「シデレウス」が楽しみなので:1. ガリレオ、ケプラー、マリア:若き日の彼らの家計簿と就職の事情 (ぺガスス稽古動画)

修道女マリアは、父親のガリレオから自分の部屋に隠してある手紙を燃やしてほしいという、一通の手紙を受け取る。
その手紙の差出人は全てケプラーという聞き慣れない名前であった。
太陽が地球の周りを周回すると信じられていた1598年、数学者でイタリアの大学教授でまたもあるガリレオは、ドイツの数学者ケプラーから「宇宙の神秘」という一冊の本とともに宇宙への研究を提案される。
ガリレオは一度は断ったものの、粘り強いケプラーの説得により、彼の仮説が間違っていることを証明するための研究を行う。
そうした中、言及することさえもタブー視されていた「地動説」の論拠を示せば、とんでもないこの仮説が正しいかも知れないという結論を下すことになる。

シデレウスHPより。強調はmより

こんにちは。mと申します。
皆さまの推しは、今日も星のように輝いていますでしょうか。それとも地上から星を眺めてそれを追い求める人でしょうか。
どちらにせよ、きっと素敵な方だと思います。そして、そんな皆さまにとっての地上の星(あるいは皆さまのなかでそれに代わる言葉があることかと思いますし、それは決して演者とも限らないことと思います)を追いかけて明け方、惑星の並ぶ6月末に劇場に足を運ばれる方、あるいは足を運ぼうか悩んでいる方が拙稿を読まれているかと思います。

このnoteは6月17日~6月30日に自由劇場で上演される「シデレウス」に出てくる時代背景、用語、また、創作と(判明している範囲での)史実との違いなどをさわりだけでも、わかりやすく紹介されている記事があればなと思い書きました。
ただ、私、m本人は、物理や天文学を専攻していませんし、歴史の専門家でもないので、あくまで本や一部インターネットで身につけた知識のかいつまんだ紹介になってしまうことをご了承ください。

さて、すでに上記で引用したストーリーにあるように、「シデレウス」は天動説と地動説にまつわるお話です。
事前のLineliveで富田麻帆さんが、おっしゃっていたように、天動説や地動説の存在自体をあまり知らなかったり、キリスト教やらヨーロッパ史と聞くだけで頭が痛い!! という方も珍しくないと思います。
というわけで、公式twitterが公開している稽古動画順に

1. ガリレオ、ケプラー、マリア:若き日の彼らの家計簿と就職の事情
 (ぺガスス稽古動画)
2. 天動説と地動説      :ヨシュア記の記述と天動説
 (カシオペア稽古動画)
3. 異端審問         :異端審問で火刑になる場合について
 (オリオン稽古動画)
4. ガリレオ裁判        :聖書の記述と聖書の解釈      
  (ペルセウス稽古動画)

の順で書いていこうと思います。
余裕があれば、望遠鏡についてや他も書きたいなと思っています。
余裕があれば。上がる気があんまりしませんが、ゲネプロなどできになるセリフなどがあれば、そちらを優先させるかもしれません。

今回は第一回ということで、

1. ガリレオ、ケプラー、マリア:若き日の彼らの家計簿と就職の事情 (ぺガスス稽古動画)

というテーマで行きたいと思います。
めちゃくちゃ俗なテーマです。

「グラーツ大学で、数学、天文学を教えてます ヨハネス・ケプラーです」

 早速、ケプラーが誰かに手紙を書いています。こうしゃく様が侯爵か公爵か判断がつきません(ついたら追記修正します)し、手紙の内容もこの動画だけだと何ともいえませんが、ストーリーにもある1598年はまさにケプラーがグラーツにいた時で、ケプラーがガリレオに地球が太陽の周りを動く、つまり「地動説」を支持する手紙をだし、ガリレオがそれに賛意を示す返事をしたころです。

 1598年、ケプラー27歳が今のオーストリアのグラーツで数学教師を、ガリレオ34歳はヴェネチア共和国(※当時のイタリア半島に今のイタリアという国はありません。これはドイツも同じです)のパドヴァ大学で数学教授をしていました。ガリレオには3人子供がいますが、娘のマリアが生まれるのはこの2年後です。

 演者も若いですが、当時の彼らもだいぶ若いという印象を抱かれるのではないでしょうか? 実際、神永さんは今27歳でらっしゃいますしね。
 いわゆるガリレオ裁判自体はガリレオの老境のころで、劇中ではわかりませんが、現実世界において確認できる彼らの手紙のやりとりは1613年までのようで、ガリレオ裁判のころには文通は途絶えていたようです。

 さて、この若い彼らはどちらも「数学」を教えることを生業としています。それぞれ肩書は数学教師、あるいは数学教授です。
 つまり「天文学者」は当時の、彼らの職業的な肩書ではないのです。
 それはなぜなのか。
 天文学は数学ではなく哲学の分野だったからです。そして聖職者が非常に多い学問でもありました。
 それだけ、宗教や観念に結び付いていともいえます。
 実際、地動説を再発見コペルニクス(※こういう書き方をするのは人類史上で地動説を唱えたのは彼が初めてではなく紀元前3世紀ギリシャのアリスタルコスなどがいるからです)は聖職者です。
 ガリレオはピサ大学時代も天文学の講義をしていますが、それは天文学そのものというより数学的な内容に限定されていたようです。
 また、ここで一つ加えなければならないのは「当時、天文学と占星術は別分野ではない」ということです。
 ケプラーが占星術師でもあったことはwikiなどを読んで知っている方もいるかもしれませんが、ガリレオもパドヴァ大学時代、惑星天文学を教える以上、占星術も医学生むけに講義していたようです。
 つまり、医師にとって占星術が当時不可欠だった、ともいえます。
 一方、ケプラーは、グラーツにいたころは州数学官(つまり学校だけではなく、州の数学者としても雇われている)でもあったのですが、義務として占星術によって暦、カレンダーを作る必要がありました。つまり、ホロスコープを彼は見たわけです。
 ちなみに、最初の暦では例外とトルコからの侵攻を予見したそうです。
 この時代日本は安土桃山時代から江戸時代に移るころですがヨーロッパもバリバリ戦争してました。のちの話ですが、ガリレオは望遠鏡を国の戦争に役立つものとしても献上しています。

 占星術についてケプラーは
「娘の占星術がパンを稼いでくれなければ、母の天文学はまちがいなく飢えを忍ばればならなかったでしょう」
 と述べています。
 
 つまり、ここから何がわかるか。

ケプラーの本業の給料が少なくて副業でもしないとやっていけない、ということです!!

