[メモ]イスラエル人の傍系(4)メルキゼデク系の祭司①

このメモの内容は
他人のこのまとめと内容が一部かぶります。これは良いまとめなので読みましょう。↓
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聖書中、非アロン系の祭司として最も高名な人物が、アブラハムを祝福した祭司王メルキゼデクである。

"その時、サレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒とを持ってきた。彼はいと高き神の祭司である。彼はアブラムを祝福して言った、「願わくは天地の主なるいと高き神が、アブラムを祝福されるように。願わくはあなたの敵をあなたの手に渡された いと高き神があがめられるように」。アブラムは彼にすべての物の十分の一を贈った。"
創世記 14:18-20

メルキゼデクは創世記の他に聖書中で二書で言及されている。一つは詩篇であり、もう一つはその詩篇を引用して論じたヘブル人への手紙である。ヘブル人への手紙の著者は、メルキゼデクを天使やモーセに勝るイエスの予型として重視しているようである。

"このメルキゼデクはサレムの王であり、いと高き神の祭司であったが、王たちを撃破して帰るアブラハムを迎えて祝福し、それに対して、アブラハムは彼にすべての物の十分の一を分け与えたのである。その名の意味は、第一に義の王、次にまたサレムの王、すなわち平和の王である。
彼には父がなく、母がなく、系図がなく、生涯の初めもなく、生命の終りもなく、神の子のようであって、いつまでも祭司なのである。
そこで、族長のアブラハムが最もよいぶんどり品の十分の一を与えたのだから、この人がどんなにすぐれた人物であったかが、あなたがたにわかるであろう。
さて、レビの子のうちで祭司の務をしている者たちは、兄弟である民から、同じくアブラハムの子孫であるにもかかわらず、十分の一を取るように、律法によって命じられている。ところが、彼らの血統に属さないこの人が、アブラハムから十分の一を受けとり、約束を受けている者を祝福したのである。
言うまでもなく、小なる者が大なる者から祝福を受けるのである。その上、一方では死ぬべき人間が、十分の一を受けているが、他方では「彼は生きている者」とあかしされた人が、それを受けている。
そこで、十分の一を受けるべきレビでさえも、アブラハムを通じて十分の一を納めた、と言える。なぜなら、メルキゼデクがアブラハムを迎えた時には、レビはまだこの父祖の腰の中にいたからである。
もし全うされることがレビ系の祭司制によって可能であったら——民は祭司制の下に律法を与えられたのであるが——なんの必要があって、なお、「アロンに等しい」と呼ばれない、別な「メルキゼデクに等しい」祭司が立てられるのであるか。祭司制に変更があれば、律法にも必ず変更があるはずである。
さて、これらのことは、いまだかつて祭壇に奉仕したことのない、他の部族に関して言われているのである。というのは、わたしたちの主がユダ族の中から出られたことは、明らかであるが、モーセは、この部族について、祭司に関することでは、ひとことも言っていない。そしてこの事は、メルキゼデクと同様な、ほかの祭司が立てられたことによって、ますます明白になる。彼は、肉につける戒めの律法によらないで、朽ちることのないいのちの力によって立てられたのである。それについては、聖書に「あなたこそは、永遠に、メルキゼデクに等しい祭司である」とあかしされている。"
ヘブル人への手紙7:1-17

さて、ここで著者が引用している詩編に戻ってみよう。詩編110篇である。

"(ダビデの詩、賛歌)主はわが主に言われる、「わたしがあなたのもろもろの敵をあなたの足台とするまで、わたしの右に座せよ」と。
主はあなたの力あるつえをシオンから出される。あなたはもろもろの敵のなかで治めよ。
あなたの民は、あなたがその軍勢を聖なる山々に導く日に心から喜んでおのれをささげるであろう。あなたの若者は朝の胎から出る露のようにあなたに来るであろう。
主は誓いを立てて、み心を変えられることはない、「あなたはメルキゼデクの位にしたがってとこしえに祭司である」。
主はあなたの右におられて、その怒りの日に王たちを打ち破られる。
主はもろもろの国のなかでさばきを行い、しかばねをもって満たし、広い地を治める首領たちを打ち破られる。
彼は道のほとりの川からくんで飲み、それによって、そのこうべをあげるであろう。"
詩編110篇

ここに二方の「主」が出てくるが、「わたしの右に座せよ」と言っている方は厳密には「主(ヤハウェיהוה)」であり、そう言われている方は「主(アドナイאדני)」である。七十人訳や新約聖書では両方「主κυριος」である。

