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第29話「決戦」

前回 第28話「交錯」

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決勝ラウンド

「Miky先生、いよいよ決勝ラウンドです。私が感じているプレッシャーは〝プロジェクトチーム”の皆さんと比べると微々たるものですが、私も自分の人生を賭けてベストを尽くしたいと思います。」

世界トレードコンテスト当日の朝、亜衣はMiky先生にメッセージを送った。

亜衣が会場入りした時には、前日のまばらだった状況が一転、多くの関係者やギャラリーでごった返していた。満員御礼の会場はキャパの1万人も超えているようで、報道陣やゲストのハリウッドスターも来ていた。

「私はここでやるのか。。。」

緊張で生唾を飲み込んだ亜衣だったが、あの世界一の大富豪で天才起業家のアイロン・マックスと普通に話していることを考えると、誰に注目されようと大したことではないと思い直し、控え室で瞑想を始めた。

「あ、大会の記録保持者で今や大投機家のテリー・ウィリアム氏だ!」

控え室が騒ついて、皆口々に噂をし始めた。

「前回出場した時は、1週間で驚異の元資100倍を達成したってのに、まさかこんな大御所になってまでまた記録更新を狙いに来るとは!」
「値動きが完全に規則正しいなんていう彼の理論を証明しに来たのか?もうスピリチュアルな力でもあるんじゃないか?」
「AIの研究者が彼の頭脳を電子化しようと計画してるらしいぞ。」

皆テンションが上がり彼へのリスペクトと期待を口々に言葉にした。

そんな伝説のトレーダーは報道陣や関係者には目もくれず、隅の方で椅子の上に胡座をかいて瞑想している亜衣の元へツカツカと歩み寄った。

「おい、君! あのアイロンの野郎の隠しダマらしいが、トレードで俺に敵うわけないがないんだからな!こんな隅っこで目を閉じて現実逃避かい?今のうちに諦めて帰ったほうが良いんじゃないのか。ん、お嬢ちゃん? ははは!」

と捲し立てるように挑発する伝説のチャンピオンだったが、亜衣は瞑想に入っていてそんな煽りの声もBGMと化しているようだった。

チャンピオンは肩透かしを喰らって恥をかいた顔をするか、、、と思いきや、そこは魑魅魍魎が跋扈する相場の世界で生き抜き、投機家として長者番付世界第2位の大富豪にまでになった百戦錬磨の強者である。

(こんな挑発程度では動じないか。そうでなくっちゃな。ふふふ。)

という感じでニヤッと笑い、自分の控えスペースへと帰っていった。

他の出場者も思い思いに準備をし、役者が揃ったところで係の者が会場入りするようにアナウンスした。

亜衣は静かに目を開け、鎌倉の和尚さんの言葉をつぶやいた。

「時が、、、満ちた。」


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紛争地にて


マイが率いる救助部隊は、激戦地から10kmほどの区画に来ていた。最新テクノロジーを駆使したレーダーによって、一定の範囲であれば生きている人間がいる場所やその動きを正確に把握できる状況だった。

https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/spv/1106/27/news008.html

https://news.militaryblog.jp/a953380.html

マイのチームは周囲に敵がいないことを確認の上、救援物資運搬用のビークルに合わせてホログラムによって本人さながらに映し出されたマイが、避難所へコンタクトを試みる様子を全世界に生配信する手筈になっていた。

ホログラムといっても近くに昆虫型超小型映写機が飛んでいて、それがスピーカーとマイクも兼ねているので、まるでマイ本人がそこにいて紛争地の市民の訴えをリアルタイムで嘘偽りなく世界に発信できる重要な機会となる運びだった。

https://wired.jp/2013/05/08/insect-robots/

その生配信については、アイロンがMurmurChatを通じて世界に宣伝しており、今や従業員を以前の9割までカットした少数精鋭のMurmur社の動画班が、政治的主張に関係のないリアルな実情を世界に伝えるという哲学の元、マイの作戦実行の瞬間を今か今かと待ち侘びていた。

プロジェクトの本部では、火星へ探査機が降り立つ瞬間を見届ける宇宙開発のサポートチームのように、ある者は手を合わせて祈るように、またある者はウロウロと所在なさげに歩きながらその時を待っていた。

