あいを知る

▼登場人物紹介

若草悠(わかくさ-ゆう)
とある探偵事務所で助手として働いている男の子。成人はしている。
可愛いもの好きの可愛い男子。びっくりする程不器用。

若草香月(わかくさ-かづき)
悠の姉。服飾デザイナーをしている、誰もが振り返る超美人。
じっとしていたらお人形のような、小さくて可愛い女性。

先生
悠くんの雇い主である枯野透湖さんのこと。
枯野探偵事務所で住み込みで働くことを許してくれた人。

▼今回のお題


お題ガチャから:『あいを知る』

書き出しは「その人はどこか浮世離れした雰囲気を持っていた」、書き終わりに「メガネの度が合わない。」を使用したかわいいお話を書いてください。

使用単語 ❯❯ 昇降口、重ねる、雨


▼本文


──── その人はどこか浮世離れした雰囲気を持っていました。

懐かしそうに語られる。
それは、いつか出会った人の話。




しとしとと雨の降る中、若草悠は出先で買ったビニール傘をさして病院へと向かっていた。
といっても、本人がどうこうという訳では無い。
雇い主である枯野探偵が入院をしており、見舞いのための道のりである。
きっかけになった事件の進展報告……という名目であるが、ただ単純に会いに行きたいが為にこれを日課としていた。
なにせ退屈を苦手とする御仁であるし、若草も聞いてほしい話が沢山ある。
住み込みで働いている為平時は一緒に居ることの方が多いが、これまでも日々のささやかな出来事すら話題にあげてきたのだ。
がらんとした事務所でひとりで居るのはどこか寂しく感じてしまい、急ぎ、足を動かしていた。

「今日はなんの話をしようかなぁ……。普段しないような話とかなら、先生も楽しんでくれるかな」

話しの引き出しは多い方ではないが、なんとなく話題に出せていない話なんかもある。
興味があるかどうかは話してみないと分からないが、退屈しのぎにはなるかも知れない。
あれこれと考えながら歩いていると、道を少し外れてしまったらしい。
雨の日に脇道に逸れるのはまだ少し嫌な気がして、慌てて引き返そうとした時に気が付いた。

「……あれ。ここ、もしかして……」

確認するように、道を進んでみることにする。
少し歩けば見知った道に出た。
見えてきた大きな建物は、記憶の中ではもう改修工事が終わっていたと思っていたが、まだ終了はしていないらしい。
門の前まで来て、改めて学校銘板を確認する。

「うん、やっぱりそうだよね」

母校であると確認し、なんだか不思議な感覚に陥った。
年齢で言えば比較的最近に卒業した場所なのだが、若草の時間感覚は少々曖昧で、ひどく懐かしい気持ちが入り交じる。
見つめる校舎は工事中の為全容は見えなかったが、それでも、胸に湧き上がる気持ちは広がる一方だ。

「……雨の日に此処に来ると、あの人のこと思い出すなぁ」

そうして、記憶を辿る。
味気ないと思っていた高校生活の中で、特別記憶に残っている出来事。
それを思い出し、そうだ、と笑った。

「今日はこの話をしようかな。先生、聞いてくれるかな……」

そわそわと逸る気持ちを抑えるようにして、踵を返した。
今度こそ、お見舞いに向かうのだ。
きっと退屈しながらも待っていてくれるのだろうかと思うと、早く会いたかった。

── そうして、冒頭に戻ることになる。



 * * *


「浮世離れした人?」

入院している病室のベッドの上で、枯野探偵は、はてと首を傾げた。
包帯の巻かれた手足の痛々しさは目立つが、きらめく瞳に話への興味は伺える。

「何かの物語でも始まったのかと思ったが、実際の出来事なんだな」
「はい。此処に来る前にちょっと寄り道をしたら、通ってた高校が近くにあることを発見して。それで思い出したことがあってですね……その話を」

