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第14話「13日目」

前回 第13話「8日目」


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社長と


この日は平日。亜衣がいつものように出勤してPCを立ち上げると、いくつか届いているメッセージの中で件名だけのものがあった。

「件名:手の空いている時にオープンスペースに来てちょんまげ。」

差出人は渡辺浩二、、、

「え、社長からだ。。。何だろう?」

亜衣のことを〝志し採用”で評価してくれた人で、同期の伊丹にはトルコの災害時に現地で貢献して来るように言ってくれた人だった。

個別に話すのは採用面接以来だったが、亜衣は「社長がこんな気軽に1社員を呼び出すものかしら? ちょんまげって何? 何か深い意味が、、、?」と思いながらこれから行く旨を返信してから、オープンスペースへと向かった。

オープンスペースは社内カフェテリアの横にあり社員なら誰でも利用できる場所で、人工芝生の床やブランコ型の椅子などお洒落な雰囲気だったが、まだ始業後すぐということで利用者はまばらだった。

亜衣がオープンスペースに入ると、社長がクッション型の椅子に座っていた。ほとんど地べたにあぐら状態でタブレットPCで作業をしていた。

見た目は俳優の遠藤憲市を少しふっくらさせたようなイメージで、イケメンといえばイケメンだが個性的といえば個性的で、社長に似つかわしい独特の雰囲気を醸し出していた。

亜衣は緊張しながら声をかけた。

「しゃ、社長、開発課の岡村です。」

社長は「ようっ」という感じで手を上げて、

「そのハンギングチェアーっていうの?最初は皆座ってはみるんだけど、すぐ飽きちゃうみたいなんだよなぁ。岡村くん、座ってみてよ。」

と言った。

「あ、はい。」

亜衣は促されて座った。なるほど、家具屋に見本として置いてあれば座りたくなるものの、座ったまま作業をするには収まりが悪い。あ、レオナルド用ならちょうど良いかも。。。と思いつつ、社長の話を待つ素振りをした。

「まあ、収まり悪いよな。 でも、いいんだよ
。インテリアなんだから、応募者をそのオシャレな〝吊り”椅子で〝釣る〝んだよ。リクルート用のアイテムさ。ガハハハ。」

と社長は豪快に笑った。

ちゃんと話をするのは初めてだったが、こんな陽気な人だったのかと緊張がほぐれる亜衣。

「あのー、社長。私に用っていうのはプロジェクトのことでしょうか?」

亜衣が吊り椅子に座ったまま聞いた。

「おうっ、そうそう。君のプロジェクト、秀逸だなぁ。秀逸すぎてな、アメリカのある企業から導入させてくれっていう打診が来てるんだ。」

唐突に社長が言った。

「えっ!アメリカ!? まだ日本でも無料モニターが決まったばかりなのにですか??」

亜衣がびっくりして聞いた。

「うん、俺の昔馴染みっていうかビジネス仲間っていうか、そいつの会社でな、社員向けに使わせてくれないかって言われててな。

俺の経歴的なことは知ってるか?」

社長の経歴。会社のHPや人事作成のパンフレットで見たことがあるので、それらに載っていることは亜衣も知っていた。

渡辺浩二 51歳 九州の某トップ私立高校中退。以後、アメリカ大陸をヒッチハイクで旅しながら英語を覚える。24歳の時にアメリカ人の友人とIT系の会社をシリコンバレーで起業。

会社の売却とともに帰国し、現在のAメディア株式会社を立ち上げ、今に至る。

「あ、だいたいのことは知っていますが、今回の昔馴染みっていうのはアメリカでやってらっしゃった時の、、、?」

亜衣は、落ち着いて考えると自分には逆立ちしたって出来そうもない凄い経歴の社長に改めて敬意を感じた。高校中退して単身渡米するなんて振り切れていて、もはやその凄さにピンと来ない。それもあの時代にITでアメリカで起業するなんてスケールが違う。

