【禍話リライト】電話の出先のひと

 あるお寺に、夜中の三時か四時ぐらいの時間に行くとお化けが出る、そんな話があった。その寺は無人の廃寺ではなく、普通に人が住んでいるちゃんとしたお寺で、夜中は普通に戸締りがされている。しかも出ると噂のお化けも、男か女かよく分らないが、とにかく白い服を着て歩いている、そんな非常に曖昧な話だった。


 その噂を確かめに行くと言い出した男が居たという。周りの人間は常識的な人間が多く、「不法侵入になるからよくない」とか、「お寺に住むお坊さんをお化けと見間違えたんだよ」とか言って引き留めたそうなのだが、

「俺は全然怖くないぞー」

 そう言い残し夜中にそのお寺に忍び込んだ、らしい。


 お寺にお化けが出ると言われている深夜四時過ぎ。

 寺に侵入した男が、元カノに電話をかけてきたそうだ。元カノはそんなお化けの噂話も、元カレが肝試しに忍び込んだという事も全く知らなかった。その状況で、真夜中に見知らぬ固定電話番号からかかってきたせいで、さては家族が何か急病になったのか、あるいは知り合いが救急車で運ばれたのか、そんな悪い想像を駆り立てられながら電話に出た。

「もしもし?俺だけど」

 元気そうな元カレの言葉に一気に体から力が抜け、逆に怒りがこみ上げたそうだ。

「あんたこんな時間に何考えてんの!?」
「いや、ごめんごめん。実は肝試ししてて」
「はぁ!?」
「夜中の三時か四時ぐらいの時間に白いお化けが出るって噂の寺があって、そこに俺は塀を乗り越えて入ったんだ」
「馬鹿じゃないの!?あんたいい年して…」

 キレた元カノの言葉も意に介さず、境内をぐるぐる回ったけど何もなかった、墓地もあったからついでに寄ったけど何もなかった、この寺の伝説は嘘だった、そんな事を得意げに話し始めた。元カノは最初は怒り半分呆れ半分で聞いていたのだが、途中から別の事が気になってきた。

 誰かが元カレの後ろで、パーン!と手を何度も叩いている。

 最初は何の音か分からなかったらしい。何度か聞いている内に、これ手拍子か何かやってるのかな?と気が付いた。

「あんたさ、誰かと一緒に居るの?」
「え?俺は今家に帰って一人だけど」

 固定電話からかかってきていたため、てっきり外の公衆電話からかけているのだろうと思い込んでいた元カノは驚いた。

「あ、家なんだ?携帯からかけてくればいいのに」
「いやそれが携帯落としちゃってさ」
「どこに?」
「寺に」

 さっきまで散々寺では何もなかったと主張していたのに、何で携帯落とすんだろう?それに寺に落としたって分かってるなら、拾ってくればいいのに。そう疑問に思った元カノは、そのままの内容を聞いたらしい。

「おー…パーン!

 曖昧な返答が帰ってきた瞬間、今までで一番大きな手の音が響いた。

「あの、ちょっとごめんね。多分電波の関係とかじゃないと思うんだけど、あんたの後ろで手拍子というか、手のひらとひらを強く…」
ギャーーー!!!

 絶叫が響いて電話が切られた。まるで、こちらの言う事をこれ以上聞きたくない、と拒否しているかのような叫びだったという。何だったんだろう、と不思議には思ったが、それ以上気にせずマナーモードに切り替えてそのまま寝た。翌朝目が覚めて着信履歴を見るがそれ以降電話はかかって来ておらず、履歴も消去してしまった。


 最初に寺に行くのを引き留めた連中が、伝手を頼ってこの元カノの話を聞くことができた。

「こんな事があったんだけど」
「えー、あいつ普通に大学に来てるんだけどな、何事もなかったみたいに」
「あれ以来寺の事何も言わないから、本当に行ったかどうか言ってくれないし、こっちも聞きたくないから聞いてないし」
「そうなんだ…」

 しばらくして当の本人もやって来た。話を聞いた全員がそれとなく観察してみると、確かに一度も携帯電話を取り出す様子がない。ただそれだけの事なので、気にしなければいいのだが、後輩の一人がどうしても我慢できなくなって、外に出て彼の携帯に電話をかけた。

