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(63)サロン・デュ・ショコラ2022 その4

今月は、私がサロン・デュ・ショコラ東京でアテンド通訳を担当させていただいているフレデリック・アヴェッカーさんについて綴らせていただいています。

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今月は、私がサロン・デュ・ショコラ東京でアテンド通訳を担当させていただいているフレデリック・アヴェッカーさんについて綴らせていただいています。

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FRÉDÉRIC HAWECKER

HPは以下の通りです。
www.hawecker.com/


(フレデリッック・アヴェッカー:40代@アヴィニヨン/フランス)

(アヴェッカーさんはファースト・ネームからフレッドと読んでいますので、
以下フレッドと記させていただきます)
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(Q1~4については1月16日、21日の記事をご参照ください)

Q.5 貴方のファミリーについて聞かせてもらえますか?
A.5「父は7人兄弟だったので、いとこも大勢いる大家族です。
父は、私が7歳の時に亡くなり、母が兄と僕を女手一つで育ててくれました。
その母も8年前に亡くなり、兄と私の絆はより深まりました。」

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フレッドは、このお兄さんギヨームと共にアヴェッカーブランドを経営しています。

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「パートナーのクンチュクとは、20年前、パリで修行中に出会い、
2002年、彼女の二人の子供(前のパートナーとの息子と娘)と一緒に4人でパリを出て、
ここプロヴァンスに私達の店をオープンすることにしました。
家族がそれぞれに、役割を持ち、この仕事を支えてくれています。」

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(右からフレッド、クンチュク、私)
Q.6 「これからの展望」について話してもらえますか?
A.6「実は、最初からこの仕事を『天職』と思っていたわけではありませんでした。
高度のテクニックとこの仕事への深い敬意を持つプロ達との素晴らしい出会いが、私にもこの仕事への情熱と愛情をもたらしてくれました。
若い時のそういう重要な出会いというのは、私達の人生を変えてくれるものだと思います。

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今、新しいラボ(製菓アトリエ)を作るプロジェクトがありますし、
クリエーターとしてより高みを目指し、もっともっと素晴らしい作品を作っていきたい。
一人の人間としても、常に謙虚であり、公私のバランスの取れた生活を送りたいと思っています。
私にとって幸せとは、好きな仕事に日々邁進し、健康であり、何より家族とそれをシェアできることなのです。」

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(カカオはその特徴から、栽培されている地域が限られいています。
中南米のガーナ・エクアドル・ブラジル、アフリカのガーナ・マダガスカル・コートジボワール、アジアではベトナム等、赤道を挟んで南北緯度20度以内にカカオの産地が集中していて
「カカオ・ベルト」と呼ばれています。
写真は産地に足を運んでカカオを手にするフレッド)

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フレッドのショコラの中で、初めての方なら是非試していただきたいのが
「Voyage du chocolat(ショコラの旅)」というボックスです。
スペイン、アイルランド、エクアドル・・・
一つ一つ表面に金文字でプリントされた国名をイメージさせる特産の上質な素材をガナッシュやプラリネに使っています。

コルシカ島ならクレマンティーヌの柑橘の酸味、
メキシコならトウモロコシの香ばしさ、
日本は柚子、フランスは塩キャラメル等々

目を閉じて口の中で溶けるショコラをゆっくり味わいながらイマジネーションで世界中を旅することができる魔法の小箱です。

そして、注目していただきたいのが、
パートナーのクンチュクの、母国でありながら彼女自身は一度も足を踏み入れたことのないチベットの名がプリントされたガナッシュ。
(彼女は、現在のダライラマ14世が1959年インドへ亡命する契機となった「チベット動乱」のだいぶ後、インドのチベット難民入植地で生まれました。その為、現在40代の彼女は、母国であるチベット本土には行ったことがありません。 ※ご参考まで https://www.tibethouse.jp/about/information/situation/
ちょっとスモーキーでミステリアス且つエキゾチックなスパイスと茶葉の香りが品よくほのかに後味に残ります。
フレッドの研鑽による知識と高度なテクニックの神髄、そして彼女への情愛が込められた作品です。
その一粒をセレクションに入れる感性を持ったフレッドの「チーム・アヴェッカー」の一人としてで仕事ができることを、私は心から幸せなことだと思っています。
(とりあえずのFIN)

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