「来た!来たぞ!!」

スタッフの1人が大きな声で、小型ドローンから送られて来た映像に気づいてモニターを指差しながら言った。

「良し、中継はうまく行っているな。 火星からでも映像を送れるシステムだからな。同じ地球上なら朝飯前さ!」

とプロジェクト本部に詰めていたアイロンもテンションを上げて言った。

インターネット上ではマイとアイロン達の生配信も大きな話題となっていたが、それと同時にあるハッキング映像がバズっていた。

それは件の紛争地に攻め込んでいる兵士のヘルメットに付けてある小型カメラの映像だった。

https://fpsjp.net/archives/8785

通常なら軍の装備のカメラがハッキングされることは中々ないが、この兵士は自らのカメラの通信データを配信されるように仕向けていた。理由は定かではないが、元々この兵士は宇宙空間や他の惑星でも作動することができる探査機用カメラの専門家で、その腕が買われて軍の機器類担当として徴用されていた。

「おい、これ例のアイロン・マックスの救援部隊じゃないか!?遠くから映されているぞ!!」
「兵士の目線で映ってるじゃないか!演出用のフェイク動画だろう??」
「まさか本物??動画主は、、、〝戦場のオリオン座”だって。本当に戦場からっぽいぞ!!」

ネット上は大騒ぎになり、それはすぐにアイロンがいるMurmur社のプロジェクト本部にも知れ渡った。

「何てことだ。〝あちら”にも生配信をしてやろうっていう奴がいたらしい。限られた機材の中で、おそらくは上官の目も盗んでリアルタイムでネットに乗せるなんて、相当に切れ者に違いないな。うちのチームに欲しいくらいだぜ。」

とアイロンが首を振りながら言った。

そこへマイのホログラムが、避難所となっていておそらくは抵抗軍の主要部隊も詰め所としている建物付近に近づいた。

皆ホログラムと分かっていながらも、敵の的になりはしないかと固唾を飲んで見守っていた。

その時、避難所の入り口となっている地下鉄の階段から子どもが出て来た。3歳くらいの男の子だった。

小型ドローンのカメラがその子どもを見つけると、マイのホログラムを映し出しながら一緒に近づいて行った。

「おい、あの子ども大丈夫か?」
「大人の目を盗んで出て来ちゃったの??」

と皆が口々に心配する中で、兵士のカメラ映像にその子どもがいる場所が映し出された。映像は照準に合わせてアップになっているが、その子どもに近付く大人と思しき動きを捉えていた。

「さあ、こんな所にいたら危ないよ。中へ入ろう。」

とマイのホログラムが現地の言葉で子どもに話しかける。

子どもはその声が聞こえているのかいないのか、空を見上げている。

「お願いだからお姉ちゃんと中に入ろう!ね?」

と促すマイ。

「今日は流星群が見える日なんだよ。どっちの方向かなぁ。もうそろそろ見えるかな?」

と空を見上げる子ども。

「しょうがないな。ほら、暖かいスープだよ。これを飲んだら中に入ろうね。」

とマイが、、、オニオンスープをカップに注いで子どもに手渡した。。。子どもはふーふーっとスープの表面を冷ましながらズズズっと吸った。

「ぷはぁっ〜!美味しい!!」

と頭をなでてくれているマイをニコニコしながら見上げた。


その様子を見ていたアイロンが、うろたえながら叫ぶように言った。

「まさか!バカな!そんなバカな!!何をやってるんだ、マイ!? やめろ!早く隠れろ!!」

チームのフロアもどよめいている。ネット上でもいろんな声が飛び交い出した。

「おい、これホログラムじゃなかったのかよ?」
「どう見ても飲み物を手渡ししたぞ??」
「演出じゃねえのか。この子供もホログラムとか?」

両方の映像を見ながら多くの人がいろんな言語で実況をしている。

「おい、マイに繋げるか? すぐに繋げ!早くしろ!!」

アイロンは通信席をスタッフからぶん取るように座り、マイク付きヘッドホンを装着して貧乏ゆすりというには足りないくらいに脚をバタつかせている。

ただ、元々本部とは通信する予定でもなかったため、すぐには繋げそうにはなかった。

その時スタッフの1人がハッキングのほうの兵士目線の映像を見ながら大きな声で叫ぶように言った。

「ライフルがマイさん達のほうに向いてる!!」

マイを照準に入れた兵士目線の景色の手前にアップで銃身らしきものが映っていた。

映像の中では、子どもが美味しそうにスープを飲み干していた。

次回へ続く


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