 プルルルル…プルルルル…

 普通に電話がコールされ、(あれ普通につながった…)と思う間もなく

「もしもし?」

 年を召した男性の声が聞こえてきた。

「えっと…先輩…ではないですよね?」
「あ、ひょっとして落とされた方ですか?それともそのお知り合いの方ですかね」

 ああお寺の人が拾って預かってくれてたんだ、と電話をかけた彼は素直にそう思ったらしい。


 後から考えれば。
 侵入した日から数日が経っているのに、なぜ警察に届けていないのか。拾った携帯を、ずっと預かったままにしているのはおかしくないか。そういう疑問が湧いてくるのだが、この時は電話が繋がった事で頭がいっぱいになって、そんな事を考える余裕はなかったという。


「あの、すみません。自分の先輩で、夜中にそちらのお寺にふざけて行ったみたいで…」
「ああそういう事だったんですね。先輩のお名前は?」
「山田孝雄です」

やまだ たかお

 今までの柔和そうな声色と一転した感情のない声で、先輩の名前をゆっくり復唱して、電話が切られた。予想外の状況に、電話した彼は何か自分がすごい悪いことをしでかしてしまったような気がしたという。もう一回電話をかけるが、何度電話をコールしても誰も出ない。

 諦めて部屋に戻ると、先輩の様子に特に変わりはなく、普通に過ごしてそのまま帰ってしまった。部屋を出たのを確認して、慌てて先ほどの電話のやり取りを他の皆に伝える。

「ええ、何だそれ気持ち悪い…」
「ちょっと、一旦家まで行って、家での様子も見た方がいいんじゃないか」
「そんな気がするな」

 先ほど出たのを半ば尾行するような形で、後を追って家に向かう。

「このアパートだけど、どの部屋だっけ」
「確かあそこの部屋が……」

 指さされた先の部屋の窓ガラスが、バリバリに割れていた。

「なんだこれ…」
「これ大家さんが何か言わないのかな」
「確か、このアパートって凄く安いアパートで、大家も殆どここに来ないとか聞いたから、多分知らないんだと思う」
「いやでもそれにしたって…」

 周辺に窓ガラスの破片は落ちておらず、窓ガラスを割った何かも見当たらない。恐らく外から石か何かを何個も投げ込んで割ったのだろう。

「この部屋に帰ってるの?毎日?」
「もしかして気付いてない…訳はないよなあ。カーテン完全に開いてるし、部屋の中から嫌でも目に付くよ、これ」

 何だこれ…と呆然と部屋の窓を見ていると、突如家主が窓辺に立ち、そのままシャっとカーテンを閉めてしまった。

「これは…思っていた以上に危ない事になってるんじゃないか?」

 皆で部屋の入口に向かい、インターホンを何度も鳴らすが、全く出てくる様子はない。先ほど家に入るのを全員が目撃しているし、何よりさっき窓辺に立ったのすら見ている。連絡をしようにも携帯電話は通じない。どうしよう…と悩んでいると、一人が元カノの話を思い出した。

「固定電話!固定電話が部屋にあるはず」

 たまたまその場に固定電話の番号も知っている人が一人おり、その電話番号に掛けると部屋の中から電話の鳴る音がした。5コール、10コール…と鳴らし続けるが、出る気配がない。頼むから出てくれ…と祈っていると、13コール目でようやくガチャっと電話が繋がった。

「もしもし?」

 スピーカー状態の電話から、年を召した男性の声が聞こえてきて、先ほど先輩の電話にかけた彼が「うわぁ」と声を上げた。
 果たして、先ほど電話に出た声と同じ声だったそうだ。

 ただ、その時点では他の皆はその事を知らず、全く知らない声がいきなり聞こえてきたことに驚き、思わず間違い電話かと思ったのだそうだ。

「すみません、知り合いの固定電話だと思ってかけたのですが」
「え?はい、はい、そうですよ。部屋の中は、やまだたかおの、へや、です、よ」

 電話がガチャっと切られ、怖くなった皆はそのまま部屋の前から逃げだした。


 先輩の姿はそれっきりとなり、無表情で部屋のカーテンを閉める姿が、最後の目撃情報となったそうだ。



出典
元祖!禍話 第十九夜 (一時間弱怪談/残りは雑談) 34:11~


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