この預言の解釈は、新約時代のキリスト者にとっては、ヤハウェが父なる神であり、アドナイが御子キリストである、ということが明らかである。

"主イエスは彼らに語り終ってから、天にあげられ、神の右にすわられた。"
マルコによる福音書 16:19

"ダビデ自身が聖霊に感じて言った、『主はわが主に仰せになった、あなたの敵をあなたの足もとに置くときまでは、わたしの右に座していなさい』。"
マルコによる福音書 12:36

しかし、預言というのはその言葉が当時どのように受け取られるかを明らかにしてこそ、より正確なニュアンスがわかるものではないだろうか。詩編110編が語られた当時、「メルキゼデクに等しい祭司」と呼ばれて想起されるメシアの予型的人物は誰だろうか。

それはおそらく、この詩篇の編纂者ダビデ王その人である。
いや、この詩を歌っている人物がダビデであるとすれば、メルキゼデクに等しい「わたしの主」がダビデであるというのはおかしい。しかし詩篇中で「ダビデの」と訳される語は、ヘブライ語では「לדוד(≒ to David、ダビデに)」であり、七十人訳でも与格「τωι Δαυιδ(ダビデに)」である。つまり「ダビデの詩編」というよりは「ダビデに(帰される)詩編」である。この場合、読者はダビデを詩を歌った作者ともとれるし、詩に歌われた対象ともとれるのである。当時これを読んだ人々は、詠み人がダビデ本人であったとしても、そこにでてくるメシアの型とダビデを重ねていたのではないだろうか。

ダビデは王としての側面が際立っているが、実は祭司的側面を持っている。

"主の箱をかく者が六歩進んだ時、ダビデは牛と肥えた物を犠牲としてささげた。そしてダビデは力をきわめて、主の箱の前で踊った。その時ダビデは亜麻布のエポデをつけていた。こうしてダビデとイスラエルの全家とは、喜びの叫びと角笛の音をもって、神の箱をかき上った。主の箱がダビデの町にはいった時、サウルの娘ミカルは窓からながめ、ダビデ王が主の前に舞い踊るのを見て、心のうちにダビデをさげすんだ。人々は主の箱をかき入れて、ダビデがそのために張った天幕の中のその場所に置いた。そしてダビデは燔祭と酬恩祭を主の前にささげた。ダビデは燔祭と酬恩祭をささげ終った時、万軍の主の名によって民を祝福した。"
サムエル記下 6:13-18

ダビデが祭司的行動をとったこのような例は実はかなりたくさんある。例えば彼は祭司のみに許されたパンを食べ(サム上21)、エフォドを着て神に伺いを立て(サム上30)、祭壇を立てて燔祭を執り行った(サム下24)。

サウル王が自ら燔祭を執り行ったことで先見者サムエルに王位剥奪を宣告されたのと対照的である。

ダビデの系図は彼がアロンの家系にあることを示していないが、彼の祭司としての振る舞は民と預言者たちと神に承認されているように見える。
(ただし彼はアロンの男系子孫でないことはほぼ確実だが、母系にアロンの家系がいる可能性はあり得る。アミナダブの娘がアロンの妻であったことなどから、アロン家系とダビデ家系は近しい関係にあることがわかる。女性を介してのアロンの子孫に祭司位の継承資格があったかどうかはいま調べ中…)
おそらく、ダビデは非アロン系であるが何らかの正統性を持つ祭司、つまり「メルキゼデクの位に従った祭司」なのでなないか。まさに、メシアの予型として相応しい人物であることがわかる。

さて、「メルキゼデクの位に従う祭司」かもしれない人がメルキゼデク本人を合わせてこの一連のメモではこれまでで三人話題にでている。

一人目はアブラハムを祝福したサレムの祭司王メルキゼデク、二人目はモーセを祝福したミディアンの祭司レウエル、そして三人目がユダ族の祭司王ダビデである。

さて、「アロンの子孫ではないが、祭司的職権を行使している人物」について考えた時に、実はメルキゼデクが祝福したアブラハムと、レウエルが祝福したモーセと、ダビデが祝福したソロモンも、同じ特権を行使していたということに気づく。

アブラハムは多くの祭壇を築き、燔祭を神に要請されて為している。

"時に主はアブラムに現れて言われた、「わたしはあなたの子孫にこの地を与えます」。アブラムは彼に現れた主のために、そこに祭壇を築いた。彼はそこからベテルの東の山に移って天幕を張った。西にはベテル、東にはアイがあった。そこに彼は主のために祭壇を築いて、主の名を呼んだ。"
創世記 12:7-8

