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終わらない7人

 沙代は窓際に座っていた。窓の外を様々な人間が様々な速度で過ぎていく。呼吸するたびにコーヒーの香りや、焼き菓子のにおい。木目の壁に穏やかな絵。観葉植物がちょうどよくしおれている。沙代のテーブルにもホットコーヒーの入ったカップがふたつあって、食べかけのパウンドケーキと汚れたフォークが2本。向かい合って座る女は、サテンのシャツを着て「これ買うとき店員が何て言ったと思う?」「何ですか?」「谷間まで見えますけどお客様大丈夫ですかって」ふたりは笑う。マスターが拭き掃除を始めた。飾り時計がもう5分で動き出す。「私を見てって言いたくなる、沙代ちゃんにそういう顔されると」「見てますよ」「おばちゃんのしわくちゃの身体には興味ないか」「ありますって」ふたりはまた笑う。入口のドアが開いて、白いマフラーの女が入ってきた。せっかちな女だ。沙代との約束までまだ1時間はある。マフラーの彼女は、沙代がメールで指定しておいた奥の席にまっすぐ歩いて行った。「まだどっか見てる」「見てませんよ」「まあ、いいわ。いい時間だし」女は伝票を持って立ち上がった。「次はカフェじゃないところがいいな」「ホテル行きます?」「ふふふ」ふたりは店を出た。沙代は彼女を改札まで送ると、またカフェのドアを押した。マフラーを外した女は驚いた。「沙代ちゃん早い!」「待ち切れなくて」「やだ私も!」女はソフトクリームを注文して頬張った。今度はショートヘアの女がやってきた。せっかちが過ぎる。彼女との約束は3時間後だ。ショートへアの彼女は窓際の席へ向かい、店員が注文をとる。店員はカウンターに戻る途中で、左手の指を折り曲げて【18時から空いてる】のサイン。次に右手で【愛してる】。沙代は小さくうなずく。そのとき、小さな光がはねた、気がした。かすかなシャッター音。横を見ると、黒いパーカーでマスクをした人物が右手をポケットにさっとしまった。

【続く】

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