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第15話「友情」

前回 第14話「13日目」

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カフェにて


亜衣は、社長にアメリカ行きを告げられて午前中は仕事が手に付かないまま昼休みになり、社内カフェテリアのいつもの窓際に座っていた。

焼き立てピザを手に持ったまま、考えごとをするように1点を見つめて止まっている亜衣。

そこへ同期の寛子がやってきた。

「ひと切れも〜らい♪ アメリカ行きは嬉しいけど、ここのランチを味わえなくなるのは残念なのよね〜。」

とピザをモグモグしながら寛子が言った。

「ねえ、寛子。アメリカって実際日本人に対してどうなのかな? それも20代前半の女子に対して対等に話してくれるってことなんかあるのかな?」

亜衣は寛子に相談するというより、頭の中で思っていることを言葉にしたような感じで言った。

寛子はモグモグしていた口が止まり、亜衣のほうを真剣な顔で見ながら言った。

「あんた、社長にMurmur社行きを告げられたんでしょ?」

と寛子が出し抜けに言った。

「え!? なんで知ってるの??」

亜衣はビックリして寛子のほうを見た。

「うん、実はね。昨日社長から呼び出されて、『君の同期の岡村君は最近どうだ?プロジェクトが動き出したってことは、殻を破ったか?』って聞かれたの。。。」

寛子が社長とやり取りしていたことについて唐突に話し始めた。

「え、社長が? 寛子、あんた社長と親しかったの??」

亜衣が意外そうに聞いた。

「親しいってわけじゃないんだけど、、、ほらあんたも覚えてるでしょ? 大学の時に私がミスキャンパスに選ばれてさ、客席で見ていたあんたのほうが先走って審査中から大泣きしちゃっててさ、

それで私ステージからそれが目に入っておかしくて我慢出来ずにケラケラ笑ってたら、それが逆に審査員にウケて優勝しちゃって。」

亜衣もあの時のことは鮮明に覚えている。寛子から「変わり映えのしない毎日を変えたい。輝きたい。」なんて相談されて、気楽な気持ちでミスコンにでも出るように提案したら、寛子がその気になってダイエットし始めてすごい努力して。

英会話もミスコン開催までの半年程度でハリウッド映画を観てマスターしていた。他にも老人ホームのボランティアに参加したりフルマラソンを完走したり。老人ホームのお年寄りとはいまだに個人的に付き合いが続いているし、マラソンのコーチとも一緒に走ったりするらしく、寛子らしく根の張った人付き合いをしていた。

そして元から美形ではあるものの、身近で見ていて本当に内面から変わっていく友人を見て刺激と感動を受け、最終選考にまで残ってステージ上でキラキラしている寛子を見ながら亜衣は早々に号泣してしまったのだった。

「あの後ね、けっこうスカウト系の人にも声をかけられたんだけど、その中にうちの社長もいてね。

他の人達は見た目を活かした道を提案してくれてそれはそれで嬉しかったんだけどさ、

社長だけが『君、根性ありそうだからうちの会社を受けるんだったら、優遇してやっても良いよ。』って上から目線で言ってきたの。」

(社長らしい。てか、そんな場にまでリクルート活動に自ら出張ってたのが凄い。。。)と思いながら聞く亜衣。

「でも〝根性ありそう”って見てもらえたのが嬉しかったのよね。自己紹介で『アメリカ大陸で発掘しまくりたい。』っていう野望をアピールしたのが良かったのかも。

それで貰っていた名刺を見て直接会社に電話して。」

寛子はあの時に繋がった社長との縁から結果的にアメリカ行きが叶うことになったことに運命を感じながら話した。

「えっ、直接連絡したの?? 名刺を貰っていたとはいえやっぱりあんたの行動力って凄いわね。。。」

亜衣は改めて感心した。

「うん、だって『アメリカ大陸をヒッチハイクした話とか、最近は飲みの場もなくて若い奴にドヤれないから聞いてくれる気があるなら電話しろ』って言うんだもの。」

社長らしい口説き方だ。

「それでね、正規のルートで応募する前に会社を見学しに来いって言われて、何かハンギングチェアーに無理矢理座らされて。」

しっかりリクルート活動に使ってるじゃん。

「まあ椅子はどうでも良いんだけど、外資系でもないのにお洒落で居心地の良いオフィスだなって。『交換留職の制度も近く作りたいから、君が人柱になってアメリカでもどこでも行くつもりでいてくれよ。』とも言われて。」

