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Ethereum DevCon5に備える(その1:DevCon の歴史を振り返る)。

ついにDevCon5の大阪開催が決まりましたね。日本(そして大阪)のブロックチェーン各位の皆さんおめでとうございます。今年はラグビーW杯、翌年をオリンピックに控えてインバウンドのおもてなし体制は国を挙げて万全だとは思いますが、これまでに私が参加した過去3回のDevConを振り返ってみることで今年のDevConに備えたいと思います。

まずは自己紹介

現在イギリスでかれこれ15年ほど在住しているソフトウェアエンジニアです。
もともとは金融機関でデータベース管理の仕事をしていたのですが2006年からRuby On Railsをずっと専門としていたのですが2016年初頭にEthereumに興味を持ち始め、2018年春から100% Ethereum 関連のプロジェクトに従事しています。ENS(Ethereum Name Service)にエンジニアとして関わる傍、Kickbackというスタートアップ(BlockPartyから改名)もしています。

Kickbackというのは無料ミートアップイベントでのno show(登録だけしてこないこと)を減らすために、登録時に暗号通貨のイーサをみんなでスマートコントラクトにコミットし、来なかった人たちのイーサは来た人達で山分けする(Kickback)というサービスです。

DevCon2

- 開催地: 上海、中国
- 開催月:2016年9月
- 来場数(推測): 900人

初めて参加するEthereum関係のビッグイベントでした。

当時のイベント開催中のEthereum関係の出来事としてはこんなことがありました。

- Metamaskが出てきたばかりでまだ自分のラップトップにフルノードを走らせている人達も多数
- イベントの前日からEthereumの微弱性をついたネットワーク攻撃が続いていた。それにも関わらずFirstBloodというオンラインゲームサイトがICOを決行していて「勇敢だね」とビタリックが言っていたのを覚えています。
- TheDAOハック事件から二〜三ヶ月後、Ethereum Classic(ETC)が出来上がって間もない頃で「俺はビタリックと話し合って奴はETH、俺はETCを仕切りることにした」という謎の男がイベント会場をウロウロしていました(念の為にいっておくと彼はCardanoのCharles Hoskinsではありません)
- まだICOという言葉も目新しいぐらいで「なんでテクノロジーのイベントに怪しいコインを勧誘している人が色々混じっているんだろう」と疑問に思ったのを覚えています。
- 有名なプロジェクトの多く(Truffle, Metamask, Gnosisなどなど)はConsensys のものが多く、Consensys の影響をここかしこに垣間見る。Metamaskのアーロンが「この後みんなでバリで開発合宿」とか言っていたのが非常に羨ましかったのが印象的。
- Parity(当時はEthCore)が彼らのブロックチェーンノードソフトウェアを公開
- Open Zeppelinがライブラリーをオープンソース、ちなみに採用プロジェクト第一号はなんと私のBlockPartyでした。

海外から訪れた身としては以下のことが印象的でした。

- Great Wall of China のせいでGoogleMap, Facebook, Twitterなどは使えず、コミュニケーションは基本はGitterかWeChat。
- VPNを使えうとソーシャルネットワークにつながるけれど回線はすごく遅い。
- 英語が思ったほど通じず英語でプリントアウトされた地図をタクシードライバーに見せたら何度も乗車拒否される。
- 道で英語で質問しても無視されること多かったです

DevConの運営や他のサイドイベントに関してですが

- 初日のチェックインでものすごく待たされました。中国の地元のイベントオーガナイザーの人が「我々に行ってもらえればレーザープリンターで名札とかその場で印刷できるのに、中国だと数千人規模のイベントは日常茶飯事だからね」と言っていたのが印象的でした。
- ランチが美味しかった(ビュッフェスタイル)
- 確かシングルトラックだったので全ての発表を大きな会場で聞くことができました。
- DevCon開催中のイベんのに関する情報はあまり事前には分からず、当日にWeChatに情報が流れるといった程度でした。
- Open Zeppelin のCTOのManuelとSmart Contract Securityをそこらへんのコーヒーショップで開催、参加者には現Consens DelligenceのメンバーやUjo, Curation Market で有名な Simon de la Rouviere などもいて今思えば超豪華メンバーでした。
- 上海は日本から比較的近かったこともあり日本人グループ数名と遭遇するも日本人の発表者は日本人の発表者は当時Ethereum Foundationに在籍していたYoichi Hirai氏のみ。

