190112_短編

月の木馬

これは昔のお話です。
ある国に玩具職人の男が居ました。
男は玩具で子供の笑顔を作る仕事に誇りを持っています。しかし、新しい玩具の木馬に、もう一工夫欲しいと考えウンウンと悩んでいました。
朝から夜まで悩みます。立派な満月の夜も、月を眺めながら悩んでおりました。
不意に、月から欠けらが数個落ちてきました。
職人の男は大変驚きました。だって月か何かが落ちてくるだなんて初めてみる光景だったからです。
考えるのをやめて、職人は欠けらが落ちたところまで急ぎます。
そこにはキラキラと月と同じ色の光を放つ石が落ちていました。なんと綺麗な石でしょう。
この石をおもちゃに使えないだろうか、男が考えようとしたところ、石が男に話しかけてきました。
「そこの親愛なる地上の人よ。私は不浄な月の世界からやって来ました。一度この土地に降りて見て回りたいと思ったからです。
しかし、見ての通り私は足がありません。
どうか貴方が私の足となって、私に地上の各地を旅させてくれませんか?」
男はとても驚きましたが、石がとても丁寧だったので、自分も礼節を持つべきだと思いました。
「こんばんは、美しい月の石さん。貴方の望みを承ります。早速明日、準備をいたしましょう」
男は石を連れて帰り、その日は眠ることにしました。
なんと素敵な事が起きたのでしょう。男は好奇心が止まりません。夢の中でも、どこを旅しようか楽しみでしょうがありませんでした。そして、夢の中で男は閃いたのです。

翌日、男は月の石に言いました。
「おはよう、月の石さん。考えたのですが、私の作った木馬の目になりませんか。きっととても立派になるでしょう」
月の石はこれを大変喜び、是非ともと言って、木馬の目になりました。
するとどういう事でしょうか。
ただの木馬は月の石がきれいにはまったとたん、生き物のように動き出したのです。
「優しい人よ、ありがとうございます。私はこの木馬の身体で世界を駆け回りたく思います。さぁ共に旅に行きましょう」
男が木馬の背中に乗ると、木馬はすいすいと空へ昇っていきました。
男はまたまた驚きましたが、あんまりにも木馬が楽しそうだったので、自分も一緒に喜びました。
そして一人と一頭は国を巡る旅に出ました。

空から地上を眺め、男は木馬に国を案内します。
あの村の暮らし、伝統的な工芸、建物、成り立ちなど、男は知っていることはどんどん木馬に教えます。
木馬は喜んでどんどん空を駆け巡ります。
ある時、空を見上げた子供が木馬と男の存在に気付きました。見つけた子供は大喜びで追いかけてきます。その子供に続いてたくさんの子供たちも追いかけてきます。
男はこれを見て、大変喜びました。子供たちの笑顔が男にとって何よりも貴重なものだったからです。
男は木馬の上で逆立ちをしたり、旗を振ったり、笛を吹いたりなどの曲芸を始めました。
子供たちはさらに喜びます。木馬も嬉しくなって大胆に空中を回転したりし始めました。
やがて仕事に夢中で外を見なかった大人たちも木馬と男の存在に気付きます。
曲芸をする男を乗せて空を駆ける木馬には、大人たちも大喜びです。
一人と一頭は1つの村に2日いると、次の村へと移っていきました。やがて旅の目的は、月の石の見聞を拡げる事から人々を喜ばせることに変わっていったのです。

さて、やがて木馬と男の曲芸は評判を呼び、一人と一頭が空を駆けるよりも早く噂となって国中に広がり始めました。
そしてついにその土地の大臣の耳に噂が届きました。この大臣は珍しい物を集めるのが大好きだったので、当然木馬のことも欲しくなりました。
大臣は兵たちに木馬と男を連れてくるよう命令しました。
兵から大臣の命令を聞いた男は、何ごとかと思い木馬と一緒に城にいる大臣の元へ向かいました。
大臣は言いました。
「その木馬を私に譲りなさい。そのような立派な木馬はこの土地の宝とするべきだ。謝礼としてお前には一生食うには困らない大金を授けよう」
男は大臣の言っていることがよくわからなかったので、大臣に問いました。
「大臣よ、木馬を土地の宝とすることですが、木馬は一体どうなるのですか」
「もちろん、木馬は私の城でガラスの箱に収めて大事に飾るのだ。」
男と木馬はとても困りました。
「大臣よ、それではいけません。木馬は世界を見て回る事が望みです。一つの箱に入れて飾られては彼がとてもかわいそうです」
「かわいそうなぞ可笑しな事をいう。それはただの木馬ではないか」
「いえ、彼はたしかに身体は木馬ですが、心を持っているのです。私は彼を尊重したいのです」
この後も二人は何度も言葉を交わしましたが、大臣は最初の命令を決して変えようとしません。
「では、お前は私の命令を無視するというのか」
「お許しください。彼は私の友なのです」
「ええい、許さん!」
大臣は兵たちに木馬と男を捕らえて引き離すよう命令しました。木馬は咄嗟に男を背中に乗せると、空を駆けて大臣の元から逃げました。
命令に従わない男に激怒した大臣は、兵に弓矢を使って一人と一頭を打ち落とすよう命じました。
空を飛ぶ一人と一頭に向かって弓矢が何本も飛んできます。
木馬は頑張って避けましたが、ついに一本の矢が男の腹に刺さってしまいました。
男は矢が刺さったことで大変苦しみました。木馬はこのままでは地上は危険だと考え、さらに空高くへ駆けていきました。
空を駆けて、駆けて、ついに木馬は男を連れて月に行きました。
さすがに月まで矢は届きません。大臣はおとなしく木馬をあきらめました。
そうして木馬がいなくなったので、誰も空を見上げることをしなくなりました。

さてさて、それからしばらく後のことです。
木馬と男の芸が好きだったこどもたちはとても悲しそうに空を見上げていました。
立派な満月の夜も、寂しそうにこどもたちは空を見上げています。
木馬と男はその様子を月から見ていました。
どうにかしたいと思いましたが、もう二人は地上には戻れません。
男は月でウンウン悩んでいました。
そしてまた夢の中で思いついたのです。
月に転がるただの石っころを綺麗に磨いて、空に流してやるのです。
するとどうでしょう。ただの石っころはきれいな流れ星になって、地上の空に線を描きながら駆けていったのです。
子供たちは大喜び。それを見た木馬と男も大喜び。ただの石っころも役に立てて大喜び。
それからというものの、二人は憂鬱そうな子供を見つけては流れ星を夜空に流して笑顔にしてやっているそうです。

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