 ついでに、当時すでにそれなりの後ろ盾の大貴族や聖職者がいて、「教授」のガリレオですら、就職活動したことがある人が嫌いな「任期付き」の職業です!!! 
 ケプラーの場合はこの後ですが、グラーツの支配者が変わったのに際し、プロテスタントであったために教職を追われてしまいます。任期どころですらない。
 無理やり現代に例えるなら県知事が変わったので、職を切られてしまった公務員というところでしょうか。現代と異なるのは、まだ「信仰の自由」を認める為政者でなくなった瞬間、「信仰がちがう」ということを理由に職を切られることがあったことです。
 そうしてケプラーのように為政者の都合で切られてしまったり、そうでなくても任期が終わった後はまた「就活」が待っています。
 それが当時の「普通」ではありました。
 どれだけ頑張っても運が悪かったら切られることもある、任期付きの仕事。
 現代日本でも珍しくはない話とはいえど、今日温かなごはんが食べられたとしても、明日や先々のことを考えると胃が痛くなる、いやな話の部類だと思います。
 
 そこで冒頭の動画に戻ります。

「いつもこの両親はお金でもめて 深刻そうな顔をしてパパは部屋にこもった」

 とマリアは歌っています。パパ、おそらくこれは研究論文ではなく家計簿に苛ついてるシーンだと思います(違ったら修正します
 先も述べたように、このころのガリレオはパドヴァ大学の数学教授です。
 では、パドヴァ大学のお給料を見てみましょう。年棒です。

哲学教授    1400フィオリーノ
市民法学教授  1680フィオリーノ
数学教授    180フィオリーノ

 0が一個少ないのでは????? と思われそうですが私の打ち間違いではありません。それだけ、数学という学問は当時、大学の中では地位が高いものではなかったことがわかります。実際、彼の父親も音響学者で研究者なのですが、ゆえにこそ金銭面の大変さはしみついており、元々はガリレオには医者になってほしかったようです。その上でガリレオは医者にはならない道を選びました。
 ガリレオは長男ですが、27歳のときに父親を亡くしています。なので、妹二人と弟の金銭的な面倒は彼が見る必要がありました。いわゆる家長です。
 まずは、結婚した上の妹の父が払いきれなかった分の持参金。
 持参金は、女性が結婚したときに、相手先に持たせるお金のことです。これが、当時べらぼうに高い。でも払わないと妹を結婚させてやれない(当時の価値観ですからね)。
 1601年に結婚した下の妹の例です。 
 計算は省くのですが、持参金は「年棒」の約11倍です。
 当たり前ですが、ガリレオも貴族の教師など含めて「副業」をしていたとはいえ、借金して払うことになりました。
 ここに、弟の就職、生活の世話などが加わり、さらに研究器具のために職人を雇う必要もあり……

そりゃ、いつも両親はお金でもめる
 絶対もめる――と言いたいところですが、実はガリレオの娘、マリアの両親、つまりガリレオとマリナはついぞ一緒に住んだことがありません。
 そもそも、ガリレオの母の反対もありましたし、結婚しませんでした。
 理由は単純で、ガリレイ家は没落して火の車でも貴族、相手のマリーナは身分違いだからです。二人の間には3人子供がいて、最初上二人をガリレオがひきとりつつ、息子にいるマリーナのもとへ仕送りはつづけ、最終的にはマリーナは別の男性と結婚しています。身分の違いという点ではたとえカトリックでも珍しい話ではなく、しかし、そうすると娘のマリアは庶子ということになるので、修道院に送られた、ということのようです。

 また、お金の話に戻ります。劇中にも出てくる望遠鏡の改良を経て、ガリレオの給料と地位はあがります。といっても、それでも功績を考えればすぐに彼の満足のいく状況になったわけではないのですが、ケプラーのほうは正直、ほぼずっと貧乏になやまされているのでそこは対称的です。
 
 ガリレオとケプラーは文通こそしていましたが、ガリレオはケプラーの理論を真と認めて試すようなことはほぼなかったといってよく、天動説と地動説に関する話であれば、ガリレオは終生、ケプラーが発見した「惑星の軌道は真円ではなく楕円である」ということを認めることはありませんでした
 この辺りは「えぇ……」と萎えてしまう方もいるかもしれませんが、舞台上のお話そのものは楽しむ予定で、こうした事実関係の面を大切にすることが物語のメッセージに対するリスペクトだと思うので、これを記しておきます。

次は、
2. 天動説と地動説      :ヨシュア記の記述と天動説     (カシオペア稽古動画)

を予定しています。

参考文献
高野義郎著 『力学の発見 ガリレオ・ケプラー・ニュートン』 岩波ジュニア新書
フィリップ・スティール著 赤尾秀子訳 『ガリレオ』 BL出版
田中一郎 『ガリレオ 庇護者たちの網の中で』 中公新書
田中一郎 『ガリレオ裁判 400年後の真実』 岩波新書

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