「ああ、俺がメキシコを旅していた時にな、同じく旅をしている奴がいて、意気投合したんだ。

お互いIT系で起業するっていう目的の元、度胸付けにヒッチハイクをしていてな。年も同じで。

当時日本ではインターネットなんて胡散臭いっていう考えが主流でな、それで日本を飛び出して本場のアメリカでやってやろうって。まあ若かったし無鉄砲だったけどな。

あいつも『10代でわざわざ国を離れてまでアメリカに来て、英語も下手なくせにヒッチハイクなんかして、自分よりめちゃくちゃな奴がいる』って一目置いてくれてな。

まあ『メキシコなんか危ないからヒッチハイクなんか止めろ』って家族には止められてたみたいで。俺はそんな詳しい治安のこととか知らずに回ってたのが良かったな。今思えば良く無事だったなと。ガハハハ。」

と社長は懐かしむように笑った。

「凄いです。尊敬します。そのご友人も今はアメリカでIT系の会社をされてるんですね?」

と亜衣は聞いた。

(どれぐらいの規模の会社なんだろう。若い頃に起業して売却できるまで大きくしてる社長のビジネス仲間ってことはやっぱりけっこう凄い人よね。。。)

と思いながら社長を伺う亜衣。

「ん、ああ、岡村くん、〝Murmur chat”が買収されたのは知ってるよな? 買収後にすぐスタッフの半分が解雇されたっていう。」

Murmur chat とは全世界で最も利用者の多い短文の投稿プラットフォームで、先日電撃的な買収と解雇劇があり、いまだSNS上ではその話題で持ちきりだ。

「はい、私もアカウントを持ってて使ってますが、、、?」

亜衣は、なぜ社長が急にその話をするのか分からない。その様子を見ながら社長が言った。

「君のシステムを使わせて欲しいって言っているのは、そのMurmur社だよ。俺の昔馴染みっていうのは買収した新社長のアイロン・マックスで。」

と社長は亜衣の反応を伺うように言った。

「あー、、、アイロン・マックス、世界一のお金持ちでユニバースXとかステラモータースの創業者の、、、って えっ‼️」

亜衣はハンギングチェアーから飛び出した。

「社長ってアイロン・マックスと知り合いなんですか??」

目の前にいるうちの社長があの世界を騒がせているアイロン・マックスと知り合い?マジで??と顔に書いてある状態で社長をマジマジと見た。

「お前なぁ、これでも俺は〝世界を変える10人”とかにも選ばれてんだぞ? 国の政策に助言する識者会議にだって呼ばれてるし、一応個人資産だって国内ではトップ50には入ってる。マックスの奴とは0が2つも差がついちまったが。まあそれはどうでも良いけど。」

と社長があんまり凄い人には見えない感じで答えた。

「え、ええ、そういうことは存じてますけど、あのアイロン・マックスとお知り合い、、、というか〝あいつ”って呼ぶ仲でいらっしゃるんですね。」

亜衣はチェアーに座り直したが、話を聞きたくて前のめりになった。

「あいつとはサンフランシスコでな、共同でソフトウェアの会社を立ち上げたんだ。いろいろあって数年で売却するまで一緒にやって、その後も連絡を取りつつお互い意識しながらやってきたつもりさ。大晦日とかはいまだに一緒に過ごしたりするんだぜ。」

と言いながら窓の外を見遣り、昔を懐古する社長。

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回想


90年代のサンフランシスコ、まだまだ世間ではインターネットという概念もない中、先見の明と才能を持った天才達が野望を胸に集まって来ていた。「シリコンバレー」と呼ばれるIT企業の聖地であり、若き日の渡辺青年もアイロンと共にここで起業した。

若い頃のアイロンは才能はあれど、周囲の人と協調することを知らず、起業に必要な0から物事を進めることを苦手としていた。

そこを考えが柔軟な渡辺青年が、自宅のガレージを遊ばせている老夫婦に〝取り入り”、庭の手入れや家の修繕をするからという交換条件でガレージでの起業を取り付けたりした。

事業を進め出してからの取引先への飛び込み営業等も渡辺社長が担った。後から考えると、異国の地で自分のほうが外国人として扱われる中、拙い英語で飛び込むことにはもう感覚が麻痺していて、恥ずかしさも怖さもなかったのが良かったんだろうと思う。ヒッチハイクの旅で度胸が付いていたのも大きかった。

ただし男2人、几帳面に事務をこなすという点ではどちらもセンスに欠けていて、ここについてはこれまた渡辺青年が街のカフェで仲良くなった日本から留学中であった多香子に手伝ってくれるように頼み込み、事務方として加わってもらっていた。