もともと社長のアイデアだったのか。

「それでさ、『友達もうちの会社を受けるように説得しろ。』って言うのよ。ミスコンの時に客席で号泣してたあんたのことも気になってて、それで連れて来いって。」

え、社長、あの時から私の存在を知ってたのか。。。

「でも、なんで私だったの? その時に私の大学の成績を教えてたの?」

亜衣は首席で卒業するほど成績優秀だった。

「いや、教えてないわよ。社長が言うにはね、、、 私は亜衣の〝スペシャルメンター”だって。私が輝いてれば亜衣はそれを受けてもっと輝く関係性だろうって。。。」

〝スペシャルメンター”
社長の造語であるのだろうが、亜衣はその言葉を聞いて思い返し、ピンと来るものがあった。

※会うと元気になる人
https://nandemoii.com/energetic/#i-2

大学入学後すぐに参加したテニスサークルの新歓コンパで、かたや男たちが群がって囲まれていた人気者の寛子に対して、かたや地味な格好で隅っこの席にただ座っていた亜衣。

歓迎会も中頃になると、寛子のほうから亜衣の隣に座ってきて「ふ〜、なんか疲れちゃった。ね、ちょっと外の空気を吸いに抜け出さない?」と誘ってくれたのだった。

その時は確か「ジュラシックスペース」に出てくるクローン技術の話で盛り上がって連絡先を交換し、以降も行動を共にするようになった。

寛子がミスコンを取った時には自分ごとのように嬉しく、その後も亜衣のほうに恋人ができたり論文が評価されたりと人生が上向きになっていたことを思い出した。

それで就活中に寛子から「良い条件の会社があって『友達を紹介しろ』って言われてるんだけど、あんた一緒に受けてみない?」と言われて今の会社を受けたのだが、

それは〝友達の1人を紹介”という意味ではなくて〝友達の亜衣を紹介”という意味であったのだった。

「社長にもね、そういう相手がいたみたい。馬が合うっていうよりその相手といると不思議と心が前向きになって、『こいつと一緒なら何だって達成できる』っていう友達がいたんだって。今はアメリカにいるらしいけど。」

と寛子が続けた。

(きっとマックスさんのことだ。。。)と亜衣は思った。

「私が発掘調査に参加する件もね、社長には少し前に相談してたの。『夢を叶えたいんですが、どう思いますか?』って。

そしたら社長、『えっ、叶えたらいいじゃん。普通に。』って。何だか軽いわよね。でもそう言ってくれたおかげで、行けばどうにでもなるって自然と思えたの。

それで実はね、亜衣、あんたのことブランチに誘って相談した時にはもうほとんど行くって決めてたのよ。

社長が『俺じゃなくて岡村君に聞かせてやれ。』って言うから。。。」

と寛子が微笑みながら言った。

「そ、そうだったの? あの日私は、、、」

亜衣はあの日ちょっとお茶するつもりが、励ますでもなく鼓舞するでもなく、もう自分がアメリカに行くテンションで話し込んだことを思い出した。

他の人が相手だったら「アメリカなんて危ないからやめとけば?」と言ったかも知れない。そうでなくても、具体的な話になって時間を忘れて話し込むなどはしなかっただろう。

「あんたあの日からとても前向きな顔になったわよ。自分では気づいてないかもだけど。」

寛子がそう言ったことで、大きな大きな勘違いに気が付いた。あの日の夜にMikyさんと初めて話し、オープンマインドの重要性を意識できたと思っていた。それによって流れが変わったのだと。

でも違った。たしかにMikyさんの影響力は絶大ではあるけれど、その前提としてなぜMikyさんと緊張しながらも話そうと思えたか、なぜ上司である課長への態度を変えられたのか、なぜ保育園でずっと引きずってきた過去のトラウマの清算ができたのか、、、

それは夢に向かって一歩を踏み出そうとする親友寛子に接して、無意識のうちに自分が一歩を踏み出すマインドになっていたからだった。

〝スペシャルメンター”である友達が、同じ年齢の1番身近な友達が、単身アメリカに乗り込もうとしている。この子だったらあのミスコンの時みたいに着実に1つずつ壁を乗り越えて実現してしまうに違いない。

その現実に際して、亜衣は無意識にメンタルブロックを外していたのだった。

「あ、あ、Mikyさんじゃなかった、、、Mikyさんじゃなくて、、、ひ、寛子。。。」

亜衣は保育園のあの一件以来、上司に対して両親に対して地域に対して感謝の心を持とうとは思っていたが、亜衣の人生をすぐ近くで支えてくれていた最も大きくて大事な存在に気づき、感極まって涙が流れ落ちた。

