【禍話リライト】手順のようなもの

 「新入社員」というお題を頂きまして、探してみたらこんな「新入社員の話」がありました。
 怖い話というか、不思議な話ですね。


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 大学を卒業してから半年ほど経った頃の事。
 親しい仲間うちで集まって、軽い飲み会がてらの近況報告会を開くことになった。
 やれ就職して仕事が大変だ、大学院の勉強が大変だ、そんな事を順繰りに話していって、最後の一人になった。

「いやあ中々仕事が覚えられなくて…この集まりも晩飯の時間で良かったよ。実は今日も残業してきてて、本当は七時が定時なんだけどね」
「えー、今九時だけど、二時間も残業してたの?」
「全然ね、マニュアルが覚えらんないの。本当に難しい。今までやった事のない仕事だし。まあ何とか就職できたから贅沢言えないけど」

 そう愚痴をこぼして、「ちょっとトイレ」と席を立った。

「……難しいって言うけど、具体的にどういう仕事なのか全然分かんないな、あいつの話」
「そうだね……もしかして何か法に触れるような事してるんじゃないの?マルチ商法とか…」
「いやいや、流石にそれはないでしょ」
「分かんないよ?だってあいつ全然就職決まらなくて大変だったじゃん。卒業式の前に急に就職決まってさ」
「そうだったな、確かに変なタイミングだったよな」
「いやでも、それはやっぱり違うって」

 そんな事を言い合っていると、トイレに立った彼のカバンから、手帳が顔を覗かせているのが見えた。

「あれ、手帳が開いてる…」
「おい、流石にそれはマズいって!」
「このタイミングで帰って来ないんだから、多分もうちょっと時間かかりそうだし。ちらっと見るだけだからさ。何かマニュアルって書いてあるのも見えるし」

 手帳の中から、マニュアルと書かれた四つ折りの紙が出てきた。

「ほらやっぱりマニュアルだ」

 そう言って紙を開いて中を読み始めた。

「うわっ!……え?………うん…」

 何か様子がおかしい。

「どうしたんだ?」
「あれか、ブラック社訓みたいなやつか?それとも何かトンデモな事が書かれてるのか?」

 周囲の疑問の声には答えず、顔を真っ青になりながら、紙を折りたたんで手帳を元に戻した。

「どうしたんだよ。やっぱりブラック企業だった?それとも本当にマルチだったとか?」
「ねえ何が書いてあったんだよ」
「えっとね、ちょっとごめん……これ、本当にマジなのか…?」

 バッグの中の人の手帳を勝手に見るような奴が、自問自答して震えている。そうまでなるような何かが、四つ折りの紙に書かれていたらしい。

「これさ、お前らは見ない方がいいと思う。気持ち悪くなるから」
「わかったから、何が書かれていたのか教えてくれよ」

「チェーンメールとか、悪夢にまつわる都市伝説とかあるじゃん?」
「はぁ?」
「ほら、これこれこういう事をしないと、悪いことが起きますとか悪夢を見ますとか、そういうやつ」
「まあ、よくある話だけど、急になんだよ」
「そういう事が書いてある」
「えっどういう事!?」

「俺がパッと見て目に入った内容だと、『二番目の角を曲がったら左のドアを何回ノックして開けろ』とか、『足について聞かれたら「西のお寺に預けてます」と答えろ』とか、そういう事がバーッと書いてあるんだよ」
「え、マジで?意味わかんないんだけど!?」
「それにあいつの字で、例えば西の所に『古い言い方ではこういう』ってメモがびっしり書いてあったりだとか、他にも『ドアはこういう感じのドア』ってディテールが細かく書いてあったり、全然分かんない、これヤバいって!」

 そこでちょうどトイレに立った彼が帰ってきたため、全員素知らぬ顔をして出迎えた。

 彼が席に戻る時、隣に座っていた奴がある事に気が付いた。

(こいつ、なんで靴下が左右全然違うのを履いてるんだ?しかも靴もなんが妙にボロボロだし、さっきの紙といい一体何なんだよ…)

 靴下と靴以外は普通にまともなスーツを着ている。変な事に気が付いてしまったものの、流石に態度に出すことが出来ない。

「お前、その…仕事、大変なんだな」
「そう、全然覚えられないの!先輩からも覚えないと駄目だよって言われるんだけどね」

「えっと、お前さ、どんな会社に勤めてるんだっけ?」
「外資系」


 彼とはそれ以来会う事がなくなったそうなのだが、最後の「外資系」のインパクトが強すぎて、その場にいた全員がこの日の出来事の記憶が若干うろ覚えらしい。件の「マニュアル」を見た彼ですら、読んだ中身よりも「外資系」の記憶の方が鮮明らしく、

「あいつ外資系って言ってたけど、多分字が違ったんだろうね…」

 そんな話を、皆と未だにするのだという。


 

出典
シン・禍話 第十三夜リベンジ (リハビリ回です) 1:11:07~


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