第145話 買い物


ゆかりちゃんが「黒のガウチョパンツがほしいの」と言った。

僕の、パジャマ代わりの部屋着をGUで買ったあとだ。その階から、下りながら、たくさんの店を見てわまった。

つくづく、「女性って、買い物が好きなんだなぁ」と思う。

メンズ店の何倍もの、レディスファッションの店舗があるのだ。これだけのお店が経営できている、ってことに、あらためて感心させられる数の多さだ。

女性は、買った物以上に、買うという行為を、楽しんでいると思う。


男の僕には、理解不能だ。

必要な物があり、それを購入する。あるいは、比較して決める。男の買い物とは、そういうものだ。

ま、53歳にもなると、若いころとは違う。余裕がある。さんざん見て回って、結局なにも買わないという、女性あるあるも許容できる。

「これと、これ、どっちがいい?」と聞いといて、「こっち」とこたえたのに、結局どっちも買わないとかも、そんなのも余裕なのだ。そんなことでケンカしていた20~30代の頃の僕に、「チッ!チッ!チッ!」と人差し指を振りながら近づき、「女性っていうのはね・・・」とアドバイスしてあげたい。タイムマシンがほしい。この余裕が、若いときにそなわっていたなら、絶対にモテた。モテモテだった。


この日ゆかりちゃんは、ビル1棟のショップをほとんど回って、「今日の結論は、買わなくてもイイかな、って感じぃ」と言った。

無理して言っているのではなく、本当に、僕はこれを許容できるのだ。というか、ゆかりちゃんとの買い物は、けっこう楽しい。


そのむかし、ゆかりちゃん以外の女性と結婚していたことがあるのだが、そのころは僕も若かった。そして、相手も若かった。だからか、それはそれは、傷つけ傷つけあう『殺陣(たて)』のようなショッピングをしていた。

例をあげよう。

「これ(A)と、これ(B)、どっちがイイ?」

「う~ん、A!」

「・・・あんたって、ほんとセンスないね~」(軽蔑のまなざし付き)

(カッチ~ン)

とか、

「これ(A)と、これ(B)、どっちがイイ?」

「う~ん、A」

「ふん! じゃあ、Bにする~」

(鼻息で、返事するな!)(しかも逆!?)

こんなのばっか、だったから、買い物は地獄でしかなかった。


ゆかりちゃんは、僕の意見を、ちゃんと聞いてくれるのだ。だから、ゆかりちゃんのショッピングに付き合うのは、かなり楽しいのだ。

途中、僕が勧めたデニムのスカートがあって、「そこに戻って、試着してみようよ」と提案した。

ゆかりちゃんは、「若すぎるかな」と気後れしていたが、そんなことはないと、僕は思っていた。ゆかりちゃんのスラっとした体形や、脚の長さが活きる、細いシルエットが良いと思ったのだ。

試着したゆかりちゃんは、満更でもない表情だ。

ゆかりちゃんに、僕の好みのファッションを勧めるときは、僕が買ってあげる場合が多い。そうじゃないと、保守的なゆかりちゃんは、結局いつもと同じような服を買うのだ。

よくよく考えてみると、この日のゆかりちゃんのファッションは、上下とも前回のお出かけと同じだった。僕がダメ出しした、そのまんまだ。

やはり、選んでいるつもりが、自分の好みに流れてしまって、気がついたら、いつものファッションになっているのだ。

どうやらゆかりちゃんは、色に重きを置いてしまうみたいだ。僕は、シルエットも大事だと思うのだ。ラインっていうのかな。


10数年前、ゆかりちゃんは【チュニック】を好んで着ていた。

僕は、「それって、おばさんっぽいよ」「僕は好きじゃない」と訴えた。

「女性は、体系が気になるの!」「お腹のあたりとか、隠したいものなの!」「流行っているの!」と、けっこうな抵抗を受けた。

ゆかりちゃんが、ぽっちゃり体系なら、まだわかる。(それでもイヤだけど)

でも、ゆかりちゃんはスレンダー体系なのだ。20代から体重は変わっていないのだ。(密かに、ゆかりちゃんは自慢なのだ。密かなのを書いちゃった)

僕のイメージは、スリムのデニムパンツにTシャツなんてのが、ゆかりちゃんには、めっちゃ似合うはずなのだ。

RIKACO(りかこ)のイメージだ。

RIKACOはチュニックなんか、絶対に着ない!


なんだかんだで、ゆかりちゃんなら選ばない、Iラインの、スッキリしたスカートをプレゼントできた。


そのあと、本屋さんを通って、そのとき【繊細さん】の本が平積みになっていて、「ほら、繊細さん」と僕が言った。

ゆかりちゃんは、「あ、わたしの本や」「繊細さんて、わたしやら~?」「わたしって、繊細だから」と、繊細アピールを3連発した。

(よほど、繊細ではないという自覚があり、そして繊細さんに憧れているんだなぁ)と、僕は、そんなことを思ってしまった。

これは、少し言ってしまった。声に出たのだ。

でも、少し言ったけど、ゆかりちゃんは聞き逃したみたいだった。


カーネギーの教えの実践、結果オーライバージョンだ。


聞こえてないのだから、言ってないのと同じだ。


デパ地下にいって、僕の大好きな、大きい柿の種(チーズ味)とピーナッツをダブルで買った。1対2の比率で、ピーナッツが多いのだ。めっちゃ贅沢な気分になった。

ゆかりちゃんは、この日は、サブレではなく煎餅を買った。「なんか最近、スイーツより煎餅なんだよね~」と、つぶやいていた。

僕は、もはや【カーネギーの教え実践者】の域に達しているから、「年を取ったんだよ」なんて、そんな余計な一言なんて言わない。

言わなかった。

言いそうにさえ、ぜんぜんならなかった。ふふん。


自宅について、ゆかりちゃんが、僕の試験中に買ったという、雑貨を見せてくれた。

僕がほしいと言った【麺バシ】だった。

僕は、らーめんを筆頭に、冷麺や蕎麦やうどんなど、めっちゃ麺好きなのだ。だから「箸は全部、麺バシがイイなあ」と、つぶやいたのだ。たしか数日前だった。


そんな、ちょっとした僕のつぶやきを、ゆかりちゃんは思い出してくれたのだ。

僕は、そんなゆかりちゃんが大好きなのだ。



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