慣れた様子で傍に置いてある椅子に座り、若草は頷いた。
じわりと広がる懐かしいような思いを抱えたまま、枯野をそろりと見やる。

「先生の退屈しのぎにはなるかも知れませんし、話してもいいですか?」
「退屈しのぎなんてことはないだろう。お前が話してくれるなら、興味あるよ」

向けられる視線がまるで話をせがむように見えて、若草は小さく頷いた。
話していいかと聞きはしたが、あまり期待を籠められても気恥ずかしい。

「じゃあ、お話しますね。……これはきっと、今のボクからしたら、少し前の話です」

静かな語り口は、やはりどこか物語めいていた。



 * * *


もうすぐ卒業式を控えたある冬のこと。
その日は雨が降っていて、ボクは傘を忘れた絶望感を覚えながら昇降口から外を見ていました。
何をするでもなかったんですが、学校から出たくなくて図書室に引きこもっていて……そうしたら遅くなってしまって、誰も居ないから傘を借りれるアテもなくて。
かと言って、兄や姉、両親に頼むわけにも行きません。
濡れて帰るのも嫌だったし、様子を見ることにしたんです。
絶望感なんて大袈裟だと思いますか? でも、この頃のボクは何をするにも上手くできないと苛まれていてですね。
卒業をするというのに不安もいっぱいで、なんて自分は出来ないのだろうと悲しくて……傘を忘れて大袈裟にショックを受けたのもそのせいだったと思います。

「……どうしよう、止むかな」

下校時刻までには帰りたかったけど、時間も迫ってきていて。
もう諦めて飛び出そうかと思った矢先に、不思議な人を見たんです。
まず目を引いたのは、格好でした。
高校の敷地内に居ると言うのに、学生でもなくて。……なんて言ったらいいんですかね……書生さんみたいな服装、というか。
厳密にはちょっと違うんですけど。着ている服装の色合いとか合わせ方はすごく可愛くて、書生さんっぽく纏めてる、みたいな感じな人だったんです。
格好に驚いて見てみると、整っているけど真っ白な顔で、どこかをぼんやりと見ている様子で。
そんな人が傘を差して佇んでいるのを発見したもので……その、大変失礼なんですけど、最初幽霊だと、思ったんですよね……。
手にしていた携帯電話を取り落としたら、その音が聴こえたのでしょう。
書生さんがこちらを見て、凄い速さで近づいてくるんです。
逃げ出そうと思ったけど、すぐ追い付かれそうだななんて思っていたら、いつの間にか傍に来ていて。
どうしよう、どうしようと慌てていたら、その人に。

「香月ちゃん!」

そう呼ばれたんです。
……はい、聞き間違いで無く。
呆気に取られていたら、寄ってきたその人がボクの手を取り重ねて、ぶんぶん振りながら喜んでいるんですよね。
そこで、書生さんの手が信じられないくらい冷たいことと女性であることがわかったんですけど。
兎に角びっくりしていたら、すぐに解放されました。

「……あれ、でもあなた男の子? ごめんなさい、人違いしちゃった」

そうして放り出していた傘を拾い、書生さんは肩を落としました。

「……え、ええ、と、あなたは、誰ですか……?」
「私? 私は、ここの卒業生です。用事があったから久しぶりの母校を見て回ってて~。そしたら、仲良しだった子を発見してつい。人違いだったけど!」

あはは、と笑う様子を見ていて、遅ればせながら幽霊じゃないんだなって安心したりして。

「でもこの格好だとちょっと寒いよね。やっぱりもう少し着込んで来たら良かったなー」

顔が白かったのは単純に寒かったせいなんだと思いつつ、賑やかな様子に興味が出てきて。

「あの、自販機で良かったらあったかいもの奢りますけど、ちょっと話を聞かせて貰ってもいいですか?」
「話? いいよ。いいけど、何々? ナンパですか?」
「違います」

