スタートライン 18(小説)

 体験ダイビングで引率する家族に、体験ダイビングの説明をした。何分潜るか、注意すべき点、やって欲しい動作、こちらがする部分など。
 子供に話をする時、「おじさんと一緒にいくからね」と自分を「おじさん」と言って、もうおじさんだよな、と思った。そう、もう立派な大人だ。どこから見ても、誰が見ても大人だ。お兄さんと言おうか迷ったが、声になったのは「おじさん」だった。   少年はしっかりと僕の話を聞いてくれた。 
 車椅子から身を乗り出すように、笑顔を見せてくれた。かわいい。その笑顔で、今は全力で楽しませたいという考えに切り替えられた。
 まかせて。絶対、すてきな時間にするよ。

 全員で浜までそれから移動した。途中階段もあったが、力を合わせて車椅子を降ろした。
 緊張が伝わったが、「大丈夫、ゆっくりいこうね。さあ、楽しもう!」と声をかけながら誘導した。両親も緊張しているのがわかったが、二人は別のインストラクターが担当しているから任せている。ハンディのない妹も両親と潜っている。そして僕は車椅子から解放された子と潜る。サポート役としてこちらに一人インストラクターがついてはいるが、水面でのサポートくらいで、水中は自分がこの子の命を預かる。一緒に参加した他のインストラクターのレベルや経験は詳しくは把握していなかったが、ハンディのある人と潜る技術を有しているのはあまりいないのはわかっていた。沢山いたらハンディキャップダイビングを実施している店がもっと多いハズだ。だからあまり他のインストラクターに期待はしていなかった。まあ、今は受け持つ子のハンディのレベルから十分僕一人で引率可能なのは知っているので、必要のない情報は切り離す。
 ゆっくりと海の中へ降りた。急ぐ理由はない。サポートについてくれたインストラクターにハンドシグナルとアイコンタクトで指示を出しながらも、一緒に潜る子の目をずっと見る。不安や緊張などは目でわかる場合が多い。楽しい、嬉しいという感情も目でわかる。だからよく目を見るが、今回はいつも以上に目に多く意識を割いた。

 初めてのダイビング、ほぼ初めての海、緊張しない方が珍しい。
 呼吸もなかなか安定しないかも?と潜る前に考えていたが、杞憂に終わった。
 呼吸がすぐに安定した。最近潜ったハンディのない人の体験ダイビングよりもそれは早いかもしれない。目を見ても不安は感じられない。よし、大丈夫だよ、出来るよ!とハンドシグナルでオッケーポーズをして微笑みかけた。
 見つけた魚を指差してその存在を伝えていく。ここにいる魚は把握しているから、見つける事は簡単だ。青くてキレイな魚、誰が見ても「フグ」とわかる魚、動きのゆっくりな魚、貝、次々に紹介していった。その度に笑顔が増えていくのがわかる。楽しんでくれていて安心した。魚の力は凄い。意識が分散すると呼吸も安定し、安心へと繋がる。

 ついにその時はやってきた。
 水中で別チームとして潜っていた家族と会ったのだ。向こうのインストラクターもこちらの存在に気付き、距離を縮めた。両親と妹もこっちがわかると、手を振ってきた。僕も手を振り返し、引率している子に三人が近くにいるのを教えた。妹が手を出して、その子とタッチをして手と手を合わせた。そしたら、今までで一番の笑顔を互いにしたのを見て、やばい!と本能で感じた。
 もの凄く楽しそうに喜んでくれ、二人ではしゃいでいるのを見て、僕は感動した。
 今日、参加して本当に良かった。
 ダイビングインストラクターをしていて本当に良かった。これまでのダイビングは、この今の瞬間の為にあったと言ってもいい位、やりがいを感じた。こんなに喜んでくれるなんて、めちゃくちゃ嬉しい。これ、これ、これだ。ダイビングは癒されるし、楽しいし、ワクワクする。この時間を経験して欲しいからインストラクターをしているが、まさしくこれこそがダイビングインストラクターの醍醐味だ。インストラクターをしていて良かった。生きていたらしんどい事や大変な事が誰でもある。だからこそ、楽しい事をしたり、楽しい事を見た方がいいと僕は思っている。じゃないとしんどい。
 僕はダイビング歴15年だ。
 こんなにはまった遊びってほかにない。ただ、最初からうまかった訳ではない。ひとつひとつ努力を続けてスキルと経験を積み重ねてきた。熱狂はまだまださめない。ダイビングのおかげで人生がさらに楽しくなった。沢山楽しい思い出ができた。成長できた。まだまだ成長したいし、この楽しさを伝えたい。世の中には面白いこと、楽しいこと、ワクワクすることってある。それに一生を捧げていいと生きてる人も沢山いるから、それってやっぱりあると思う。ゼロじゃない。時間は有限で、今は今しかなく、人生は一回しかない。その中で、そういう事をふれたり、探したり、見たりするの好き。楽しい。死ぬ瞬間、どんな人生だったと思うのかな。どんな人生でもいいけど、今ぱっとすぐに思い浮かんだような人生にしたいな。そのために何をすべきか?どんな言葉を使うか?はわかっている。それをするか、しないかを選んできたのは自分。自分の人生、自分でいい人生にしたと言いたいな。自分のだから。

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