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【シブレス#04】コックマン(ビストロ/渋谷道玄坂)/猫の皮を被った男は嫌いじゃない

エンジニアというのは不思議な人種だ。チャットツール上ではいつも饒舌なのに、面と向かって話そうとすると、とたんに無口になる。
店に向かうまでの道中、ナカヤマの顔をちらと盗み見ると困惑しているようにみえる。きっと女慣れしてないからだ、自分に興味がない訳ではなくて、と私は前向きに考えようとする。

ナカヤマは同じ会社、同じチームのエンジニアだ。とあるサイトの企画として入社した私が、最初に組んで仕事をしたのが、ナカヤマだった。アンケートをとるための仕組みとか、そんなものを一緒に作ることになり、それ以来よく話すようになった。話す、といっても面と向かってではなく、それは主にSlackという、業務用のチャットツール上だったのだけれど。

ナカヤマは冴えない男だった。というのも着ているものもイマイチだし、すごく変な髪型をしていた。ただ私は、彼の眼鏡の奥の切れ長の目がとても好きで、それにちょっと手をかければ、化ける男なんじゃないかと踏んでいた。
そこで彼と仕事でやりとりをする合間に、床屋ではなく美容院で髪を切った方がいい、や、一度セレクトショップで全身揃えてもらった方がいい、とか、そんなことをことあるごとに彼に伝えた。
ナカヤマはとても素直な男だった。私のアドバイスのせいだけではないのだろうけど、ほどなくして彼は冴えない男からこざっぱりとした男になり、ナカヤマさん彼女でもできたんじゃない、そんな風に囁かれるようになった。

そんなナカヤマの最近の評判に私は誇らしい気持ちになりながら、一方で私しか気づいてなかったと彼の魅力が公になったことで、いくぶん落ち着かない心持ちにもなった。
たとえばナカヤマのカレンダーの予定に「ランチ」とある時、相手が女子じゃないかをいつもこっそり確認した。かわいいと評判のデザイナーが彼に話しかけるたびに、何を話しているのかと耳をじっとそばだてた。
そしてこのままじゃいけない、と意を決し、彼を食事に誘ったのが今日だった。

「コックマン」は美味しいビストロ料理を出す店だ。価格もすごくリーズナブルだし、内装もお洒落すぎずにアットホームな感じ、気になる相手をさりげなく誘うには、ぴったりの店だ。
ただそんな「コックマン」ですらナカヤマは落ち着かない素振り。そしてメニュー表をまじまじとみた後、これ食べたい、と何個かのメニューを指さし、店員を呼ぶ訳でもなく、私の顔をみた。
いわゆる男性のエスコート的な立ち居振る舞いがないことに私はちょっと面くらいながら、まあただ女慣れしてない証拠だ、と前向きに考えようとして、自分で店員を呼び、注文をし、そして料理が来たらとりわけて、なんというか、彼をひたすらもてなした。

すると時間が進むにつれて、Slack上ほどではなかったけれど、次第にポツリポツリ彼からも喋るようになった。そして時折見せてくれる笑顔に、私は何だか救われた。
こうやって地道に食事と生身の会話を交わしていけば、いつか一線を越える日が来るかもしれない。私は彼の眼鏡の奥の切れ長の目に時折みとれては、2人の未来に期待した。

店に着いてから2時間ばかりして、そろそろ帰ろうと会計をすませ(これも私がした、半分はさすがに彼からもらった)、楽しかったよまたご飯たべよう、そういって駅に向かおうとしたら、不意にナカヤマは私の腕をつかんだ。そして店を出て右手、つまり渋谷駅へ向かう道とは逆に、私をひっぱった。いやいや駅はこっちだよと諭したのだけど、彼は一向に介さなかった。突然どうしたのだろうと不審に思いながらも付いていくと、ぱっと見、廃墟にみえるビルの前で彼は立ち止まり、ここに隠れ家のようなバーがある、ここでお酒を飲みたい、そう言った。

ー実はこのあたり、よく来るんです。

錆びた鉄の非常階段を彼に促されて上り、古ぼけた鉄製の扉を開けると、そこにはナカヤマの雰囲気らしからぬ、ずいぶんとスタイリッシュな空間が広がっていた。そして彼は顔馴染みと思われるマスターに軽く会釈した後、まるで今までとは別人のように自信ありげに微笑んで、私の耳元で囁いた。

ーいい店でしょ。いつか一緒に来たいと思っていたんです。

こんな展開あるかって私は思った。そればかりか彼はバーテーブルの下で私の手に触れ、時折り私の指の間に自分の指を絡めてみたり、そっと私の手を両手で包み込んだりしながら平然とした顔で、直近のチームの課題について、や、会社の業界における立ち位置について、とか、そんな固い話を饒舌に繰り広げた。私は意外に大きい彼の手が自分の手を持て遊ぶたびに、体の奥が締め付けられるような気分になって、しばらくして、彼が、どうします、もう一軒いきます、それともと言った時には、つい、今晩は一緒にいたい、と自分からその後の意思表示をするにいたった。

バーを出た後、ナカヤマは慣れた手つきで私の腰に手を回した。そして、驚きました?リードされるのが新鮮で、猫被っちゃってました、と種明かしをした。あっけにとられながら、だけど私は彼の体に頬を寄せ、猫の皮を被った男は嫌いじゃない、そう言った。


コックマン https://tabelog.com/tokyo/A1303/A130301/13115594/
渋谷109から東急百貨店方面へ約3分、クロサワ楽器を左折してすぐ。「牛頬肉の煮込み赤ワインソース」といったメニューが1,000円など、リーズナブルに飲み食いができる人気店。おすすめは「フォワグラのクレームブリュレ」。

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