【禍話リライト】彼氏男と友達女

 Iさんという社会人女性の方から聞いた話。

 Iさんには親しい同僚が一人いて、休日のたびに一緒に遊びに行くような仲だった。その週の土曜日も、いつものようにとあるビル前のバス停で待ち合わせをした。

 待ち合わせ場所にはIさんが先に到着した。しばらくバス停で待っていたが、どうも友人は遅れるようだ。このままだと乗客と勘違いしたバスが停車して面倒になりそうだと考えたIさんは、その日は夏の暑い日だったこともあり、近くのビルの陰になっている場所に移動して同僚を待つことにした。

 ふいに後ろから強い視線を感じて、Iさんは振り向いた。

 ビルの中に男性が一人、明らかにIさんのことをじっと見つめている。全体的にほっそりと痩せた感じの顔立ちに、酒でも飲んでいるのか、目が異様に血走っている。髪型や服装は今となっては思い出せないそうなのだが、覚えていないという事は逆説的に、そこまで印象に残る変な恰好ではなかったのだろうという。

 とにかく、その男の異様な目つきだけははっきり覚えているそうだ。

 そういうあまりかかわりたくない感じの人からじっと見られているうち、Iさんは段々と気分が悪くなってきた。友達との待ち合わせ場所変えようかな、と思ったところでタイミングよく友達が来た。

「ごめんね、遅れちゃって」
「いやそれはいいんだけど、ああそうだ、さっきね…」

 変な人が建物の中に…と視線を戻すと、さっきまでいた男性がどこにもいなくなっている。さすがに女性二人になって退散したのかな、そう思いながら「変な人が居たんだよ」と友達に説明する。

「えー…Iちゃんおかしくない?」
「何が?」
「ここディスプレイだよ?人立てないよ」

 そう言われて建物の中に入って確認すると、先ほどの男性が立っていたであろう場所はディスプレイになっており、友達の言う通り人が中に入って立てるような感じではない。設置されているモニュメントも壊れたり移動したりという様子はなく、人が居た痕跡は全くなかった。

「あれ、本当だ…おかしいな、ここにすっと立ってたように見えたんだけど…」

 結局その男性のことは分からないまま、まあいいかとすぐにIさんは忘れてショッピングを楽しむことにした。


 その夜、Iさんは夢を見た。

 Iさんは夢の中で、昼間に待ち合わせたのと同じバス停に立ち、友達を待っている。ふいに、後ろから視線を感じて振り向く。
 誰もいない。
 気のせい…?と視線を戻したところで、タイミングよく友達が来た。

「ごめんね、遅れちゃって」

 友達は、ほっそりと痩せ細り、目が血走っている男を連れてやってくる。

「えっ誰!?誰その人!?」

 Iさんの問いかけを無視して、友達は男を連れてどんどんこちらに向かってやってくる。


 そこでIさんは目が覚めた。

 土曜の夜中に変な夢見ちゃったなぁ、せめて日曜は楽しく過ごそう。そうやって変に意識したのがかえって良くなかったのかもしれない。週明け、月曜日にIさんは高熱が出てしまった。

 会社に「すみません熱が出て…」と連絡を入れると、上司が大層心配して休むことができた。
 まだコロナ禍前で今ほど熱や風邪の症状に敏感な時期ではなかったのだが、Iさんは普段はあまり体調不良にならないタイプの人で、そういう急病の連絡をするのが珍しかったというのもあったのだろう。

 病院に行って、風邪薬を処方してもらった。先述した通り、Iさんは普段病気になった経験がほとんどない。そのためか、風邪薬が抜群に効いたらしく、すぐに深い眠りに落ちた。


 ピンポーン…

 玄関のチャイムの音で目が覚めた。二時か三時か、まだ昼過ぎぐらいの時間のようだ。どうせ訪問販売か何かだろうと、体調が悪い事もあって無視して寝た。

 ピンポーン…

 あるいは宅配便だったなら、何か不在の紙を残していくだろう。

 ピンポンピンポンピンポンピンポン…

 これ、宅配でも訪問販売でもないな?
 もしかして友人が訪ねてきたのだろうか。それにしては、Iさんの友人はみな社会人で、この時間に来れるような人は思い当たらない。それに、朝SNSを通じて、今日は体調不良で休むから連絡が来ても対応できない、そういう連絡を友人達には伝えてある。

 とは言え、あまりにピンポンの音が五月蝿いものだから、しょうがないなと布団から出てインターホンのモニターを確認することにした。

 映像の中に、曜日一緒にショッピングをした、夢の中で男性の手を引いていた、あの同僚が立っている。彼女も今の時間は仕事中のはずで、何より会社経由でIさんが体調不良で寝込んでいることも知っているはずだ。まさかと思って携帯電話やSNSを確認しても、特に彼女から連絡が来ていたということはない。

