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フェルメール「窓辺で手紙を読む女」を見てきたよ@北海道立近代美術館

北海道立近代美術館でフェルメールの「窓辺で手紙を読む女」を見てきた。訪れたのが午後7時半まで開館している金曜日で、幸いにも思ったよりも遙かに人が少なくて、ストレスなくゆっくりと鑑賞することができた。

僕にとって、フェルメールは特別な画家だ。
フェルメールの作品が飾られているだけで、美術館の空気が厳粛な空気に変容し、神秘的な神殿の中で礼拝しているような感覚になる。それはまるで雷に打たれたような衝撃を受けながらも、とてつもなく深い瞑想状態に落ちているような、相反する感覚が同居する不思議な感覚に貫かれるのだ。

こんなアート体験ができるのは、これまで東京都立美術館で鑑賞した伊藤若冲展くらいで、アートの持つとてつもないパワーにただただ圧倒されっぱなしにだ。

初めて生でフェルメールを見たのが2000年のこと。当時、東京の大学に進学した小、中学校時代の友人の家に遊びに一週間ほど上京した時に、その友人をムリヤリ誘って国立西洋美術館で開催されていた「レンブラント、フェルメールとその時代」展を見に行った。そのとき来日したフェルメールの作品は「恋文」だった。

その後も、「真珠の耳飾りの女」「牛乳を注ぐ女」といった有名なフェルメール作品を見に、わざわざ東京都美術館や上野の森美術館へ足繁く通ったものだ。そのたびに打ちのめされるような体験を幾度となく重ねてきた。

窓辺で手紙を読む女

フェルメールの作品で、手紙は頻出するモチーフだ。実に6作品で手紙が登場する。そして今回、黄色く光る壁の代わりにキューピッドが登場することで、絵の印象が全く印象が変わってしまい、もはや同じ絵として認識することも不可能になってしまった。そして、この手紙が「恋文」であることが明確に示唆される。


また、カーテンのグリーンと女性の着ている服の色が酷似していることから、カーテンが幕を区切るように、この女性は、今まさに人生の節目となる手紙をじっくり読んでいるのではないか、そんな想像がかき立てられる。

19世紀フランスの作家、フローベールの名作『ボヴァリー夫人』にも、窓辺で主人公のボヴァリーが手紙を読むシーンがある。まるでフローベールがフェルメールのシーンをそのまま描いているかのようだ。

「窓辺で手紙を読む女」は、実に数奇な運命をたどった作品だ。
この絵は当初、レンブラントの作品だと誤って鑑定され、その後、フェルメールと同時代の画家、ピーテル・デ・ホーホの作品と考えられるなど、何度か作者が変更されて、フェルメールの作品だとされたのは1860年になってからのことである。

1979年にX線写真の鑑定で背後の壁にキューピッドらしき画中画絵が隠されていることが判明した。手元にある『ユリイカ』2008年8月号の特集「フェルメール」の小林賴子氏の解説では、画中画を塗りつぶしたのがフェルメール本人であるとしている

その後、塗りつぶされた絵の具の鑑定から、作品完成時との整合性が付かず、フェルメールの死後に絵が塗りつぶされたことが判明した。2017年に修復が始まり、4年の際月をかけて修復が完了した。

絵そのものが数奇な運命をたどったように、窓辺で手紙を読むこの女性も、「手紙」によって自身の運命が大きく翻弄されたのかもしれない。だが、この場面が、女性の人生で、幸福で輝ける感情を抱く、まさにその一瞬を鮮やかに切り取っていることに変わりはない


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