多香子は今でいうと女優の北川京子を思わせるような整った顔立ちに、笑うとチャーミングなオーラを発する女性で華奢だけど芯の通った関西人のノリで、会う男性達をその真っ直ぐな魅力ですぐに虜にしていた。

2人が業務に行き詰まっている時には、

「そんな辛気臭い顔しとうからあかんのんちゃう?ほら、飲みに行くで! もちろんあんたらの奢りで!」※という感じの英語で

明るく連れ出してくれるような人だった。
そんな多香子に2人も例に漏れず、すぐに恋をした。

若き日のアイロンは

「あ〜、多香子。なんていうかそのぅ、ダンスは好きかい? 日本人女性はあんまりしないかな? いや、ダンスじゃなきゃダメってことはないんだ。たまたま近くのバーでダンパがあるみたいだからさ。

僕的にはドライブでも全然良くて、、、ドライブはどう? あ、でも車持ってないから借りなきゃ。。。」

という感じで、女子の〝男らしさアンテナ”は1ミリも感応しない。

渡辺青年は渡辺青年で、

「多香子、俺どう?俺と付き合ったら楽しいよ? 俺のことタイプだろ?そうだろ?」

と、癖の強い〝オレが感”で女子は胸焼けするレベル。

というわけでそこに三角関係はなく、争う男2人の勝手な一騎打ちが2年ほど続いたのだが、

事業も波に乗って従業員も増え、これから全米制覇に向かって一気に行くぞという時に事は起こった。

多香子の生まれ故郷である神戸で大地震が起きたのである。高速道路やビルが倒壊するような甚大な被害が出て、テレビのニュースで見る街は地獄絵図だった。

多香子はオフィスにあったテレビで一報を知り、報道ヘリからの悲惨な景色を呆然と眺めていたが、しばらくした後に膝から崩れ落ちた。

元々アメリカの大学へは地震工学を学ぶために留学していた多香子は地震のプロでもあり、一目で被害者数や復興までの困難な道筋を理解してしまった。それも幼い頃から自分を育んでくれた地元の街を見て、、である。

アイロンと渡辺青年が多香子を支えながら「大丈夫か?」と聞くも、家族や友達の名前を呼びながら取り乱している。その後は連絡のつく者つかない者がいたようだが、当然仕事にはならなかった。

多香子は秘書課の責任者となっていたが、特別に休暇をもらい帰国してしばらくは復興に向けて活動した。その後はまたアメリカへ戻って会社へ復帰し、「辛気臭い顔をしていても仕方ない」と本来の彼女らしさを取り戻し、会社を大きくするために初期メンバーとして尽力していた。

が、半年後、今度は同じカリフォルニア州のロサンゼルス近郊で大地震が起きた。特に神戸と同じ海沿いの街であるサンタモニカで被害が大きく、高速道路が橋桁ごと倒れるという神戸で見たあの地獄絵図がまたもやニュースで流れていた。

多香子は居ても立っても居られず、会社を休んでボランティア活動に行くと言い出した。

アイロンと渡辺青年は、「危ないから止めろ。ロス出身の他の社員だって帰りたいけど交通手段もないし我慢している。それに今君に抜けられては会社としても困る。」と必死に止めたが、