可笑しそうに笑いながらだったから、冗談なのはよくわかるんですけど。
それはそれとして、誤解を招くのはちょっと……。
そ、それで、ボクも寒かったので、学食の方に設置されてる自販機のところまで行って、買った飲み物で暖を取りつつお話をしたんです。

「さっき、香月ちゃんって言ってましたけど」
「ああ、うん。あなたに似た感じの女の子が居て、学生時代は仲良くして貰ってたんだ。顔もだけど、存在が可愛い子だったんだよ~」
「あの……その人の苗字、若草って言いませんか」
「そうそう、若草香月ちゃん。あれ? もしかして知り合い……、……あ、きょうだい? 弟くんとか」

頷くと、顔が明るくなって、あったかくなった手でわしゃわしゃと頭を撫でられました。
姉さんも顔が広いので、いろんな人と知り合うんですけど。
距離感が近い感じの人が多い印象あるので、この人もそうなんだなって思いつつ撫でられていたら、ふと、手が離れていきました。

「そっかー、香月ちゃんと間違えちゃったのも運命ね! 成程、弟くんも此処に通ってたんだ」
「はい。学校に来るのもあと一か月くらいですが」
「そっかそっか。なら、そんな時期にあなたと出会えたんだから、私、弟くんともご縁があるのね」

手にした缶コーヒーを飲み干して、その人は笑います。

「これのお礼と、このご縁を祝して、ひとついいことを教えようか」
「いいこと?」
「そう。弟くん、今、少し悩んでいるでしょう」
「……なんですか? 占い?」
「ふふ、まあ聞いてよ」

急にそんな話になったので、訝しむ気持ちが出てきたんですが、それでも構わず続きます。
なにせ出会った瞬間から押しが強めだったので、この時も押し切られた感じが……。ともあれ、大人しく話を聞くことにはしました。

「将来に不安を持つ時期でしょう。年齢的にもきっと節目になる。でも、それだけじゃないよ。弟くん、あなたは今、自分を見失っているよね」
「……?」
「好きなものを覆い隠し、押し込めて蓋をしても、生きていくのきっと辛いよ。オープンにしろって言ってる訳じゃなくて、そういう自分のこと否定しないほうが良い」

そうして、書生さんなお姉さんは目元を和らげます。
先にも言いましたけど、この頃のボクはいろんなことに不安を持っていて、自分の感覚に自信が無くなっていたので。好きなものとかそういうものは全部、表に出さないようにしていました。
もしかしたら、間違っているのかも知れない。可笑しいのかも知れないなって。
先生に会った時も、一番最初はそうでしたよね?
結局すぐばれちゃいましたけど、その……ほら、一般的に、可愛いものが好きって言い難くて。
誰に何を言われたわけでもないけど、そういう悩みがあったんですよね。

「……あの、なんで急にそんなこと」
「ちょっとだけ分かってしまうのだよ、私はね」

ふふんと得意げに鼻を鳴らすと、またボクをじっと見て、書生さんは続けます。

「いいと思う感性は大事にしたほうが良い。それがあなたの人生にとって、大切なものに繋がる道しるべになるでしょう」
「……素直な感想を言っても良いですか」
「顔に書いてあるから言わずともわかるけど。どうぞ?」
「胡散臭すぎて、困るんですけど」
「でしょうね!」

また可笑しそうに笑いながら、空になった缶コーヒーをボクの分まで預かり、書生さんはゴミ箱に入れてくれました。

「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。まあでも、選択するのはあなただから、この話を聞いて必ずこうしろという訳では無いよ。ただ」
「……ただ?」
「周りのことも自分のことも色眼鏡で見てるような、今の現状からは抜け出せると思うな。そうしたら、見失った自分を知る手掛かりになるでしょう。……まあ、頑張りたまえよ」

