見出し画像

the Odyssey その10

2022年3月~4月

 ミックスダウン、とは非常に説明しにくい作業である。
 たくさんの楽器を同時に鳴らして、うるさい部分を小さくしたり、目立たせたい部分を大きくしたり、不要な部分は思い切ってカットしたりもする。この作業で曲の印象が全く変わってしまうので、取り組む前にはっきりイメージを持っておかないと、いろんな方向性を試すだけですぐにお腹いっぱいになってします。つまみ食いで満足してしまい、夕食時に食べられない状態である。ただ、世界で一番美味しいもの、それはつまみ食いであり、それぞれの楽器や歌を一つ一つじっくり味わいながら、素材から調理過程まで楽しめるのはこの作業の醍醐味だと思う。

 イメージはある程度固めていったが、ミックスエンジニアあだち氏にはあまりオーダーせず、好きに遊んでもらった。もちろん譲れない部分に関しては希望は伝えたが、それも機械の操作の指示をしたと言うより、リスナーに見てもらいたい画、向かいたい方向だけを伝えた。さすがと言うか、アイディア豊富と言うか、自分では思ってもみないような処理が次々と施されていて、面白かった。こんなふうに自分の曲を受け取る人もいるんだなと思った。結果、すごく良くなったと思う。自分のイメージだとついつい内省的になりがちだが、広く外に向かった、聴きやすいアルバムになったと思う。

 一曲だけあだち氏から、DIYミックスを勧められた曲があり、それは自分で作業した。ミックスに取り掛かる前に、イメージを可視化しようと思い紙にイメージ図を書いたら、曼陀羅が現れたので驚いた。作業を始めて、これは本当に地図を持ってないと、道に迷って帰ってこられない作業だと思った。可能性が無限すぎる。1日1時間のルーティンに組み込み、1週間ほどかけてで取組み、最後にあだち氏にチェックしてもらい終了。わざわざ自宅に来てもらったのに、「最高じゃん」の一言で終わった。嬉しいような申し訳ないような気分になる。

 マスタリング、とは非常に説明しにくい行程である。仕上がった曲たちの音量を聴きやすいように揃えたり、曲と曲の間の時間を決めたり、聴きやすい部分を広げたりする。よくエンジニアの風間さんが「歌がもう少し聴けるように、上に伸ばしておきますね。」とか、「ギターが隠れてるので、横に広げました。」とか、言ってくれるのだが、何が行われているのか全くわからない。部分的に画像の解像度を上げてるようなイメージなのか?とも思うが、それが音に置き換えられた時に、どう言う処理になるのかわからない。

 もうちょっとだけ、こうしたい。を言葉を介さず的確に取り上げて、適切な処置を施してくれる。理屈こそわからないが、聴覚上すごくアップグレードされるので、大事な作業だと思う。この行程は本当に役得だと思う。チェック用に、巨大なスピーカーで聴くのだが、自分の曲をこんなに立派な環境で聴けるのは本当に贅沢。マスタリング後、友人宅へ機材の受け渡しがあり、寄り道して帰宅。

 これでアルバム制作の、「音」の部分は完成。ほぼ一年かけて創ってきた曲がこう言う形で人の耳に届くけられるまでになったことは他に代えがたい喜びがある。達成感が大きすぎて、一瞬燃え尽き症候群になりかけたが、帰宅前に寄った友人宅でのひと時が、自分を現実に戻してくれた。この日の3日後にジャケット用の写真撮影もあり、なんとかやる気を取り戻すことがきた。インダストリアルの音楽の部分が完了してしまうと、自分の担当する作業が減ってくる。残るのはひたすら事務作業と連絡事項、コミュニケーションである。

 アルバムのアートワークをはじめは東郷清丸くんにお願いしたのだが、いろいろあって柏崎桜さんと言うグラフィックデザイナーにお願いすることになった。そのいろいろを次回書こうと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?