イベント関連のブロックチェーンプロジェクトとしては以下のものがありました。

- チェックインデスクの隣で(現Ethereum Foundationでweb3.pyのメンテナーである)Piper Marriam が参加者と写真を撮って、Proof Of Event ERC20トークンを発行していたのが印象的
- DevConの前日にKickback(当時BlockParty)を使った食事会を開催、100%の出席率でキックバックは無かったけれど大満足。上海についた日の夜開催だったので遅刻が心配だったんです、が同じ飛行機に搭乗していた知人はEtherRiskと言う飛行機の遅延に対して保険金を払うブロックチェーンアプリの保険を買ってリスクヘッジしてたのが印象的でした。


DevCon3

- 開催地: カンクン、メキシコ
- 開催月:2017年11月
- 来場数(推測): 2000人

当時のイベント開催中のEthereum関係の出来事としてはこんなことがありました。

- ICOブームの真っ只中。
- その直前にEthWaterlooというハッカソンイベントが始まり、そこで発表されたCryptoKittyが一代ブーム、Ethereum のネットワークを圧迫
- イベントのすぐ後にParity Multisigの二度目のハックが発生。
- Cipher Browserというモバイルブウォレットの作者であるPeter Kimが会場をうろちょろしてはみんなに「使ってね」とお願いしていたのが印象的。彼はその後Coinbaseにプロダクトごと買われて今はCoinbase Walletと名を変えています。今覚えばモバイルブウォレットが雨後の筍出てくる前兆だったかも

海外から訪れた身としては以下のことが印象的でした。

- マフィアによる誘拐など治安が不安視されConsensysは会社としては参加しないことを表明。来てた人達は自己責任できてたそうです。
- レンタカー借りていた知人の何人かが警察に呼び止められてお金を巻き上げられていた。
- 観光地だったせいもあってかお祭り騒ぎ。サイドイベントでトップレスのお姉さん達もいたイベントもありました。お下品!
- 世界遺産の観光やダイビング、また泊まっていたコンドミニアムの前のビーチで毎朝みんなで集まってヨガをしたりなどアクティビティ充実
- 日本から遠かったこともありあんまり日本人には合わなかった気がします。


DevConの運営や他のサイドイベントに関してですが
 - 初日のチェックインはやはりでものすごく待たされた。あまり前年の教訓は生かされていなかった模様。
- ランチまずかった
ダブルトラックになったのでどちらの発表に行こうか迷うこと多数あり。
ーメインの会場は観光地のど真ん中にあってホテルから歩いて行ける距離。
- この時は私がイベントカレンダーをGoogle Calendar で作って私のサイトで公開していたらヒット!10イベント以上くらい載せて、私はほとんどのイベントに顔パスできるぐらいのドヤ顔でしたが酔っ払っている間にマフィアに拉致されるのが怖かったので結構夜は早くAirBnBに戻りました。
- Open Zeppelinのメンバーはその年は豪邸を借り切ってプールパーティとかしてました。一年ですごい変貌!
- 日本人の発表者は今回もYoichi Hirai氏のみだったはず。

イベント関連のブロックチェーンプロジェクトとしては以下のものがありました。
- アイデンティティサービスのUportがイベント会場にQRコードを提示してそれを参加者がUportでスキャンすることで”Proof of Attendance”(出席証明)書を発行するもQRコードをツイートされオワコン
- イベント参加者にNFCチップを埋め込んだリストバンドを配布し、ドリンクの購入ができるFestyというプロジェクトがありました。翌年にそのプロジェクトの作成者とあって話をした時に「去年あったBlockPartyにインスパイアーされて作ったんだ」と言ってもらい感激。
- 今回も食事会をBlockPartyを使ってオーガナイズしたのですがその時は中心地から離れたレストランで行った+Google Mapが間違っていた場所を指していたらしく迷う人続出。私自身はイーサたくさんもらえてホクホクでしたが


