オレのばあちゃんの話を聞いてくれ!!


“明日があるさ明日がある〜”
この曲がエンドレスで流れてる。
ばあちゃんの通夜。

オレのばあちゃんは三か月まえにうちに来て、
んで死んだ。

オレには祖母はひとりしかいない。
おかんの母者(と、おかんは呼ぶ)
おとんは詳らかに訊くのが憚られ、
両親はいないと言われ育った。
オレは14歳。
中二病というかガチで中二だ。
今のところきょうだいはおらずひとりっ子。
どっちでもいいが両親のパッションに淡い期待は捨てていない。


オレだって、近い親族の死去ってやつは初めてだから、
それにあのばあちゃんはもう
インパクト強すぎてさ、
だからなんかうまく言えないよ。
きっと。
だけど、オレのばあちゃんの話を聞いてください。


ばあちゃんは、こないだ72歳になった。
死ぬちょっと前。
ときどき会ってたけど、なんかばあちゃんってよりおばさまみたいに思ってた。
若いんだな。
化粧もしてないし、白髪はそりゃああるけど髪の量多いし、ストレッチの入ってないデニム履いてさ、姿勢が良くてさ、スタスタ歩いてた。
おかん曰く、母者はダンサーだったらしいわ。
重心が頭の上にあるみたいな人だった気がする。


三か月まえのある日、
おとんが言うから多分日曜日の晩ごはんどき。
『しばらく、おばあちゃんと一緒に暮らす』
『?ふーん』
なんかなぁ、おかんが変に唇噛み締めてるから、オレも事実確認で済まそうと思ったんよ。
したらおかんがウルウルし出して、オレは見るような見ないような感じでマカロニサラダとか食べててさ、
したらおかんが溢れてもうて…
おとんが『末期癌やからな。修にも言うとくから』
マカロニが箸からつるんと滑って落ちた。
オレ、
『そうなんや』しか言えんかった…

オレはそりゃあまだ義務教育の身の上やけど、おかんはやっぱり女の人で、だからおとんと手を携え守ってやらなければあかんやろ男として。
っていうのはおとんの圧から察した訳だが。


ばあちゃんはそれまで住んでた部屋をきれいに引き払って、ちょっと遊びに来ましたよーみたいにオレたちと同居しだした。
ちょうどオレが夏休みに入る頃で、おかんは何日もぐらぐらしてたみたいだったけど、大人たちの申し合わせで結局通常通り仕事に行くことになった。

オレは部活(水泳部)の練習に合わせてあまりばあちゃんに、というか末期癌たら言う現実には焦点をかっちり合わせないように無邪気っぽく振る舞っていたんだ。
そんなある日。

「修や、ちょっとお台所手伝ってー」
ばあちゃんに呼ばれた。
遅い朝で、その日オレは午後から部活で、まあ軽く昼めし済ませて…と思ってた。
「今日は素麺でいい?」
「おーいいねー」
ばあちゃんの素麺は薬味が豊富で栄養有りげで消化に良さげで食べる量も加減できるしナイスなメニューだった。
「これ、この生姜を半分くらい摺って」
「ん」
卸金と土生姜が回ってくる。
ばあちゃんは薄焼き卵を焼いて、あれを錦糸にするんだな。
冷蔵庫から胡瓜とネギを出して
    がつ!
え?なんの音?あ!ばあちゃんネギつかんで倒れてる冷蔵庫の前野菜室開きっぱなし頭打った?待って待ってオレえ?どうしたらいいの?
「ばあちゃん!!」
ネギそっと離して野菜室入れて閉めて
「ばあちゃん!!?」
答えようとしてるのか、目を閉じたままぐらぐらしてる。
「救急車呼ぶから!」
ぐったりしてるばあちゃんににじり寄って息があるのを確認したオレは電話のある場所へ行こうと
「ひゅえええ」
我ながら信じられん声が出た。涙も出てたが、ちょっぴりちびっていた…これは秘密にして欲しい…
ばあちゃんがオレの腕をがっしりとつかんでいた。しかも満面の笑みで。
「予行演習やで」
「………」
「いつ死ぬかわからんやし」
「…今はまだ死なんな?」
「うん多分」
もうオレは話す気力もなくパンツを替えに台所を出た。

オレの夏休みは、それはもうばあちゃんによって濃厚に塗りたくられた。
齢14の可憐な少年(オレだが)は全くよく乗り切ってくれたと思う。
数々のエピソードはいつか、映像化されることを願います。


ばあちゃんとオレは密かに予行演習を積み重ね、来るなら来いやゴルァ!というところまで気持ちのパンプアップは出来ていたのだが、本番は実にさりげなく始まった。
前の日からいつもの元気がないように見えたばあちゃんだったが、オレは(またニュープランを練っているんちゃうん)と努めて平然と様子を伺っていた。
両親からは何かしらあればすぐ連絡せよと命じられ、折に触れ様子を訊かれていたが、ちびりの件を知られたくないため『大丈夫大丈夫』と流していたのだ。
実際、ばあちゃんは楽勝節を鼻唄で歌っているように見えてたし。

朝。
ばあちゃんに頼んでいた時間を過ごして慌てて目覚めたオレは、居間でぐったりしてるばあちゃんにズカズカと歩み寄った。
「寝坊してもうたやんけばあちゃん!
起こして言うたのに!」
「あ…暗いなぁ夕方?」
オレは素早く脈と呼吸を確認し、いつもの視線がかっちり結び合わされない悲しさを呑んで救急車を手配した。


午後になっておとんおかんとなっちゃん(おかんの妹)が病室に詰めかけた。

ばあちゃんの意識はあっちに行きかけたりしてオレは怖かったが、
おかんが
「おかあさん!!」と泣きながら揺さぶるとふんわりと目を開けた。
「、…はるお」
おかんは涙まみれで何度も子どものように頷くばかりで言葉にならない。
「ありがとう…産まれてくれて…しあわせやったよ」
こんにゃくみたいにぶるぶるなおかんはもう、おとんに抱えられて泣きじゃくっていた。
「なつ…」
さっきから黙って何故かオレの手を握っていたなっちゃんがビクッとした。
「ありがとう…かわいいなつ…一緒にいられてうれしかった」
「おう。うれしかったよ。っう…愛してるよ!」
オレの指の骨は今にも砕けそうです。
なっちゃんの小鼻はぎゅんぎゅんに膨れてたけど、ギリ泣かなかった。
「コウさん(おとん)はるおをお願いします」
「修や、つよく生きなさい。そのままに、、いい男になって」
ばあちゃんは一息ふぅーっと長い息を吐いた。そして
「まったねーー!」
ねーの顔で間抜けた笑顔で臨終を迎えた。


せやなあばあちゃん
ほんとうにありがとうやで。
明日なぁ…
うん明日は葬式。
ばあちゃんが主役やで。
またな!


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