「ビジネス」の罠 ~前編~

私はとあるファミレスで男二人に囲まれている。

一人は中学の同級生でもう一人は初対面で、聞くところによると隣の中学の同い年らしい。

なぜこのような状況になっているのか。

それは昨日に遡る。

ふだん渡辺以外からあまり連絡のこない私の携帯が鳴った。

マナーモードにしているので鳴ったというよりは震えた。

しかも、長い振動である。
メールではなく着信だった。

ディスプレイに目をやると見知らぬ番号。

いつもなら見知らぬ番号から着信があると無視を決め込む私だが、この日に限って出てしまった。

今となればこの選択が私の人生を変えた。

電話に出ると男性の声で

「もしもし?誰かわかるかな。」

最初はわからなかったが、
ふと気づいて問う。

「もしかして山本?」

この電話の男性は中学の同級生である山本(仮名)であった。

山本とは中学時代によく二人で遊んだりしていたが高校、大学へと進むにつれて連絡すらとらなくなっていた。

そんな山本がいきなりどうしたんだろう
それより電話番号教えたっけな

と二つの疑問が頭をめぐったが
仲の良かった友人であったため
怪しまずに通話することができた。

「久しぶりにさ飯でもいかね?近況報告もかねてさ。」

あの旅行の件以来、私は塞ぎ込みがちだったのでちょうどいい機会だと思い快諾したのだった。

「明日また連絡するから。」

と山本はいい電話を切った。

電話の後ろでなにやら他の男性と話していたのが切る寸前に聞こえた。

そして今である。

私は二人の男性に囲まれている。

少し省きすぎた。
もう少し回想しよう。

食事の当日、山本から電話がかかってきた。

「今さ、○○町のファミレスにいるからきてくれない?」

なんだこいつはと私は正直思った。

普通、何時にどこどこで待ち合わせとか集合時間の何時間か前には連絡するだろう。

なのに今はもう20時をまわっている。

山本と約束をしていた私は1日連絡がくるのを待ちなにもしなかった。

もう中止だと思っていたところであった。

しかし私は怒ることなく指定されたファミレスに向かった。

ファミレスにつくともうすでに山本は席についていた。

一人の男性と共に。

誰だ。

そう思ったが口にすることなく少し頭を下げた。

若く年齢も近いであろう男性はスーツを着ていた。

席につくなり山本は私にこういった。

「久しぶり!今日は二人じゃなくて同い年で隣の中学の藤川(仮名)も一緒なんだ。いきなりでごめん!」

藤川と言うらしい男性は私に気さくに話しかけてきた。

「よろしく!今、山本とかなり仲良くしてて飯もついてきたんだ。ごめんね!」

私は寛容なのだろうか。

いきなり見ず知らずの男性と食事をすることになってもあまり怒りの感情は沸いてこなかった。

とりあえず三人で注文をし、中学の話などをして食事がくるのを待った。

食事がきてからも藤川は私と打ち解けようと頑張って話しかけてきた。

食事がおわりコーヒーを飲みながらタバコを吸っていると山本が私にこういった。

「実はさ俺と藤川でビジネスをしてるんだ。」

ビジネス?山本が?

高校を卒業したあとやりたいこともないからとりあえずで適当に専門学校へ進学した山本が?

私は信じられなかった。

「そうそう。それで俺と山本と一緒にやってくれる仲間を探してさ。正直言うとここに来たのは誘うためだったんだ。」

と藤川が言った。

いきなりそんなことを言われて

はい。私もやります。
一緒に頑張りましょう。

となるはずもなく、私は断った。

すると藤川は

「話だけでも聞いてよ。絶対やりたくなるからさ。」

としつこかった。

ふと山本に目をやるとこの時を待ってましたと言わんばかりにニコニコしていた。

私はわかっていた。

私たちの年齢でビジネスなどとぬかすような人間がいきなりビジネスの勧誘をしてくるのはあれしかないと。

一応話だけ聞いて、断るかと思った私は

「一応聞くだけ聞くよ。」

と返事をした。

すると藤川は紙とペンを取り出して私にこういった。

「権利収入ってさ知ってる?」

そらきた、やっぱり。
と思った。

「マルチならやらないよ。」

その当時、私たちの地域の同年代の間でマルチ商法が広まっていた。

噂によるとどこかの地区の男性の母親が息子であるその男性も入会させ、そこから私たちと同年代の人にも広がっていったという。

マルチ商法は危険なものであるというイメージが強いとは思うが、やはり人間はおいしい話に弱いのであろうか。

「するどいね。さすが○○大学に通ってるだけあるね。」

などと藤川はぬかしてきた。

「けどさ、実は俺たちそういうのじゃないんだ。」

今、自分たちがマルチをしていると肯定したも同然の発言をした藤川がさらにこう言った。

「俺たちは権利収入をメインとした超副業サークルに所属しているんだ。そこのサークルでは単発の副業や長期の副業、まぁ察しのとおりマルチの案件も扱ってるんだ。」

「で、そこのサークルの中で様々な案件がまわってくるんだけど自分たちで取捨選択していいことになっている。」

「そこで俺たちはそのサークルに属しながら有益な情報だけを抜き取り、稼ぐのは俺と山本と今から勧誘する少人数で構成される別のグループでやっていけたらと思ってるんだ。」

話をまとめると藤川と山本が所属している超副業サークルとやらを私たちが利用しおいしい案件だけ選択し稼ごうという話。

私は思いもよらない展開にただただ驚いていた。

あきらかにマルチの勧誘だと思っていた私は別の方向に向いた矢印に少しワクワクしはじめていた。

そこで私は

「おもしろそうだけどさ、実際に私たちがそんなことをして本当に稼ぐことができるの?」

とたずねた。

すると藤川はiPadを取り出して私に見せてきた。

そこには様々な画像やグラフが貼ってあるページが開かれていて詳しい説明も載っていた。

「これはさ単発の副業案件で一回きりだけど4万円稼ぐことができる。もちろん俺と山本はもうやって稼いだよ。さらにこんな案件は200以上あるよ。」

「しかも手続きは簡単で誰でもできる。でもこんな情報はただ日々を過ごしている中で簡単には手に入らない。俺たちがサークルに属しているからできることなんだ。」

と全然話に入ってこなかった山本が話に入ってきた。

「なぜ今日誘ったかというと、頭がよくてこういう話に柔軟なまこ様だからこそなんだ。」

私はこの二人の中で高い評価を得ているらしい。

しかし、私は現実にこの話を裏付けるデータを見せられても安心して参加するという結論はだせなかった。

しかし、あきらかにただのマルチ勧誘ではないビジネスの話に私は少しやってみたい気持ちもあった。

返事にとまどっていると、藤川はこう提案した。

「ここはさ人も多いし場所変えようか。俺の家おいでよ。」

私はその言葉に戸惑いながらも、
結局、着いていってしまった。

つづきます。