DevCon4

- 開催地: プラハ、チェコ
- 開催月:2018年11月
- 来場数(推測): 2700人

当時のイベント開催中のEthereum関係の出来事としてはこんなことがありました

- ICOは陰り。STO(Security Token Offering)とかEquity Token Offering とかいうトピックが出てきたけれどICOほど火はついていなかった模様。
- DevConの直後にConsensyやStatus.im, Spank Chainといったいくつかの有名企業がレイオフを発表
- MakerDAO独り勝ちとDefi(Decentralised Finance)の台頭
- その年の春からEthereum Name Service にも働き始めたのでDevConで話す機会が3回もありました。

海外から訪れた身としては以下のことが印象的でした。

- プラハはイベントの3〜4ヶ月前にも一度イベントで行っていたのであまり迷うことはなかった
- ただイベントが街全体に分散していたので移動が少し不便
- ー最初はUberを使っていたけれど地元のタクシーアプリの方が少し安かったので途中でアプリ乗り換え
ーDevCon参加者には市バス乗り放題のチケットが無料配布されていたけれど個人的にはほとんど歩くかタクシーで移動。

DevConの運営や他のサイドイベントに関してですが

- チケットは販売開始後15分で売れ切るというICOも真っ青状態
今回はDay0というチェックインを前日に行うシステムを採用していたので、時間はかかったけれどそれで話を聴きそびれるということはなかった模様。
- ランチはそこそこ。朝ごはんは確かスイーツばっかりだった気が。チェコ人は甘い物好き!
- チェックインはかなり厳しかったらしくもらった名札を無くした人はスポンサー企業の人でも入れてもらえなかったとブーブー文句言っていた人がいました。
リラクゼーションルーム最高!昼はENS、夜はKickbackにてんやわんやだったんですが、ここで休憩できるのはすごく助かりました。
ー会場がただっぴろくて迷子になること多数。多すぎたので自分自身も発表を持っていたためあまり話は聞けず。
- この時はPrague Blockchain Weekというサイドイベントカレンダーがオープンソースとしてあったのでそれを多くの人が利用。でもイベントカレンダーも複数出てきて、中にはPrague Blockchain Weekの内容をコピペしたようなサイトも出てくる。
- サイドイベントの数がすごく多くて結局10日ぐらいプラハに滞在。
- 中には城を借りきたサイドイベントも
- チェコの税関で会場で配るグッズが足止めを食らうケース多発。私達が作ったKickback Tシャツも最終日前日ぐらいに届いて全然捌き切れず、今も家の片隅に積読状態
- 日本人の発表者はEthereum Foundationの Aya Miyaguchi 氏(引き算の美学!)と私ぐらいだったと思いますが発表多すぎて全体像は把握できていません。

イベント関連のブロックチェーンプロジェクトとしては、私が2016年からコツコツ作り続けていたBlockPartyがStatus.imから出資を受け、KickBackに改名するとともに、リニューアルサービスをDevCon開催中にオープンしました。6つ以上のサイドイベントで、のべ500人近い人が利用しました。

まとめ

こんな感じで過去三回のDevConのトレンドを追ってみました。
傾向としてはこんな感じです。

- ICO, NFT, Defi,と一年でトレンドは結構変わってくる。
- 参加者の数と会場の大きさ、発表の数は年々肥大の一歩を辿っている。前回はチケット入手できなかったけど会場地まで来た人が結構いました。
- DevCon4はかなりスムーズだった(私の友人のJosef大活躍)
- 「Proof of attendance」系のプロジェクトは毎年なんらしか出てくる。
- みんなイベントの前後や夜にどういったイベントが出て来るかの情報交換は需要多
- 日本人の発表者は1〜2人といった程度

では次回は過去の傾向や現在のテクノロジーのトレンドを元にDevCon5がどういったイベントになるか夢想したり、イベントに備えるチップなどを紹介していきたいです。

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