「地震工学の知識もある自分ならその面からも役に立てることがあるはず。ヒッチハイクをしてでも行く。」と言って聞かない。

おそらくは救えなかった神戸の家族や友人などへの禊の気持ち、生き残ってしまったことへの贖罪の気持ち、、、そういった思いが彼女を突き動かしていたに違いなかった。

結局地震当日にサンフランシスコを発った多香子は、当時電波状況のあまり良くなかった社用の大きな携帯電話を持ち、被災地入りした、、、

と思われるところで消息を絶った。

建物の倒壊に巻き込まれたか、火災に巻き込まれたか、あるいは人災に、、、

アイロンと渡辺青年はあらゆる手を尽くして多香子を探したが、現地入りして以降の行動が掴めず、行方不明者として現地警察へ届け出た。

結局1ヶ月しても見つからず、ついにアイロンが「自分が探しに行く」と言い出した。

「落ち着けよ!今行って何になるんだ?お前は社長なんだぞ?会社はどうするんだよ?」と止めても聞かない。

「そんなこと知るか!お前は平気なのか!多香子が俺達の多香子が、俺の俺の、、、!」

渡辺青年の胸ぐらを掴んで泣くとも怒るとも言えない形相で見てくるアイロン。

「お前そこまで、、、」

アイロンは復興支援ということで被災地へ飛んだが、結局多香子は見つからず、1ヶ月の後に会社へ復帰しいったんは社長業務に戻るもそのまま塞ぎ込んでしまった。

アイロンの才能と多香子への恋心のおかげでここまでやって来られた会社を、もはや続けていく自信は渡辺青年にもなかった。

幸いにも数億ドルで買い取りたいという有名企業があり、2人は代表を退いた。渡辺青年は日本へ戻り売却で得た資金を元に新たに起業した。

日本での事業内容は、災害地でも遠隔で自由に救助活動ができるロボットの開発だった。また、CGを使って「もしこの街でこの規模の地震が起きたら」というのを人工知能で緻密に計算し、あたかもリアルタイムで起きているかのような映像を作ることができ、細かい被災状況までシミュレーションできるシステムを構築した。

そして起業して20年目に当たる今年、1年目の社員が出してきた企画に、ある強い思いを感じることになる。

〝園児管理システムKIDS”

自分がその志しを買って採用した奴のアイデアだった。園児を管理するなんて小さな用途ではなく、これがあれば一般のどこの学校・企業でも健康状態のチェックや適切な配置ができるようになる。

そして仮に被災地にそのチップをつけて行った奴がいるとしたら、数メートルの誤差の範囲で居場所が分かり、心拍数等も遠隔で把握することができる。それもソーラーパネル型だからスマホのように電池切れの心配もない。

「あの時にこれがあれば。これがあれば!これがあれば!!! これが、、、、」

渡辺社長は「この気持ちはマックスとて同じか、もっと強いかもしれない。」と思いながら唇を噛んだ。

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辞令


「社長、社長! 大丈夫ですか??」

急に苦しそうな顔になって押し黙った社長に亜衣が思わず声をかけた。

「ん、あ、ああ、すまん。。。」

社長は顔を上げて我に返った。

「それでな、君のシステムをすぐに導入したいというのが、Murmur社の残った社員向けのことでな。まずは社員達の当面のストレスや不安のケアをしたいというのと、能力や興味に合った適材適所の配置が必要不可欠ということで、それにすぐに使いたいらしい。まあ特許は申請しつつになるがな。」

社長が話を戻した。

「そうなんですね。そういうことなら嬉しいです。私のプロジェクトがもう会社を超えて社会のものになっていく感じがします。。。」

と亜衣は喜んだ。

「でな、君、来月からMurmur社に行って開発者として向こうの管理チームの指揮を取ってくれ。」

と社長は当然というテンションで言った。

「え!?指揮を取る?私がですか??」

亜衣が驚いた。

「ああ、チームって言っても数人だと思うが、開発した身としては変にいじられたり盗まれたりしたら嫌だろ?」

何をびっくりしてるんだという感じで社長が話を続ける。

「まあ期間は3ヶ月くらいか。社費留学ってことにしとくから向こうの技術も学んでこい。」

と社長が言った。

「留学?向こう??  えっ、行くのってMurmur社の日本法人じゃなくて、、、もしかして、、、アメリカの本社ですか??」

亜衣は今日一でびっくりした。

「なんでわざわざ日本支社の話をマックスがしてくるんだよ。本社に決まってんだろう?

行くまでにパスポートは作っとけよ。費用とか宿泊のことは全部人事に相談しろ。俺は細かいことは分からないからな。

あ、君が向こうで気に入られたら交換留職の提携先としても決まるからな。Murmur社と繋がったら、リクルート効果としては抜群だぞ。ガハハ。

まあ断るなら早めに言ってくれ。よろしく頼む。じゃあな。」

そう言って軽いノリで去っていく社長。

「これは何? 現実?」

亜衣は頬をつねった。


次回 第15話「友情」

※このストーリーに出てくる団体・人物・出来事は実在のものとは関係ありません。


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