インティメート・ボランティア 2

「志穂さん、きょうの午後のミーティング用に、これ20セットコピー用意しといて」

派遣先の3歳年下の沙紀が、30枚ぐらいある資料を志穂のデスクにどさりと音を立てておいた。志穂は、作りかけのグラフから目を離さずに、わかりましたと小さく応えた。

大した時間がかかるわけではないが、いちいち数枚のコピーまで志穂に頼みにくる沙紀は、うっとうしい。グループマネージャーである川崎でさえも、数枚のコピーなら自分で取る。何様と思っているのかしらと思いながら、小さく志穂は溜息をついた。

以前、働いていた会社は、吹けば飛ぶような小規模のノベルティの企画会社だった。しかし、社員としてやりがいのある仕事を任されていた。

自分の企画したものが、形になって作り上げられる。10人ぐらいのほそぼそとした会社で、志穂はいきいきと去年まで働いていた。あの会社が倒産さえしなければ、今も志穂は、苦心しながら物を作りつづけていただろう。

就職活動をし始めると、32歳を過ぎた志穂は、なかなか仕事が見つからなかった。職種を選ばなければ、仕事はまだあるのだが、志穂が探している企画の仕事を得るのは難しい。

一人暮らしをしていて、貯金も大してしてなかったので、失業保険が切れるまでに何とか仕事を見つけなくてはならず、とりあえず、今の派遣でのアシスタント業務に3カ月前から落ち着いた。

新しい勤め先は、前の零細企業と違い、きれいなオフィスビルで労働環境は、比べものにならないほどよかった。しかし、どんなにビルの見たくれがよくても、1日の多くをしめる時間を単純な仕事で費やすのは、志穂にとって時間の浪費の何ものでもなかった。

志穂は、自分の感情を外に出さないようにして、無難に会社のなかでは過ごすことにしていた。

朝会社に来て、夕方までいわれたことを従順にこなせば、月末にはその報酬がきちんと振り込まれてくる。

自分の時間を先払いして、報酬を得る、それだけだ。割り切ればこんな簡単なことはない。世の中の多くの人がそうしているのだ。

そうは、わかっていても、志穂は、ときおり沙紀のような女に、数枚のコピーを頼まれると気が滅入った。

自分は何をしているのだろう。そして、いつまでこの状態を続けるのだろうと不安になる。




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