となり

音が鳴る。

上からか下からか横からかは分からない。
自分は右の耳が聞こえないので、音のなる方向がわからないのだ。

駅徒歩13分、平坦な道、閑静な住宅街、都心へのアクセスも悪くない、風呂トイレ別、礼金無し1R3.8万円という物件に飛び付いたのはもう10ヶ月も前の話だ。

広さは四畳半程で、畳は引っ越し当初から日に焼けていたが、赤貧で物を持つことを諦めた自分にはちょうど良い場所だった。
部屋の真ん中に煎餅布団を敷き、寝転んだ状態で手を伸ばせば必要なものは揃ったし、日に焼けた香ばしい畳の匂いは祖母の家を思い出した。

最寄り駅の北口から出て右手方向に、こじんまりとしたスーパーがある。外壁にこびりついた汚れは、昔は綺麗だったであろう白さを想像させない程度の年季を感じた。
店内や品ぞろえに特徴はなく、ある日他の駅に全く同じ建物が増殖していたとしても、気付かず通り過ぎるだろう。
仕事終わりのため息とともに店に入り、半額シールの貼られた弁当を2つ掴みレジに向かう。いつもおなじハンバーグ弁当と中華弁当だ。店のレジで温め、ぬるくなった頃箸をつける。

ハンバーグ弁当のメインには、薬品のような味がするドロドロのデミグラスソースハンバーグが鎮座している。付け合せのにんじんのグラッセもブロッコリーも玉ねぎも、健気なキャベツのサラダも、箸休めであろう漬物も、かかりすぎたデミグラスのせいで歯ごたえが違うことしかわからない。

中華弁当は、有名な中華弁当を真似てシューマイがメインに来ている。しかも悪戯に数を増やし『どう?あっちはこんなことしないでしょ?』と言わんばかりの悪質さだ。だから他のおかずを入れるスペースなんてほぼなくて、やはりくたびれたサラダや漬物が肩身も狭く同居させられているのだ。

毎日飽きもせず色もくすんだ弁当を大して噛みもせず流し込み、シャワーを浴び歯を磨いて寝る。それが越してきてから2週間ほどで出来上がった自分のルーティーンだった。

彩もなく、単調な味、自分の存在もまた、毎日陳列されている弁当と同じく退屈なのだから、不満はなかった。

音が聞こえるようになったのは、つい10日ほど前のことだ。

いつものように弁当を食べ、シャワーを浴びて部屋に戻る。リフレッシュされた嗅覚に、デミグラスのどろっとしたにおいが不愉快だ。

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