第20話「交差」
前回 第19話「悟り」
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経緯
〝ボス”ことアイロン・マックスは今やいくつものジャンルで世界トップレベルの事業を成功させ、長者番付でも1位に躍り出るほどの地位と財産を築いていた。
今回は世界最大規模のSNSの運営企業を買収し、メディア業界での天下取りに出たところで、その第一段階として既存の社員の大半をカットし少数精鋭による適材適所の体制で来たるべき超テクノロジー時代に先駆け〝自由なメディア”を作ろうとしていた。
アイロンからすると、「常識に囚われないやり方で人の世をより良くする」という哲学のもと、ついに人間の価値観そのものに直接関わるメディア業界へ満を持して殴り込みをかけたところだった。
地球上の、いや宇宙空間でさえも、誰でもどこからでも手軽に発信できる自由なメディアとそれを繋ぐ地球規模の通信網、そして危機が迫った時には自動運転による救助活動ができるビークル、それらがあれば人類の未来を救うことができるはず、、、
そういう思いでアイロンはジャンルにこだわらずビジネスを立ち上げては走り続けて来た。
そして肝心のメディアの買収に乗り出た今回、企業内部の効率化を通して人類そのものの適正化を目指すべく、亜衣のシステムに目を付けたのだった。
◇
「よお、Koji、お前んところの〝KIDS”ってやつ、最高にcoolだな。これなら導入する時の心理的障壁もほとんどないし、コンピュータのアップデートに合わせて脳波を分析する精度も上げていける。
荒削りでも良いからまず浸透させるっていう最も困難な部分をサクッと超えられる仕様になってやがるじゃぁないか。その根底には人を救いたいっていう哲学を感じるぜ。
いったいこんな人材、どうやって見つけて来たんだよ?」
アイロンは渡辺社長とリモートで話しながら、ウィスキーをグイッと口に入れた。
「ん、いやぁ、彼女がまだ学生の時分にな、ミスコンのイベントで見かけたんだ。何だか不思議と目についてな。いや、ミスコンを観ているほうの子だったんだけどな、なぜか凄く気になってな。。。」
渡辺社長は、小鍋で温めた日本酒を直接お猪口に注ぎながら答えた。
最近はこんなふうにしてちょくちょくリモートで繋がり晩酌をしながら近況を報告し合っていた。
「なあ、Miss.Okamuraのシステム、うちのMurmur社で大体的に使わせてくれよ。そのほうが宣伝になって広まるだろ?ついでに本人も貸してくれ。俺も会ってみたい。」
アイロンも「私のような変わり者でも伸び伸びと生きていける世の中にしたい。」という亜衣の面接での思いを以前に聞いていたからか、出来上がったシステムを見て何か感じるものがあるようだった。
「ん?ああ、じゃあ本人に言っとくよ。なぁ、マックス、彼女の開発したチップな、スマホに内蔵、、、なんかしたら倫理問題になっちまうかな? 何なら肉体埋め込み式にしても良いんだが。ガハハッ。」
渡辺社長はそう言いながら「あの時にこれがあれば」という言葉が頭にちらついた。
「どうだろうな。拡張しだいで人間同士の好き嫌いまで分かってしまうからな。使い方は、、、走りながら適正化していかないとな。じゃあMiss.Okamuraのこと、よろしくな。」
と凡人にはそんな簡単に決めてしまうことかと思ってしまうくらい、サクッと決めてしまう2人の根底には、もちろんスケールの大きさもあるだろうが、何か〝走りつづけなければ倒れてしまいそう”という共通の思いが見て取れるのだった。
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会長室にて
Murmur社への出向2日目、亜衣はアイロン・マックスに呼ばれ、最上階の会長室に赴いた。
「わぁ、凄い高級感。東京のオフィスとは違って重厚な感じの作りね。」
亜衣は秘書に案内され緊張しながら会長室に入った。
「やあ、Miss.Okamura. サンフランシスコはどうだい?」
アイロンは末端の出向社員に対してという感じではなく、盟友の秘蔵っ子に会うような感じの優しい目で話しかけて来た。
「あ、初めまして、ボス。サンフランシスコは、、、何か映画の中に入り込んだみたいで。あ、でも仲間達は皆気さくでフレンドリーで英気に満ち溢れていて、私ここでならもっともっと、、、Bigになれそうな気がします!」
