【禍話リライト】もてなしの家
承前
かぁなっきさんが羊羹の怖い話で悩んでいる最中、そんな事で悩んでいるとは露とも知らなかった友人が、とある話を持ち込んできた。
「いやぁ、かぁなっきさん。すっごい怖い話聞いたんですよ」
「すっごい怖い話って、自分でハードル上げちゃって大丈夫ですか?」
「いやいや、これが本当に怖いんですよ。ほら、こっちが勝手に思っているお化けのパターンってあるじゃないですか。そんなの関係ないんだなって。ストーリー上こうなるっていうお約束の展開なんてないんだなって、そう思いましたよ。すごい怖いんですよ」
「さっきよりさらにハードル上げてますけど、本当に大丈夫ですか?」
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具体的な地名は言えないが、大雑把に言うと東北地方の辺りで起きた話だという。
昔、ある家で凄惨な事件が起きたことを切っ掛けとして、その家の住人や周辺に住む人が徐々にいなくなっていった。
結果として、その住宅街のほとんどの区画には普通に人が住んでいるのに、その家の周囲だけはひと気が全くなく、老夫婦がポツポツと数組住んでいるだけ、そんな異様な住宅街があった。
そのような状況だからか、住宅街の他の公園はちゃんと整備が行き届いているのに、そのひと気のない地区にあった公園は完全に荒れ放題に任せている、そんな状態で今でも放置されているのだという。
当の凄惨な事件が起きたという家については、「本当にヤバいから絶対に行ってはいけない」と噂されていた。
ただし、行ってはいけないと言われても行く人はいつの時代もいたそうで。
過去に何人か行ってみたという人は居て、その全員が何らかの酷い目にあっているのだと、これも一つの噂として残っていたそうだ。
というのも、体験した人はみな、余りにも嫌な体験すぎて何が起きたのか周囲に語ろうとはしなかったという。
結果として、行くと何が起きるのか、そういう具体的なディテールは何も伝わっていなかった。
「ちょっとその家に行ってみようよ」
そのため、こういう若者たちが再び出てくるのも、必然だったのかもしれない。
「事件が起きたって言うけどさ、新聞とか調べてもそんな話出てこないし。本当は嘘なんじゃないか」
「普通のって言うとあれだけど、ただの一家離散で居なくなったって言う話に尾ひれがついただけなのかもね」
「そんなヤバい家って、今時無いよね」
とは言え、夜に肝試しに行くのは流石に気が引けたか、彼らは真昼間に行ってみたのだそうだ。
実際に住宅街に着くと、住宅街の入口は普通の家族住まいの家が多く、綺麗な公園で楽しそうに遊ぶ家族の姿も何組も見える。
やっぱり嘘かなんかだったんだよ、そう言いながら例の一角まで辿り着くと、急に空気が変わった。
「え?」
これまで賑やかだった住宅街が、急にうらぶれて荒んだように見える。
まるで住宅街のこの一角だけ、時間が死んだかのように感じたという。
何軒かの家には車が停まっており、ちゃんと人が住んでいるのだと推測されるのだが、そういう家も至る所草が茫々と生えきっており。
あるいはどこかの家では、住民と思しき老夫婦が、生気のない顔でぼうっと静かに座っている。
大丈夫かここ、と思いながら問題の家まで辿り着くと、その家もまた酷いありさまだった。
ドアは完全にひしゃげており、窓という窓も割れてしまっていた。
その荒れようは普通ではなく、恐らくは肝試しに来たヤンキー達が悪戯で壊した箇所もありそうだった。
ひしゃげたドアを開けて中に入ってみると、家の中もボロボロ、畳はささくれ立っており、家具や料理器具は錆び、冷蔵庫の中も黒い染みや虫の腐ったようなものが至る所にあった。
余りの酷い荒れ具合に、全員恐怖よりも危なさの方を感じていたそうだ。
一階を一通り見て回って、事件が起きたと噂の二階に向かう事にしたのだが、階段もまたボロボロだったという。
更に悪いことに、階段は途中で右に曲がっており、その曲がり角の辺りが昼間でも明りがささないような暗がりになっていた。
怪我をしないように慎重に階段を上がると、先頭で登っていた奴が「うわっ」と急に声を上げた。
「これはちょっと、普通じゃないかも…」
後から登っていた二人からは丁度階段の曲がり角で二階がよく見えず、どうした?と慌てて登る。
「えぇ…」
二階の階段の登った所に、バリケードがしてあった。
そのバリケードというのも、家具や何か小物を積んで人が登って来れないようにしてあったのならまだいいのだが。
体験した彼らが言うには、毛布の壁があったのだという。
二階側から壁に毛布を画鋲で止めて貼られた、突破しようと思えば突破できなくもない、そんな布の壁が三人の目の前に現れた。
「これ、頑張れば毛布を突破して二階を調べられると思うけど、多分突破しない方がいいよね?」
「上の方毛布足りなかったのかな、タオルで継ぎ足してるように見えるね…」
