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第5話「2日目」

前回 第4話「夢の続き」

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午後


「水平 すいへい スイヘイ。。。」

亜衣は同期の寛子とのブランチの後、帰り道にパン屋で買ったサンドイッチを頬張りながら自室のPC席に座り、Miky先生のブログを読み返し始めた。

「これまでにも何度も読み返したけど、最初の記事と言えばこれよね。」

人並外れた記憶力のある亜衣がハマり込んで何度も読み返した記事を忘れるはずがなく、一言一句まで事細かにその内容を覚えていた。

1つ目の記事は「波動ではなくてブロックで値動きを見る」というもの。

「すごく分かりやすいんだけどなぁ。なんでリアルでラインを引くと事後的になっちゃうんだろう。」

そう言いながら1つ目の記事を読み終え、2つ目の記事のリンクをクリックした。

「で、次の記事が『水平線とフラクタルダブル』で。。。」

と読み始めようとしたところで、ハッとした。


「あっ、水平線。。。」


人は思いたいように思い込み、見たいものしか見ない。Mikyさんに惹きつけられ強く憧れたせいで、何か〝距離感”のピントがズレてしまっていたことに気づいた。

それは頭脳によるものではなく、意識によるものというか。合理的に最短距離を進んでいたつもりが、遠回りをしてしまっていた・・・どころか明後日の方向に突き進んでいたというか。

いや、そもそも進んでいる道が合っているかどうかを1度も立ち止まって確認もせずに、行くところまで勢いで行ってしまっていたというか。。。

いかに記憶力がズバ抜けていようとも人間であるが故に避けられない錯覚。

亜衣はまるで、実は今この瞬間に意識が目覚めた自分がいて、何度もブログを読み返していた自分は単なる植え付けられた記憶であるかのような、いったい何を見て感動していたのかさえも分からなくなっていた。

「ウソ、、、こんなに水平線の重要性を強調されてたっけ。。。? やだっ、実際のチャートでトレード例まで載せてくれてる。。。」

亜衣はPC席を離れ、部屋をウロウロしながら考えを巡らせた。

「そりゃぁ、実際のトレードでも思考はしてても意識がないままエントリーしてるはずだわ。。。」

依存症か何かだとも思った無意識エントリー。依存症ではなくて、催眠術に近いというか気持ちだけではどうしようもない生き物としての性(さが)というか。。。

「Miky先生に聞いてみよう。」

亜衣はPC席に戻ると眉間にシワを寄せてキーボードを打ち始めた。

「Miky先生、こんにちは。ブログの2番目の記事、思いっきり水平線についてでした。本当に申し訳ございません。

端的にお聞きします。こんな〝平凡以下”の認識力しかない私が、トレードで成功することなんてできるのでしょうか? 気を遣わずはっきり教えていただきたいです。。。」

返信を見るのが怖くて、いったんPCの電源を切った。


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夕方


Mikyさんから返信が来ていた。

「またまた君は何を言ってるんだし!認識力なんか要らないんだし! トレードに必要なのは、あえて言うなら事務処理能力だし!同じことを繰り返し練習して、実戦では体で覚えたことを愚直にやるだけなんだし!」

いつもの断定的な物言いが、亜衣のバラバラに崩れた自尊心を少しだけ組み直してくれた。

「で、でも私あれだけブログを読み返したのに、斜めのフィボナッチラインのことしか意識に残ってなくて。。。」

恐る恐る言った。

「あれは興味を持ってもらうように、わざとトップ画像に使って説明もドヤり口調で書いたんだし! それに亜衣はまんまと惹きつけられたんだし! トレーダーに必要な素直さがあるっていう証拠だし! あはは。」

亜衣はもはやイラっともカチンとも来ず、ただもう「この人ヤベぇぇっ!」という思いだけだった。

それを見透かしたようにMikyさんが続けて言った。

「トレーダーは癖の塊なんだし!」

心の底から納得した。

やり取りを始めてまだ2日目、癖というか個性の塊のMiky先生に感服した亜衣。

やだっ、この人に比べたら私なんかマジでめっちゃ普通じゃん。。。

あははっ!おかしい!!何それ!!・・・なんか吹っ切れた!! 

今まで自分は癖の強い人間だと思い込んでいたけれど、世の中上には上がいる。

というか、よく考えたら自分なんぞ会社でも全然存在感をアピール出来ていない、まるで平凡な普通人間。何をそんなに躍起になって自分の異端さを作り上げようとしてたんだろう?馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。


「Miky先生のおかげで何かスッキリしました。

まんまと惹きつけた責任を取って、〝私め”に水平線の極意などをご教授いただけませんでしょうか?」

亜衣は眉間のシワが取れて、目をキラキラさせながらメッセージを返した。カゴの中で螺旋状になって寝ていたレオナルドがピョコンと顔を上げて亜衣を一瞥すると、「人間は分からないにゃん。」という顔をしてまた眠りについた。


「よーし、では今日も宿題を出すんだし!
今日の宿題は『直近の高安に水平を当てて、そのセンターラインを根拠にエントリーする』ってやつだし!」

直近の高安? 直近で良いの?
そう思いながら亜衣は

「分かりました、ドシドシやります!」

と返信し、肩の力を抜いてチャート検証に臨むのであった。


次回 第6話「3日目」


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