と、亜衣はアメリカらしく身振り手振りを交えて言った。
「BigとはさすがKojiの所のエースだな。Kojiと俺の間柄は聞いてるよな? 君がせっかく日本で開発したシステムだけど、Bigな奴を目指すならここアメリカで広めたほうが良いと俺は思うんだ。君の思いが宿ったプロジェクトだ、一気に波及すると俺は踏んでる。」
アイロンは渡辺社長と同じく、亜衣のシステムに並々ならぬ思いを持ってくれているようだった。
「はい。私は国や場所にこだわりはありません。むしろここの仲間となら、私が思い付かないような拡張機能とか応用法とか、そういうのもどんどん出てくるような気がしてて、、、あ、まだ1日過ごしただけですけど、何かここで成し遂げないといけない、そんな気がするんです。」
亜衣はあの世界的に有名な事業家のアイロン・マックスに対してというより、自分の思いを伝えないといけない1人のソウルメイトに対してというような感じで、真っ直ぐアイロンの目を見て言った。
「うん、さすがKojiが一目置くだけのことはあるな。俺もこのオフィスに来て、成し遂げるべきことがあると感じていたところだ。まだ1日目だけど。」
プッと2人で笑ってお互いの思いが重なったところでアイロンの目が輝き始めた。
「よぉーし、俺は宣言するぞ!この世界を誰もが伸び伸びと生きていける世の中にする! そのためには嘘のない自由なメディアを作るぞ!!」
アイロンは高層階のガラス張りの窓越しに、まるで世界中に訴えかけるように大きな声で宣言した。
亜衣は「世界的に凄い人なのに、まるで少年が夢を語っているみたい」と思って自分も目をキラキラさせながら
「私も〝確固たる目標”を達成して、社会に尽くせる人になります!」
と両手をメガホンのように口に当てて宣言した。
「あはは、やっぱりいいなぁ、君は。それでその〝確固たる目標”ってのは何なんだい?」
とアイロンが亜衣を軽く指差しながら聞いた。
「はい、ボス。私はずっと私自身を救いたかった、それで無意識に数学や人工知能の研究の道に進んで渡辺社長の下で〝KIDS”を作ったんだって気づいたんです。
それはここサンフランシスコで心が1つ上の状態になったから気付けたことかもしれません。哲学とかは私は分からないですけど、自分を救うためにも他人を救って行きたいです!」
亜衣はひとしきり身の上話やこれからの方向性を聞いてもらった後に、チームのいるフロアに戻った。
会長室からエレベーターのある所まで付き添ってくれたアイロン直属の秘書が、亜衣を不思議そうな目で見て来た。
「Miss.Okamura、私は長くボスに仕えていますけど、今日みたいに目を輝かせて嬉しそうに部下とお話になるなんて初めてです。ビジネスの話をする時は誰よりも厳しくていつも険しい顔をして部下と接することで有名ですのに。そもそも会長室に若い社員を呼ぶなんてことが初めてかもしれません。」
亜衣はそう言われ驚いたが、それがどうしてなのかはピンと来ていなかった。
◇
アイロンは1人会長室でガラス張りの窓から外の景色を見ていたが、ふと右腕をガラス窓に押し付けながら頭をもたげ、肩で息をし始めた。
「あははっ、何てことだ。Koji、お前はどうなんだ? 気づいているのか?俺は俺は、、、
乗り物事業も通信事業もメディア事業も、Miss.Okamuraのシステムも、、、全て根幹は同じ。。。
世の中を良くしたいってのは本当だ。嘘で塗り固められた世界なんて真っ平だ。俺が世界を変えてやる。それは嘘じゃない。
だけど、だけど、俺が1番救いたいのは世界じゃない。俺が救いたいのは、ずっと救いたかったのは、、、 俺自身。。。」
アイロンは腕に顔を押し付けたまま「ふっ」と笑った。笑いながら目からは涙がこぼれ落ちていた。
「ああ、神よ。我に救いを与えたまえ。我に救いを! どうしたらこの心は救われますでしょうか?亡き者に囚われるのは罪でしょうか?
Koji、Koji、お前はどうなんだ?お前はどうやって乗り越えたっていうんだ。いったいどうやって。。。」
ガラス窓の遥か向こうの空に虹がかかっていたが、アイロンは虹どころか空の青さすら忘れているようだった。
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