「ひ、寛子ぉ〜、わたし、わたし。。。」

亜衣は寛子に抱きついた。周りの社員が何だろうという感じで見ている。

「やだ、ちょっと何泣いてんのよ、こんなところで。もうっ。」

と言いながら背中をさすってくれる寛子。「持つべきものは友達ね。」という言葉を言わないといけないのは亜衣のほうだった。

「ふふふ。あんたねぇ、あのMurmur社でそれもアイロン・マックスの下で仕事ができるなんて、こんなチャンス2度とないわよ! あんたが行かないなら私が代わりに行ってやってもいいんだからね!」

と寛子が鼓舞するように言った。

「う、うん、私行くわ! 行くからには向こうでポジション築いてヘッドハントされて転職決めちゃうんだから!」

と亜衣はすっかり前向きになって言った。

「そうと決めたら社長に言って来なさいよ。善は急げよ!」

と寛子が言った。

「うん、ありがとね!出発までにまたお茶しようね!」

と言いながらカフェを出る亜衣であった。


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オープンスペースにて


オープンスペースに行くと社長が〝吊り椅子”に座ってタブレットPCをイジっていた。社長室は設けておらず、社長はこのスペースにいるか会議室を転々としているかだった。

「社長! 岡村です! 今よろしいでしょうか?」

社長がいったん亜衣のほうをチラリと見てからすぐ、「おっ」っという感じで二度見して来た。

「なんか吹っ切れた顔してるな。午前中にしゃっちょこばってた奴がよくもまあここまで変わるもんだ。ガハハ。」

と社長は笑った。

「え、あ、はい! 私岡村はMurmur社に乗り込んで来ます!」

と言って亜衣は右手で敬礼をした。

「ふふふ、岡村君、良いライバルを持ったな。すっかりマインドがオープンになってるじゃないか。人生はそうでなくっちゃな。ガハハ。」

と社長も〝マインド”に言及した。

「はい、あ、でも実はプライベートでも〝スペシャルメンター”がいまして、その方のおかげもありまして。」

亜衣はMiky先生のこと、課長とのこと、保育園でのこと、鎌倉での禅体験のこと等、最近起きた出来事を社長に話した。

社長は「若い奴は良いねぇ。」という感じで嬉しそうに聞いてくれている。

「そうか、そのMikyちゃんっていうのは若いのに凄い人だなぁ。どこの国の人なんだろうな。そんな凄い人ならどこかの企業のブレーンか、もしかしたら国の重要人物なんじゃねえか? あ、映画の見過ぎか、、、ガハハ。」

と社長は笑ったが、亜衣も同じような印象をMikyさんに持っていたこともあり、話を受けるように続けた。

「なんか、施設育ちでやたら何にでも詳しい感じなんですよ。特にパソコンが好きって言われてましたけど。」

と亜衣が言った。

「・・・施設? 少し前に優秀な遺伝子を掛け合わせた〝試験管ベイビー”を作ってるっていう噂があったけど、いくらアメリカでも優秀な子どもを施設に隔離して英才教育を施すってことはないだろうから都市伝説だわな。まあ偶然親から離れて保護されたのかもな。」

と冷静に社長が答えた。

「そうですよね。あ、3歳の頃から金融商品のチャートの法則を研究していて、日本の禅もやっているみたいで。」

と亜衣が言ったところで、社長が目を見開いたまま止まった。

「まさかとは思うが、その、、、人、日本のネットスラングを多用してないだろうな。。。?」

と社長が伺うように言った。

「えっ? 社長Mikyさんのことご存知なんですか?? たしかに某掲示板用語を使われてます。私も世間では死語だって知らずに真似しちゃったりして。

社長、まさかお知り合いなんですか? 凄い人だからやっぱり有名人なんだ! ビジネス界でも若き天才起業家として注目されている的な?台湾のオードリー・タンみたいに?」

と亜衣はテンションが上がって早口になった。

※オードリー・タン
https://data.wingarc.com/audrey-tang-25260


「ん、いや、ちょっと小耳に挟んだ程度でな、、、たぶん俺の知っている人とは違うと思う。。。

それよりもMurmur社の件、頼んだぞ。管理自体はこっちのシステム課が遠隔でやるだろうけどな、君はマックスの弱みでも握って来てくれよ。ガハハ。」

と社長が言った。

「もうそれじゃあスパイじゃないですか!」

と亜衣は笑って返した。

亜衣は、寛子と社長と話すことで迷いも消え、いざアメリカに向けて準備を整えるのであった。

次回 第16話「変革」


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