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ヒハマタノボリクリカエス 1

 何故生きるのか? 心が疲れてしまった女子高生の、再生の物語です。僕たちの10代の数年を、ある事実とある視点を交えて、フィクションとして書きました。 初めて書いた小説を、加筆修正して載せていきます。


 雨だ。
 音は聞こえないけど、外はひどい雨だ。
 ああ、帰るのもうっとうしい。
 畠山美保は、数学の授業を軽く受け流しながら、頭では全く違う事を考えていた。高校三年の夏休み前といえば、たいていの受験生にとって授業は大事なものになるはずだ。
 けど、すでに大学に推薦入学が決まっているミホにとっては、すっかり意味のないものになってしまっていた。まさに時間の無駄。
 最近では全く授業に身が入らず、携帯をいじれない厳しい先生の時間は、こうして窓を通して外を眺めては時間をただただつぶしていた。ミホの席からはちょうど空しか見えないようになっている。
 いつも五十分間空ばかり眺めていても、ミホは何故か飽きなかった。この先一度も使わない数式を覚えるより、ずっと有意義な時間だと思っている。
 今日の空は雨が降っているので昼というのに暗い。色に例えるなら灰色。
 まるで今の自分の心みたい。
 ああ、私は今何をしているのだろう。
 ぼんやりしていたら、携帯が震えた。
 ラインだ。

 数式の念仏を唱えている先生にばれないよう、素早く携帯の画面を見て、ラインの内容を確認した。
 送り主はサエコだった。
 隣のクラスの里村差江子は、高一の時同じクラスで、学校からの帰りの方向が同じだったこともあって仲良くなった。
 内容は、学校が終わったあと一緒に遊びに行こうというものだ。
 遊ぶといっても、どうせカラオケに行って、プリクラを撮り、その後マックで、サエコからクラスの気に入らない人間の悪口を聞かされるという、いつものパターンになるのだろう。
 考えただけでも憂鬱になる。
 神様、彼女に何でもいいので罰を与えてください。
 私はここで本心をひた隠し、オッケーとかわいいスタンプを使ってすぐに返信をした。
 サエコは馬鹿で無能な人間だけれども、自分の性格の悪さと親の財力は一級品だ。味方につけていた方が、平和に学生生活を送れる。そのためならちょっとの時間の無駄など嘆いている場合じゃない。

そういう考えって、絶対私だけじゃないと思う。ああ、放課後までのカウントダウンが始まった。

案の定カラオケに行った。くだらない曲を、サエコがくだらない声で歌う。
 私はそれを、さも熱心に聴いているふりをする。
 くだらない時間。
 こうやってヒトは大人になっていくのだろう。
 私は笑顔で手を叩きながら、こんなことを考えている。これってやっぱりおかしいのかな。普通の女の子はこんなこと考えないのかな。私だけなのだろうか。
 この部屋にいる、サエコ以外の女友達は、今何を考えているのだろう。くだらない時間。きっとそう、うんざりしているはずだ。
 いつから私はこんな考えを持つようになってしまったのだろう。半年前?一年前?それとも先月から?いつからか思い出せないけれど、もう今は苦痛としか感じられなくなってしまっている自分がいる。

 サエコは最近ヒットしているバラード曲を歌っているけど、少しも良いとは思えない。サエコの歌唱力が乏しいせいもあるだろうけど、歌詞も曲調も心に響かない。

 私はおかしくなってしまったのかな。
 それとも、以前の私がおかしくて、やっとマトモになれたのかな。
 おかしいのは今の私ではなく、以前まで一緒になって騒いでいた過去の自分と、サエコやその友達ではないか・・・・。
 そう思えてしまうほど、私はこの雰囲気に溶け込めない。
 しっかりしろ、ミホ。
 私は、ごくごく普通の女子高生だ。授業中にラインのやりとりをし、カラオケやプリクラが好きだけれども、ちゃっかり推薦で有名私立大学に入学が決まる運の良さもある、どこにでもいる普通の女の子。
 こうやってみんなが盛り上がって騒いでいる中、一人場の状況を客観的に分析している人間ではない。本来の私は、一緒になって何も考えずに歌い、騒いでいるはずなのだ。
 どうかしている。あ、最近は睡眠時間が少なかった気がする。そうだ、きっとそれが原因だ。これは一時的にしかすぎず、今日帰ってたっぷり寝たら治るに決まっている。うん、今日は早く寝よう。
 意識をカラオケボックスに戻すと、ちょうど私が歌う番になっていた。
 私は、今年の春先にヒットした、二年前から好きなアーティストの曲を歌った。
 けれどもちっとも共感できずに終わった。
 苦痛でしかない時間が終わった。
 と思ったら、マックに移動しただけで、悪夢はまだ続いた。一つのポテトに群がりながら、私達はクラスメイトの悪口を言い合った。もちろん私も表面上参加している。主導権はここでもサエコだ。
 時間の無駄、時間の無駄と思えば思うほど、体の真ん中あたりがちくりと痛んだ。心臓が誤作動を起こしているからだ。
 不整脈。
 心臓が正常な動作を忘れてしまい、いつもと異なる動きをする病気。だいたい一か月前くらいに痛みを覚えた。最近痛みがひどく、痛みの箇所も箇所なだけに不安に駆られ、自宅近くの病院で診断を受けて発覚した。たくさん検査をした結果、毎日薬を六錠飲まなければいけなくなってしまった。薬は効いているとはとても思えなかったけど、飲むしかない。どんなに冷静になっても、この痛みは怖い。
 そういえば、今日は昼に飲む分もまだ服用していなかった。とてもじゃないが、サエコ達の前では飲めないから、帰宅してから飲むことにした。病名や体の不調は、両親以外には誰にも打ち明けていない。言う必要もないし、言ったところで何も変わらない。
 私はどうかしてしまったのかな。
 こういう気持ちになったのが、進路が決定してからで良かった。とてもじゃないけど、こんな状態だと勉強なんて手につかない。
 心臓が痛むたびに、私は死について考えるようになってしまった。
 どうかしているよね。
 うん。
 ホント、どうかしていると思う。
 ねえ、何なのかな、この気持ち。
 私、どうしちゃったのだろう。
 笑いたいよ。
 ねえ。
 死。
 死。
 このまま痛みが消えないと、私ってやっぱり死んじゃうのかな。
 死んだら、人ってどうなるのかな。
 怖いよ。
 助けて。
 ダレか。
 私はどうなってしまうの。

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