「あのさ、毛布を向こう側から止めてるよね、釘だか画鋲だかわかんないけど。止めた奴どうやって二階から降りたんだ?」
「これ、ダメだろ」
「やめよう。帰ろう」
「どうりで階段暗いわけだよ…」
「これだけで分かった。本当に来ちゃダメだこの家」
三人とも完全に意気消沈してしまい、階段を降りる足取りも重い。
ようやく一階まで辿り着いて、誰ともなく「あ~あ」とため息をついた。
「嫌なものを見た…」
その時、台所の方から
「あ、そうだそうだ!佐久間さんから貰った羊羹がありましたよぉ!」
そんな声がして、驚いて台所を見ると。
きちんと和服を着て、髪も結った女性が、冷蔵庫の中を覗き込んでいた。
錆び付いて黒い染みや虫の死骸しか入っていなかったはずの冷蔵庫を。
「良かった良かった」
女性は冷蔵庫から何かを取り出しシンクに置いた。あのシンクも錆び付いて水が出ないことを先ほど三人とも確認している。
そして、これまた錆び付いた包丁で、ガリガリガリガリ!と音をたてながら何かを切る素振りを始めた。
「「「ヤバいヤバいヤバい!!!」」」
三人とも転げ出るように逃げて玄関から飛び出た。
「今、人、居たけど!?」
「なんか羊羹出すって言ってた…」
「こんなボロ家、誰か入ってきたら音がするし気配もするよね!?」
「見間違い?じゃないよね…」
思わずもう一度玄関から家の中を覗く。
「こんな物しかないですけどぉ」
女性が台所から玄関に向かって歩いてくる。
「あ、ヤバい。こっち来る」
大慌てで玄関から更に逃げて家の敷地の外まで出た。
「この家、頭おかしい人が住んでたの?」
「いや、俺ら一階はくまなく見て回ったじゃん、押し入れも全部開いてたし。絶対に誰も居なかったし、音も立てずに侵入できる経路もなかったよな…」
「えっと、ちょっと混乱して訳分からないんだけど、とりあえず帰ろう」
「この話やめよう、これ以上変な事言うの禁止な!」
家の前で三人がテンパりながらそんな事を話していると。
その女性が、ガチャっとドアを開けて、家から普通に出てきたらしい。
「遠くから来ていただいたのに、お構いも出来ませんで」
そんな事を言いながら、空のお盆を持って、普通に外に出てきてしまったのだという。
三人とも、三度逃げ出した。
彼らの記憶では、まだ昼過ぎの日の明るい時間帯の話だという。
そんな時間に、住宅街の中を大きな悲鳴を上げながら逃げていたのに、周囲の家から誰も出てくる気配がなかったらしい。
いくら住む人が少なくなっているとはいえ、誰か様子見に出てきてもよさそうなのに。
そんな住宅街の、街路樹で若干薄暗い道を、結構な時間逃げ回ったそうだ。
ところが、どれだけ逃げ回っても、いつまでたっても女性が振り切れない。
「いやいや、この羊羹ね、結構美味しいんですよぉ。お茶もお出ししますから」
そんな女性の声が後ろからずっと聞こえてきていた。
あれこれ逃げ回って、ようやく例の一角から出た所で、女性が追いかけてくる気配がなくなった。
「あのさ、あれって、生きてる人でしょ!?頭おかしい人が追いかけて来てたんじゃないの!?」
「いや、あんなキッチリ着物着て、あの速度で追いかけるのはおかしい」
「途中後ろ振りむいたけど、すぐそばに居たよ…お盆持ってたよ…ダメだよあれ…」
彼らがこの体験談を周囲に語った事で、ようやく「この地域に行くと何が起きるのか」という具体的な話が広まったそうだ。
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「真昼間から家の外まで出てきたから、もしかしたら幽霊じゃなくて、生きている頭おかしい人なのかもしれない。まぁ、どちらにせよ危ないから、絶対に行くのを辞めようってなったって、そういう話が東北のどこかであったんだって。
どうだ?なかなか怖い話だっただろ?」
「お前、お前……本当にありがとう!やっぱり持つべきものは友人だわ」
かぁなっきさんから急に感謝の言葉が出てきて、この話を持ち込んだ友人は目を白黒させたそうな。
おまけ
彼らを追いかけた女性ついて、かぁなっきさんが別の友人に話を聞かせて意見を聞いた所。
「結局さ、この話に出てきたものって人なのかな、お化けなのかな?例えば中国の民話だと、昼間に人の形をした怪異の出る話とかあるけど、この場合はどうなんだろう?
ただ、家の外まで出てくるって言うのは、何となく人な気がするな」
「いやいや、お化けかもしれないよ」
「まあ確かに、お化けが昼間から出て、家の外を歩き回っててもいいっちゃいいけど。こっちが勝手に夜に出るものだって思ってるだけだし…」
「いやだってさ、考えても見てよ。周囲に住んでた人がどんどん居なくなったんでしょ?
真昼間から、存在しない奴が隣の家から自分の家にやって来て、『つまらないものですが』って何かを持ってきたらさ、とても嫌じゃん」
出典
シン・禍話 第五夜 1:22:28~
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