小角コーポレーション 31

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「生きていくっつうのは樹海を歩くようなものや」
「樹海ですか。迷子ですやん」
「どこをどう行っていいのか、どこを歩いているのか、そういうことがさっぱりわからんうちにある日突然野原に出ると思うやろ。ちゃうねんで」
「歩いても歩いても視界から森の様子が見事に消えぬ。見通しなんぞないねんで、人生つうのは」
 小角社長がそう言う顔には悩みにまみれすぎて泥まみれで爪に泥が入ってどう掃除しても取れない人の指のような様子があり、克哉は中原中也の詩を思い出した。汚れてしまうと悲しいのだろうかと思った。
「こどものころ、大阪湾で釣りをしておったらサビキなんで、撒き餌を仕込んで竿を振るんや」
「そこで鰯や鰺や鯖というのは簡単に食い付いたりなどせぬと学ぶわけや」
「最近はネットでアニキに釣られた日々を送るというがの、わしのアニキは釣りに行くとタイを釣ってくるような奴でな。わしはせいぜいチャリコやコアジやねんな…釣りというのは人間が結構出るもんでな」
「虫けら扱いされても生きていくんやぞ、克哉」
 小角社長はしんみりとそう言うとたばこを燻らせた。
「樹海を歩き続ければ生きていけるんとちゃいますか」
 克哉がそう言うと小角社長は歯を出して笑い、 「不登校児やってなんも言わんと黙っとったお前が結構言うようになったのう…」と言った。