 しかも、同僚のテンションがおかしい。子供がはしゃいでいるように、体が左右に揺れている。

「ど…どうしたの?」

 思わずIさんは問いかけた。

「あれあれ~?あたしが来たのに~?開けない~~~?」

 普段はこんな感じのテンションや喋り方をするような子では絶対にない。しばらく変なテンションの友人を見ていると、もう一つ変なことに気が付いた。

 友達は先ほどからずっと左右に揺れているのだが、右側が固定されたような動き方をしている。モニターの画面外、右のほうで何か固定したものがあり、それを持った状態で揺れているようだ。

「あれ~~?どうしたの~~~?」
「いや、どうしたのじゃなくて……あんた会社は?」
「あれあれ~~?」

 Iさんの質問には答えてくれない。

「ていうか、さっきからあんたグラグラ揺れてるけど、右のほうで何か固定してる?」

 Iさんはどうしても気になっていた事を聞いた。というよりも、同僚が聞いてほしそうだと感じたからだという。

「はいはい、それ聞いちゃいました?では私は誰と来てるでしょうか!!?」

 そのまま、彼女に手を引かれた誰かの手がモニターに映ったため、Iさんは思わずインターホンを電源ごと切った。消える直前にモニターに映った手は、確かに男の手だったという。

 今起きたことが全く理解できなかったIさんは、本当は非常によろしくないのだが、薬飲んだ状態でさらに酒も呷った。そのおかげかすぐにぶっ倒れて、昏倒するように再び眠りに落ちた。


 夕方過ぎに再び目が覚めた。
 幸い、体中汗をかいてだいぶ体調も戻っていたそうだ。さっきのは何だったんだろう、と手元の携帯電話を見ると、着信が入っている。確認すると、先ほどの友人とは別の会社の同僚からだ。

「あぁ!そうか、今日は休んでたよね!ごめんごめん!またね、お大事に」

 留守電の内容は、それだけ言って切られていた。

 声が尋常じゃなくパニクっている様子だったため、逆に気になったIさんは折り返し電話をかけることにした。

「何、どうしたの?私が担当してた仕事で何かトラブルでも起きた?」
「いや、そうじゃなくて…ほら、あんた土曜日に○○ちゃんと遊んだって聞いたから、何か知ってるかと思って」

 先ほど訪問してきた同僚の名前が出てきて、気持ち悪いなと思いながら話を聞いた。

「今日の昼過ぎくらいかな、それまで普通に仕事してた○○ちゃんが急に立ち上がって、

『Iちゃんの所に行かなくちゃ!』

 って言いだして。それこそ上司も、

『何言ってんだ?Iさん今日は風邪で休んでるんだぞ』
『いやいやいや、紹介したい人が居るから行きま~~~す!』

 変なテンションでそんな事言うのよ。

『いや、ちょっと、君!?』
『行ってきま~~~す!仕事してる場合じゃない!!!!』

 あんたも知ってると思うけど、○○ちゃんって普段はそんな感じの子じゃないじゃない?だからみんな戸惑ってる間にさっさと帰り支度初めて。
 それで……そうそう、どうも男性と待ち合わせしる感じだったのかな…?

『彼氏が待ち合わせの時間なので、行かなきゃいけないのです!すいません今日は帰りま~す!』

 そこでようやく周りの人も、待てこの子なんかおかしいぞ、ってとりあえず捕まえたら、○○ちゃん半狂乱で喚きだしてねえ。しょうがないから親御さん呼んで、別室で落ち着かせてから一緒に帰ってもらったんだけど……
 それで、土曜日なんかあったのかなって」
「えっと……何も…なかったよ?」

 土曜日から今まで起きた出来事を説明する気にはなれなかったそうだ。


 一週間後、同僚は職場に復帰してきた。それ以降は今までと同じように働いているという。
 Iさんはその日以来流石に同僚と一緒に遊びに行くことはなくなったものの、あの日の事さえ言わなければ問題ないのだろうと判断して、普通の同僚としての付き合いは続いている。


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 ここまででも十分奇妙な話なのだが、余談が一つ。

 例の風邪で寝込んだ日の翌日、仕事からIさんが帰ってくると、マンションの管理人が掃除をしていた。普段Iさんが帰宅する時間は、管理人は管理人室に常駐しており、あまり外で見ることはない。

 なんだろうと見ていると、マンションのインターホンを妙に念入りに拭き掃除している。気になったIさんはどうしたのかと聞いた。

「なんかねえ、変なシールやテープを貼って剝がしたのか、妙にインターホンがべた付いててねえ。いや、糊ではないのかな?除光液で拭いても全然べた付きが取れなくて。誰かのいたずらなのかね」

 管理人さんが一生懸命に拭いているインターホンの番号の組み合わせは、Iさんの部屋番号と一致していたそうだ。


「あの日来てた友達って本当に友達だったんですかね?もし友達を部屋に上げてたら、私も変になっちゃってたんですかね?」



出典
シン・禍話 第二十一夜 8:04~


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