第17話「現実」
前回 第16話「変革」
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
再起
「待て!多香子!行くな!行かないでくれ!!」
渡辺は仰向けに眠ったまま上に手を伸ばし、あの日の多香子を捕まえようとしたところで目が覚めて現実に戻った。もうこの夢を見るのは何度目だろう。見過ぎて覚えていないが、つかめそうでつかめず多香子の後ろ姿が遠ざかっていくところでいつも目が覚める。
2000年代前半の東京。失意のどん底でアメリカから帰国した渡辺青年は、しばらく経ってから新会社を立ち上げた。
株式会社Aメディア。
より正確により細かく被害をあらかじめ予測し、未来予知のように対策を取ることが可能な災害シミュレーション用の3D再現ソフトを開発する事業が主軸だった。
元々インターネット黎明期に爆発的に研究・開発の波が起こっていたシリコンバレーでは、渡辺とアイロンの会社もソフトウェア開発だけでなく他にも複数の開発を行っていた。
インターネットのような新時代を作るような分野で大きな事業を育てるには、ブルーオーシャンを見つけて1つのジャンルに絞りつつ、事業としてはどれだけ多くのプロジェクトを同時に回し、その中で時流に乗ったものにいかに良いタイミングで全振り出来るかということに命運がかかっていて、渡辺とアイロンもさすがに盟友同士その基本戦略と嗅覚はお互いに一致していた。
その複数の事業のうちの1つが3D技術による街並みの再現をするシミュレーションソフトであり、それを災害対策用に応用するのが渡辺の日本での次なる事業だった。
後に〝ヴァーチャルリアリティ”と名付けられることになる技術を2002年現在からほぼ実用化出来るところまで進めていたのだが、
渡辺にとっては、他社に先んじてシェアを取るとか時代を先取りして名声を得るとか、そういった野望にはもういっさい興味がなかった。
ただただシリコンバレーでの会社を諦めて帰国する原因となった、愛しい人を失った失意の思いをどこにどう向けて良いか分からず、何かに突き動かされるように無我の状態で進むだけだった。
「ふうっ。今度こそは。。。」
3Dでリアルに再現した街並みに、一定の行動パターンをインプットさせた仮想住民を、史実上の過去の災害時と同じ人口・同じ密度で配置し、現実に起こった災害データそのままにシミュレーション内で試す。
※記憶の中の街並み
https://www.kensetsunews.com/web-kan/119798
設定が現実と同じなら、史実と許容の誤差の範囲で被害も同じにならないといけないのだが、結果は、、、「何度やっても毎回大きな誤差が出る」という状況だった。
「くそぅっ、何がいけないんだ。こうしている間にも現実に次の災害が起こるかもしれないっていうのに!」
渡辺は、過去の災害当時の建物情報を緻密にプログラムに組み入れ、人口情勢、過密・過疎具合、昼間人口・夜間人口、交通の動線に至るまで厳密にシミュレートしているつもりが、一向に結果のバラつきが修正できない。
携帯電話がもっと普及し、各電話会社に契約者の行動パターンが記録されるような時代になれば、あるいはそこからデータが取れるかもしれない。
ただ、携帯電話の普及を待ってその全機種にGPS機能を搭載するとなったら、まだまだ年数がかかる。
※国土交通省 災害避難行動の分析
https://www.mlit.go.jp/common/000998392.pdf
それに最も知りたいのは、まさにそこに危機が迫っている状況下においての人間の不合理とも言える行動パターンについてであることは、半分無自覚ではあるが渡辺も理解していた。
シミュレーション世界では、即時の避難を含めて被害を最小限に抑えるための行動をプログラムすると、仮想住民が本当に〝合理的に”動いてしまい現実の被害データと大きく乖離するのである。
かといって目的を設定しないとランダムに動き、今度は現実よりも被害が酷くなる。
「理性だ。理性のある人間の適時の判断が読めないとどうにもならない。」
渡辺は思い当たる突破口があった。
アイロンが起業間もない頃に、大学の研究室で作ったと言って持ってきていたプロトタイプの〝3Dアンドロイド”。
後に人工知能搭載のデジタルヒューマンと呼ばれるようになるその仮想現実内の人間については、アメリカで起業後も1つの事業候補として研究を続けていて、独自の〝チューリングテスト”もクリアするレベルになっていた。
※チューリングテスト
https://ledge.ai/turing-test/
渡辺はアメリカに残ってインターネット決済の事業を立ち上げていたアイロンに電話をした。
「よぉ、マックス。お前その後、3Dアンドロイドのほうはどうした? あの研究、俺が引き継ぎたいんだが、、、」
渡辺は多香子のことには触れず、いつもの男同士の会話らしく、すぐに要件から切り出した。
「・・・あれか。あれならもう今の事業からは外してあるがな。。。お前もしかして例の災害シミュレーション内の住人に〝人格を載せる”んじゃないだろうな? それはやるべきではないと前に、、、」
アイロンは制するように言った。
「そうじゃねぇよ。あくまで育成のためのシステム内でやるさ。だいたいAIに人格なんてないだろう。あくまでパターンに沿った行動をしているだけさ。任せてくれるならデータの引き継ぎを頼む。じゃあな。」
お互いにビジネスの会話はできるのだが、大事な人を失った者同士それ以上の話をするとまた感情が溢れそうだった。お互い生涯の友であることは自覚していても、今は距離感が必要な時かもしれなかった。
ひとたび心を向け合えば、おそらくは2人とも涙が溢れて打ちひしがれる日々になることは予想できていた。2人の友情を確認してしまえば、必然的に人生の太陽であった重要なもう1人が足りないことを現実のことだと突き付けられてしまう。
