいた。そこから、ショーが終わったあとのコレクションを担当したチームの皆さんの食事会に参加し、今のレディースのデザイナーである宮前義之さんとも出会うことになる。

そこから、宮前さんとはお仕事でもご一緒させていただくことが増えてきた。私が担当していた対談の連載に出演していただいたり、私が一時期、テレビに出演した影響でものすごく取材が増えたときに衣装を貸してくださるなどして、私にとってとてもうれしい交流が続いていた。

宮前さんデザインのISSEY MIYAKEは私にとってたくさんの驚きと感動をくれた。一生さんからの流れは、ますます深化していたのではないだろうか。体の自由を奪うことが一切ないそのオリジナルの布地は、小さく折りたたんでトランクにしまい、旅先で開くとシワもなく、すぐに着ることができた。軽くて、乾燥もはやい。見た目の美しさだけでない機能性に、動きまわることで生きている「生身の人間」への愛を感じた。女性としてのライフステージが変わっても、そのまま寄り添ってくれる。私が妊婦となってから、最も身につける回数が多いのもISSEY MIYAKEのワンピースだ。これを書いているまさに今も身につけてる。

2015年のAWに展示会に伺ったときに、読売新聞のコピーを頂いた。三宅一生さんが、これまで明かすことのなかった自身の被爆経験についてのインタビュー記事だった。一生さんは7歳のときに被爆した。「原爆を生き延びたデザイナー」というレッテルを貼られるのを嫌い、被爆体験を語ることは避けてきたという。77歳まで、彼は自身の過去を語ることなく、デザイナーとして世界で一線で活躍してきた。かつて雑誌でみかけた嫋やかな笑顔が目に浮かんだ。彼の歩んできた道のりを想像し、私は打たれた。

その記事を読んでから、私は彼のインタビューが収められた本や書籍を集めるようになった。その中で繰り返しこのような言葉を見た。

平和な世界に必要なものを作る

本当の平和活動は、平和を訴えることではなく、平和な世界に必要とされるものを淡々と作り続けることだ。それはすでに平和は実現しているという力強いメッセージになる。戦争に反対することは、本当の平和活動ではない。平和を「やる」ということがもっとも強烈で本質的な平和活動なのだと私は深く納得した。そしてこの言葉は私が仕事をするなかで抱えていた矛盾に答えてくれる一言だった。

私がそれまで行ってきた、「途上国支援」という枠組みの動きも同じことが言える。貧困を撲滅する対象として対峙すること、それを仕事にする以上、貧困を必要としてしまう。解決したそばから、あたらしい貧困を探し、ときに「捏造」し、「解決」にむけて奮闘する。それではきりがないだろう。

私は、本当の貧困撲滅は、すでに十分に豊かである世界に必要なものを作ることだと、ようやく気がついた。すでに十分に豊かな世界には、なにか必要だろうか。文化や芸術、美にふれる機会や、自身がその美しいものを世界にうみだすことができるということだと思った。8th MAY Recordsの音楽はそうした信念によってうまれた平和の芸術運動だ。

三宅一生さんをはじめ、たくさんの先達から、意識にのぼらずとも、私たちはこれまでにたくさんのメッセージを受け取っているのだろう。私たちは平和な時代に生まれた。この平和は、かつて戦争を経験してきた私たちの祖先が願ってやまなかった世界だろう。その美しい世界に生きていることを私たちはどのようにして次の世代に伝えてゆけるだろう。

私は美しいものをひとつでも多く生み出し残し、これから生まれてくる命にたのしんでほしい。よろこんでほしい。音楽を作ることは私にとって平和を「やる」ということであり、個々人の平和が実現することが、世界の平和につながると本当に信じている。

大切な舞台に立つとき、衣装はISSEY MIYAKEと決めている。私にとってそれは平和を纏うということだ。

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歌うこと、暮らしに纏わる日々のエッセイや日記を時に文章、時に声で綴っています。素直な気持ちをこっそり耳打ちするような気持ちで。現在はラジオ…

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