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推しマンガ紹介:「魔女をまもる。」

舞台は16世紀ドイツ――宗教改革の時代

高校の世界史の授業で、16世紀の宗教改革を教わる。
しかし、「カトリック教会の免罪符に対して、マルティン・ルターが95か条の論題で抗議した」などと始まる説明は、宗教に距離のある現代日本の感覚ではなかなかすっと入ってくるものではない。

槇えびし「魔女をまもる。」全3巻は、あくまでフィクションだ。しかし、中世ヨーロッパを舞台にした謎解きのような事件解決のストーリーを通して、16世紀当時のカトリック教会の腐敗ぶり、「宗教に逆らう=異端=死」という宗教支配、伝染病の恐怖など、時代の背景にある社会状況を見事に読み手に伝えてくれる。主人公がどこか頼りなく、強すぎないキャラ設定なので、感情移入しても時代の体感を損なわない。

さて、前置きが長くなったが、内容に入っていこう(核心は避けるが多少のネタバレ含む)。


「魔女」を科学する

このマンガの主人公は、精神医学の先駆者ヨーハン・ヴァイヤー。幼少期に魔女狩りで友人を失ったトラウマがあり、「魔女」として迫害される人をまもるべく、妖術使いではないかと噂される医師アグリッパに弟子入りして修行を積んでいく。

主人公は「魔女」のほかにも、時代背景に強く結びつく黒死病や「人狼」に直面する。民衆が疑心暗鬼になり、呪いだ悪霊だとパニックに陥っていく中でも、主人公はあくまで科学的に解決策を探す。
周囲が安易に「魔女」や「呪い」といった人の手に負えないものとして片づけようとする一方、彼は「魔女ではなく病気ではないか?」と考えることをやめず、その姿勢が本作3冊にまたがる事件の真相解明にもつながる。


「魔女」とは何なのか

キリスト教社会を脅かす存在である、という点では、「魔女」も「異端」も同様であり、社会の”常識”を超えて真相を明らかにしようとする主人公の姿勢は、「異端」として迫害されるすれすれにあった。

それでも彼がやめなかったのは、自身の活動の中で、ある確信をつかんでいたからだ。それは、魔女とは「確執や妬みや羨望が、存在しないはずのものに骨を与え肉を付けてできたもの」だということ。そしてその妄信は連鎖していくものであること。

これは、魔女、人狼、黒死病といった16世紀ヨーロッパの事象にとどまることではない。たとえば、パニックになると非科学的なものに走って安心を得ようとする民衆の姿、悪意あるレッテル貼りや言いがかりの横行は、われわれの身近でもよく見かけるだろう。

読後、現代でまもるべき「魔女」を考えたくなる。


おわりに

本作の魅力を伝えるのは難しい。
帯文では、精神医学の先駆者の生涯を描く傑作歴史漫画、と銘打たれているが、これで興味をもって上中下3冊買う気にはなかなかなれないだろう。

確かに、本作のシブい終わり方を見ると生涯を描いたと言えなくもないが、どうしても事件の真相を解明していく部分のほうがメインに見えてしまう。いずれにせよ、複雑なストーリー構造もあって本作の強調点は見えにくい。

ただ、非常に美しい装幀と、上巻帯に大書された「魔女狩り」「人狼」「黒死病」に惹きつけられた人は、きっと本作のストーリーに引き込まれると思う。埋もれてしまうのはもったいない作品だ。


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