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#78 空中テラス -必要なのは小さな冒険なのか?

※この文章は2013年〜2015年の770日間の旅の記憶を綴ったものです

ワラスの山々をあとにして、トルヒーヨを経て、やって来たのはチャチャポヤス。
この小さな町の近郊で一番の見どころのクエラップ遺跡の観光を終えたわたしは、「もうそろそろペルーを出る時期かもしれないなー」と思いつつ、ドミトリーで一緒になった子から勧められたゴクタの滝を見に行くことにした。

この旅に出てから “その地で有名な滝“ というのを何度見に行ったことだろう?
アフリカ最大のビクトリアの滝はパスしてしまったものの、南米に来てからはイグアスの滝を既に見終えていたので、ここに来るまで名前すら知らなかったゴクタの滝に大した期待はなかった。そのせいか、珍しい二段の水の流れを現すこの滝を、わたしは予想以上に好きになった。

本来は、ふもとの村から往復5時間ほど歩き、滝壺を見て戻って来るこのツアー。
ところが最近の登山やトレッキングのおかげで、わたしの足腰はすっかり丈夫になってしまったらしく、数人の参加者と共に他の人達やガイドをぐんぐん抜いて、随分早く滝壺に着いてしまった。

わたしと同じようにマイペースにずんずん先を歩いてここまで一緒に来たフランス人のセバスチャン。他の参加者達がようやく滝壺へ到着した時、もう十分堪能したので、一足先に麓の村まで戻ろうと歩きかけていたわたしに「滝の中盤にあるテラスまで行ってみない?」と声をかけてきた。ガイドに聞くと、滝壺からテラスまでは片道一時間ほど。帰りのバスの時間には間に合いそうだ。一瞬迷ったけれど、まだ体力は余っていたので、彼について行ってみることにした。

これが、予想をはるかに上回るキツイキツイ道のりだった。
足場が悪い上、急なアップダウンが続くため、膝への負担がこの上ない。滝壺までの道のりではそれほど汗をかかなかったのに、今は大粒の汗が次々と流れ落ちて、髪の毛は頬や額にへばりつくし、まるで服の上からシャワーを浴びたみたいにブザマな姿の自分が悲しかった。
ただ、明らかに脚の長さも歩幅も違うセバスチャンが、わたしのペースに合わせて並んで歩こうとしないことが救いだった。こういう道で、他人に合わせて歩くのが余計な疲労を増すことはよくわかっていたし、「合わせてもらってる」と感じることは、わたしにとっても負担になったはず。それでも、所々で止まって待っていてくれた彼の方から「ゴメン。こんなにキツイ道だとは思わなかったよ」と謝られた時には、私の方が申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

2時間弱かかってたどり着いた滝の空中テラス。
そこで、滝の流れからほとばしる霧のしぶきを全身いっぱい浴びながら、湧き上がってきた得も言われぬ達成感。時間があればこの気持ちにもっと浸っていたかったけれど、帰りのバスの時間が気になって、ついさっきまで必死に登って来た道を、今度は転がるように駆け下りた。

ところが信じられないことに、5時発と聞いていたバスは、5時10分に膝ガクガクになって麓の村にたどり着いたわたし達をとっくに見放し、30分以上も前に出発したらしい。ショック極まりない…。
そこで茫然としているわたしをよそにセバスチャンは、管理事務所にいた女性と交渉し、彼女の旦那さんが10solでわたし達二人をバイクに乗せてコレクティーボ乗り場まで運んでくれるよう話しをつけてくれた。

アフリカのウガンダで乗ったバイクタクシー以来、久しぶりに体験した大人3人乗りバイク。カーブがくるたび大きく傾く車体から振り落とされないようセバスチャンの背中に必死にしがみつく。今朝ツアーで出発した時には想像もしなかった過酷な歩行を経て、滝の空中テラスに迫り、ツアーバスから置き去りにされたショックの末、オデコ全開でスリル満点なバイクに心躍らせている自分がおかしかった。

チャチャポヤスの町に帰って来てから二人でささやかな祝杯をあげた時、今日のことを詫びる彼に「小さな冒険をさせてくれてありがとう」とお礼を言った。初めはきょとんとしていたけれど、拙い英語でわたしの思ったことを伝えると「旅する中で、時にはスパイスが必要になる気持ちはよくわかる」と彼は言った。

旅も長くなってくると、安全にスムーズに物事が進むのは喜ばしいはずなのに、どこか満足できない思いが燻り始めていた。アフリカから南米にやって来て、移動も宿取りも観光も、そこで必要な他人との交渉に割く心と体の労力が格段に減って「まるで天国に来たようだ!」と最初は本気で喜んだはずなのに、いつの間にかその状況に飽き足らなくなっていた。
ツアーに参加して連れて行ってもらうだけの観光地には満足しにくくなってしまって、だから、簡単には達成できそうもない登山にチャレンジしたり、予想を超えるハプニングを求めたり。
感動する心のひだがダラリと弛緩した自分。それをこんな風に分析してしまうことにもうんざりだ。

間もなく「予想を裏切るハプニングなんて必要なかった…」と後悔する日がやってくるとは、まだ知らず。

めずらしい二段の風貌を現すゴクタの滝
めずらしい二段の風貌を現すゴクタの滝
滝壺から見上げると、一段目までしか見えない
空中テラスから見上げた滝の一段目
岩を打つようにほとばしる滝の水をかぶりながら、しばし達成感に浸った

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