"この時アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた。"
創世記 22:13

モーセはモーセの律法制定後おそらく最初に燔祭を為した人物である。また、祭壇も自分で築いている。

"モーセはそのように行った。すなわち主が彼に命じられたように行った。第二年の正月になって、その月の元日に幕屋は建った。すなわちモーセは幕屋を建て、その座をすえ、その枠を立て、その横木をさし込み、その柱を立て、

燔祭の祭壇を会見の天幕なる幕屋の入口にすえ、その上に燔祭と素祭をささげた。主がモーセに命じられたとおりである。"
出エジプト記 40:16-18, 29

"主はモーセに言われた、「これを書物にしるして記念とし、それをヨシュアの耳に入れなさい。わたしは天が下からアマレクの記憶を完全に消し去るであろう」。モーセは一つの祭壇を築いてその名を「主はわが旗」と呼んだ。そしてモーセは言った、「主の旗にむかって手を上げる、主は世々アマレクと戦われる」。
出エジプト記 17:14-16

ソロモンも燔祭を為して、神に応えられている。

"ある日、王はギベオンへ行って、そこで犠牲をささげようとした。それが主要な高き所であったからである。ソロモンは一千の燔祭をその祭壇にささげた。ギベオンで主は夜の夢にソロモンに現れて言われた、「あなたに何を与えようか、求めなさい」。"
列王紀上 3:4-5

ここに
メルキゼデク-アブラハム
イテロ-モーセ
ダビデ-ソロモン
という「メルキゼデク系の祭司位」の継承ラインが見えないだろうか。

さて、ここまでくると、アロン系の祭司系統と別に、メルキゼデク系の祭司系統も連続的に存在してきたのではないか?という推測ができる。

最も簡単そうなところから拡張しよう。ソロモンの前任者ダビデは、誰からメルキゼデク系の祭司位を継承したのだろうか。

それはもちろん、先見者サムエルであろう。実は彼もアロンの男系子孫ではない。サムエルの父エルカナはエフライム族という説もあるがおそらく彼はエフライム地域に住む非アロン系レビ族の家系である。

"エフライムの山地のラマタイム・ゾピムに、エルカナという名の人があった。エフライムびとで、エロハムの子であった。エロハムはエリウの子、エリウはトフの子、トフはツフの子である。"
サムエル記上 1:1

"コハテの子はアミナダブ、その子はコラ、その子はアシル、その子はエルカナ、その子はエビアサフ、その子はアシル、その子はタハテ、その子はウリエル、その子はウジヤ、その子はシャウル。エルカナの子らはアマサイとアヒモテ、その子はエルカナ、その子はゾパイ、その子はナハテ、その子はエリアブ、その子はエロハム、その子はエルカナサムエルの子らは、長子はヨエル、次はアビヤ。"
歴代志上 6:22

"サムエルは年老いて、その子らをイスラエルのさばきづかさとした。長子の名はヨエルといい、次の子の名はアビヤと言った。彼らはベエルシバでさばきづかさであった。しかしその子らは父の道を歩まないで、利にむかい、まいないを取って、さばきを曲げた。"
サムエル記上 8:1-3

最初に出てくるケハト(コハテ)はレビの子である。
このように、サムエルはモーセに反逆したコラの子孫と思われ、祭司アロンの家系ではない。しかし彼は明らかに祭司として振る舞っており、ここのメモで言うところの「メルキゼデク系の祭司」にあたる。

'サムエルはまだ幼く、身に亜麻布のエポデを着けて、主の前に仕えていた。"
サムエル記上 2:18

"そこでサムエルは乳を飲む小羊一頭をとり、これを全き燔祭として主にささげた。そしてサムエルはイスラエルのために主に叫んだので、主はこれに答えられた。"
サムエル記上 7:9

前述のように、サムエル自身はこのように祭司の職権を行使しながら、自分の任命したサウル王が自分の真似をしたことを咎め、王位から退ける宣告をしている。サムエルの祭司位にも何らかの正統性があったということだろう。

そしてダビデが祭司のように振る舞いだすのは、サムエルの最晩年に、ダビデがサウルから逃亡してサムエルのところに匿ってもらって以降のことである。

"ダビデは逃げ去り、ラマにいるサムエルのもとへ行って、サウルが自分にしたすべてのことを彼に告げた。そしてダビデとサムエルは行ってナヨテに住んだ。"
サムエル記上 19:18

おそらくここでメルキゼデクの祭司位はサムエルからダビデに継承されたと思われる。
他にメルキゼデクの祭司位を継承した人物は誰だろうか…

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