そうして、ぱしんと背を叩かれました。
同じくして、下校を促す放送が流れて帰ることになったんですけど、別れ際に。

「香月ちゃんによろしくね。珈琲ご馳走様、弟くん」

それだけ言い残したと思ったら、消えるように居なくなってしまったんです。



 * * *

話し終えて、ふ、と息を吐く若草を、枯野探偵がじっと見ていた。

「え、それで終わり?」
「そうです。実体験なので、オチとかないですよ」
「え~……。なんだその書生は……。名前を出したからには知っていたんだろうが、姉君とは知り合いなのか?」
「知り合いなのはそうみたいですね。姉さんも詳細は教えてくれなかったんですけど、名前が分からなくても特徴言っただけでわかるくらいではあるようです」

話しのまとめとしては納得のいかない様子に見受けたが、確かに多少浮世離れした人物の話ではあるように感じたのだろう。
僅かに頷くと、話の終わりを了承した。

「高校卒業直前の話だって言ってたが、それで、アドバイスを聞いてどうだった?」

気持ちの上で紆余曲折はあったものの、結局アドバイスを聞く形で今があることを、枯野は知っている。
若草の部屋に行けば、彼が元々持っているものと自分が贈ったヌイグルミが出迎えてくれるし、時折女性ものの服を着て着飾ったりもしている。
それはつまり、その書生さんとやらの言うことを聞き、変わることができたという証に他ならない。

「……そうですね」

尋ねられて少しだけ目を伏せ、それからまた枯野の顔を見て若草は笑った。

「結果として、先生に会うことが出来たので。アドバイス聞いといて良かったなって思っています」



 * * *

他愛ない話を続けて、病院を後にする。
雨はまだ降っていたが、折角話をしたのだからとまた母校の方へ足を向けた。
閉ざされた門の中に入ることは出来ないが、そこでふと、傘を差す人物を見る。

「おや、弟くんじゃないか」

いつかの再現のようにまた、あの書生姿の御仁がそこに立っていた。

「……ご、ご無沙汰してます」
「何々? そんなに畏まって~。でもあれから抜け出せたみたいだね、良かったじゃないか」

まるで、今日此処に若草が来ることが分かっていたように、あの時と同じ缶コーヒーを一本差し出した。

「それで? 大事なものは……いや、あなた自身のことは、ちゃんと見つけられた?」

珈琲を受け取り、やっぱり手が冷たいんだよなぁと感じつつ、頷いて見せる。

「多分。少なくとも、あの時隠さないといけないと思っていた自分のことは、また大事に出来るようになりましたよ」
「そう」
「あと、新しく大事なものも見つけました。あなたが言ったように、感性の赴くまま、いいなと思う人のところで今働いていて」
「それは良かったね。……ちょっと、変わった人生にはなるんだろうけど。弟くん、意外とそういう退屈しない人生好きでしょう?」
「……ああ、まあ……退屈とは無縁でしょうね、これからも」

どこまで見えてるのだろうか……。
そもそも、この人一体なんなんだ……。

いつかよぎった疑問が顔に出たのか、彼女はあの時のように可笑しそうに笑う。

「あはは、結構結構。色眼鏡が外せたなら何よりだね! 今度は、度が合わなくなって見るべきものが見えない、なんてことにならないように気をつけなさい」

言って、手にした珈琲を飲みほしている。
彼女の仕草を見ながら、悪い気分ではないなと感じて若草も貰った缶コーヒーの蓋を開ける。
あの時のように少し甘く、温かいなと思って飲み干した。



・あとがき

『あいを知る』→Iを知る→自分を知る。つまり不思議な人との遭遇によって、自分を取り戻す話にしようとしてこんなことになりました()
私を知る、だとIじゃなくてmeですかねって自分でツッコミを入れる。
お題のワードを無理やり入れた感が酷いですが、可愛い話なのかは謎ですね!!(笑
書生の彼女は、ちょっと変わった先生とかになる予定で幽霊ではないです。学生時代から制服じゃなくて、好きなものを着て登校していたのかも知れない。
2022-11-07

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