ハンドソープ


書いてもしょうがないことを/書くのだけれど/ぼくの生活は犬と猫と/枕元の一冊の本にあたためてもらっていた/来る日も来る日も/ほくほくさつまいも/でもそれを書いてくれたひとは/こないだ自分で死んでしまった/いたんだよね/すぐそこの遠くに/手の届かぬ/しかし電波で繋がったすぐそこに/少し離れただけと思えばいい?/例えば、何かみたいに?/なくなりそうなハンドソープを/それでも執拗に叩いているみたい/あの日以来ずっと空腹で/いくら読んでも満たされない/押しても押しても空気ばかり/少しの抵抗と泡のかけらの音を聞いて/「何もできなかった」と/「できることは何もなかった」で/どうしょもない人間になっていく/明るくいようって書いてあったのにね/そちらは今雨が降っていますか?/どんなにおいがしますか?/好きな色はたくさんありましたか?/こちらは今日雨で土ぼこりのにおいがします/洗濯ものは乾かないし/猫が少し不機嫌で/ぼくはあなたの好きな色が好きです/ところどころ晴れたとこだけ/ちぎって自分のものにして/毛布にくるまって過ごすのもいいんだよ/だめなことなんてない/ひとつもないんだから/でもだから例えば大好きだと伝えたとして/それが彼女に何をした?/空っぽは空っぽのまま/ぬめりは取れないまま/いくらでもだるそうにしていていいから/好きなもの好きなだけ食べていいから/ぼくが天国をここにつくるから/もう少しだけ待っていてほしかった/好きだったのに観てたのに楽しみにしてたのにこれからだったのにきれいだったのにあの声にあの瞳にあの演技に心底惚れ込んでいたのに/彼女がいなくなって/彼女のことを褒めた/あの秋の日まで/口いっぱいに言葉を詰めていながら/ぼくはひとつも吐き出さなかった/届くはずがないと思っていたら/本当に届かないところへ行ってしまった/ああまたぼくは/どうしょもない人間だ/数々の言葉が今何かにのって/もしかして届いていますか/届け/届け/届かなかったら殺す/何を?/言葉を?/自分を?/気持ちを?/もう泡が出なくても/叩きつづけるしかなくて/クシュ、クシュ、クシュ/シュ/ぼくは今夜も/手を洗って/歯を磨いて/月を見て








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