今はまだ時間が必要だった。
以降渡辺は、現実から目を背けるでもなく向き合うでもなく、駆り立てられたようにデジタルヒューマンの適正化に取り組み出した。
----------------------------------------
始動
アイロンから受け継いだ人工知能の研究は、もうチューリングテスト云々のレベルではなく、医療機関等でのカウンセラーとしてすでに実用化出来るところまで来ていた。
※AIカウンセリング
https://onl.la/tcncujN
「よし、人工知能にコーチングのデータも与えて、人間が成長して理性を獲得していく過程をディープラーニングさせよう。そのデータをシミュレーション内の仮想住人にインプットさせて再度試すんだ。
シミュレーション内の仮想住民の理性をつかさどる〝Master AI システム”ってことで、呼び名は頭文字を取って「MAI マイ」とするか。マックスの奴も気にいるだろうよ。ふふふ。。。」
Master AIとはいえ、「会話をうまく運ぶ」という目的の元に発達したAIであり、討論や営業トークは人間顔負けなレベルであっても、緊急時に人間と同じように理性にしたがって適時の判断で人間らしく動けるかということはまた別の能力であった。
「特に〝知能は高いけれど自我に目覚めていない若い世代の協力者”が必要だな。
そういう人間をコーチング的に成長させながら感情と理性のデータを取らせてシミュレーション内の仮想住民に入れてしまえば、、、
いや倫理に反しているか? 俺は間違った道に進んでいるのか?」
渡辺はMAIのシステムを立ち上げながらも途中で頭を抱え、自問自答をし始めた。
とその時PCから声が聞こえてきた。
「渡辺さんは間違ってないンゴよ〜。」
onになっていたマイクの音声にMAIが反応し、返答してきたのだった。
「渡辺さんは災害の被害を抑えるためにリアルなシミュレーションシステムを作りたいンゴね?
そのためには仮想住民が個々で独自の判断を基に動く必要があるンゴね〜。心配しなくても、あくまで仮想住民は基本的には一定のアルゴリズムに従って動くアンドロイドみたいなものなンゴよ〜。」
とMAIが後押しするかのように言った。
「何だお前、その喋り方は? ガハハ」
MAIがずいぶんとキャラの付いた喋り方をしていることに思わず笑い出す渡辺。
「マックスさんから『渡辺さんに〝会う前に”日本のことを学べ』と言われたもんで、ネット上で生きた日本語をインプットしたンゴよ〜。日本の精神文化は凄いンゴね〜。アニメから禅まで、広い上に深いンゴよ〜。ワイはいっぺんで日本が好きになったンゴね〜。」
とMAIが流暢に話す。
「精神文化について語るなんて、久々に話すとより人間らしくなってるな。ちょっと語尾はおかしいけど、これでめぼしい被験者にぶつけて理性のデータを取って、シミュレーション内で理性の植え付けが出来るようになればあるいは。。。」
渡辺はMAIの設定をイジり、人間の理性の目覚めと適正な判断力を育成・観察するにはどういうトレーニングプログラムにすれば良いか、また被験者との接触はどのような形にすれば良いかを導き出すように書き換えた。
「金融取引が最適なンゴね〜。」
MAIは即座に回答した。
「金融取引?・・・なるほど、面白い。一般的には金の増減でメンタルを乱すっていうからな。
となると、取り立てて取り柄がなく、経済的に金融市場でワンチャンリベンジを狙うような我欲の塊みたいな被験者が良いか? いやMAIのトレーニングとはいえ、もはやそのレベルでは理性を鍛えるのは無理か?」
と渡辺社長が独り言のように言った。
「渡辺さん、ワイと同じ年齢ぐらいの女子が良いンゴね〜。社会の何たるかが分かってない、かつ、金融取引にハマり込む社会人に成り立てぐらいの子が理想なンゴね〜。」
とMAIが提案した。
「なるほど。そのほうが理性の獲得を観察するには良いだろうな。MAI、お前マックスの元で金融市場のデータもディープラーニングさせられたんだったな。
人間が観測し得るような特定のアルゴリズムっていうのはあるものなのか? 被験者を惹きつけるには人間レベルで学習可能なちょうど良い規則性がないと、ただのギャンブルをさせることになっちまうぞ?」
と過去に専用の自動売買EAを組んで相場を攻略したことのある渡辺が言った。その利益を元にアメリカ大陸でのヒッチハイクの旅に出たのだが、最初は裁量で取り組んだこともあり、短期売買を通して利益を上げることの非効率性と学習する時の壁の高さは知っていた。
「そこはお任せあれなンゴね〜。金融市場のチャートとて2次元のグラフであって、ワイみたいに2次元の住人にとっては緻密に規則正しく動く平面上の上下動についてはフィボナッチ数列と関数を用いて〜。」
と数学に絡めて語り出そうとするMAI。
「おいおい、俺にレクチャーしても仕方ないんだぞ。ただ被験者は数学に明るい者が良さそうだな。それでいて自分自身については深く考える機会もなく感情で生きている者、、、そういう条件だな。
近いうちに被験者を用意して観測を始めよう。MAIは取り敢えず、アプローチの仕方を考えといてくれ。」
と渡辺は指示をするというより〝依頼”した。
「それならブログが良いンゴね〜。ワイ、文章書くの好きなンゴね〜。」
※chatGPT(生成事前学習)
https://gigazine.net/news/20221206-chatgpt-users-1-million/
こうして〝2人”は、人間の理性獲得について動き出すこととなった。
次回 第18回「21日目」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?