見出し画像

「ツバメの巣」をイカします! #100日間連続投稿マラソン

 今日は蔦縁ヨウさんからいただいたお題をイカします!(*´▽`*)🦑



「ツバメの巣」

くコ:彡 くコ:彡 くコ:彡💦ピューン

 梅雨のころ、おじいさんが現れた。

 おじいさんは、家の南に面する小道に立って、杖で支えた両腕をぐんと伸ばし、少し見上げるように顔を傾けて我が家を見つめる。朝の七時半ころにきては、三十分ほどで帰る。笑っているような、悲しんでいるような目で、いつも灰色のシャツと土汚れの半ズボンを着て、何かぼそぼそと言ったり口髭を掻いたりする癖がある。はじめの頃、私たちは気味悪がった。

 一週間くらいして、初めて会話をした。彼は右手に古い新聞紙を持っていて、

「これ、敷いとくね、ああ、ほら、フンで汚れる、新しい家なんにかわいそうだから」

 そう言って軒下を指さした。私たちが窓から身を乗り出してみると、そこには土や小枝でできたもうひとつの家があったのだった。

「すみません、自分らでやらなくて」

「いい、いい、おれ好きなんだね、こいつら。ちょっと、見せてもらっていいかい」

「どうぞ」

 彼は髭を動かしてお礼を言った。妻がキャンプ用の椅子を出すと、それを特等席にして小道の草むらの中で座り込んで、嬉しそうに会釈した。

 それから毎日、私たちは顔を合わせた。彼は七時半ごろゆったり歩いてきて、着席する。杖で両手を支えながらじっと観察する。何かひとりごとを言ったり、髭をなでたりしながら、時折笑う。「ご近所さんだっけ?」妻の質問に、首をひねるしかなかった。私たちは窓ごしに彼を視界に入れながらそれぞれ朝食をとって、出勤の準備をした。玄関を出ると、彼が手を振ってくれる。もごもごと動く髭は、たぶん「いってらっしゃい」と言った。

 七月の始めの金曜日、トーストをかじっているとチャイムが鳴った。出ると、それは彼だった。

「旅立っちゃったよ、今日は来てみたらもういなかった。立派に育ったに、よかった、よかったよ。これ、ありがとう」

「いえ、わざわざすみません」

「いやあ、よかった、じっくり成長するところが見れた。あいつら、いいんだよ、スズメよりたくましいけど、カラスより小さくて弱そうなのが、それがいい、うん、よかった。奥さんにもよろしく言ってくれね」

 私は会釈して、椅子を受け取った。彼はもっと深く頭を下げて、去っていった。土埃のにおいがした。

 次の日から、彼はぱったり来なくなった。

 季節が変わって、朝食のコーヒーに氷が入った。長野のほうへ旅行にいった。ネクタイを長いクリーニングに出した。お義母さんが軽い熱中症になったと報せがきて、盆は妻と別々に過ごした。また季節が変わり、ネクタイを受け取りに行った。今年は日照時間が極端に少なくなるでしょう、と妻のお気に入りの気象予報士が宣言した。土と枝の家は、まだ軒下に貼りついていた。お義母さんはすっかり元気になったらしく、コーヒーには湯気が立つようになり、私は病気になって仕事を辞め、妻と喧嘩した。妻はパートを増やして、いつまでも布団をかぶっている私を置いて忙しそうに出かけて行った。また季節が変わった。妻は朝食の準備をしながら「マスクの消費量が半分だから、いい感じ、あなたが出かけないで」と言って、私はどう返事をしていいか分からなくなり、泣いてしまった。彼女は私の頭を抱きしめて、そういうつもりじゃなかったのに、と言った。しかしすぐに出かける時間が来てしまった。私はひとりになって、雨の季節なんだからしょうがない、とまた目をこすった。

 窓がノックされた。

 もう一度。

 カーテンの隙間からのぞくと、彼だった。

「どうも」ズボンが一段と汚れていた。彼は少し背が低くなったような感じがして、口髭は前よりも豊かになっていた。「今年は、あいつらまだ来てないね、ゆっくりしてるのかね」

「そうですね」

「そうだな、ゆっくりっていうのも、いいな。とてもいい、楽しみがあるな、ゆっくり、じっと、生きて待ってれば、なあ。いつか現れるぞ、うん、とてもいいな、おれそういうやつが好きなんだな」

 彼は髭をもみながら笑った。

「でも、本当にゆっくりしてやがるなあ、去年の今ごろはもう、いたな。しょうがないね、あんたさんといっしょに、待つことにしようかね」

 また雨がやってきて、私はあわててティッシュを取った。彼はまた笑った。ゆったりした足取りでお向かいの塀まで歩き、私の窓まで戻ってきて、何度も行ったり来たりしながら空を見上げた。私は窓から身を乗り出した。小さな家は、壁にしっとり貼りついて住人を待っていた。











 #100日間連続投稿マラソン 26日目でした!お付き合いいただきありがとうございました(*'ω'*)

 今度、この100日で登場するひとや動物が住んでいる街をつくろうかななんて考え始めています。地図があって、どこに誰が住んでいるとか、決まっていたら面白そう…✨まだまだ妄想の段階ですが、いつかおはなしできたらいいなと思っています!

 では、また明日お会いしましょう(*´▽`*)/

サポートをお考えいただき本当にありがとうございます。