百目と洋子

「俺は百目だ。恐ろしいか。今からお前を頭からぜんぶ食べてしまおう」
「この、上履きまでぜんぶですか?」
「そうだ。俺はそんなもの、小骨ほどにも思わない。何だったらお前が立っているコンクリートまで一気に食ってしまおう」
「.......お願いがあります」
「食うなと言うのはできぬ願いだ」

「食べるなと言いません。食べて構いません。お願いです。あなたの100個の目で、私のローファー、どこにあるのか分からないけど、それを見つけて、それも一緒に食べてください。私が外で死んでしまったのに、たぶんだけど学校にローファーがあって、お母さん、私がいじめられてるって気付いてしまう。そしたらお母さん、悲しむから」

洋子はあまり大きくない(俺からすればみな小さい)目からこぼれる涙を拭いながら、途切れ途切れ懇願した。
滑稽だと思った。何百年という時間の中で、幾人もの人間を食べて来たが、特に洋子はおかしかった。
目の前に自分をこれから殺す妖怪がいるのに、洋子の恐怖は自分をいじめている矮小な小娘たちと、その先の母親にばれてしまうことに一心に向けられていた。

妖怪は普段人には見えない。見せようと思った時、触れようと思った時、初めて人は妖怪の世界を見ることができる。
それでも昔は、限られた人間ではあるが自ら妖怪の世界に入り込める人間もいた。見えない人間たちも、それなりの畏怖をもって見えないなりに身を守ろうとしていた。

今はてんでダメだ。人間たちの皮膚はどんどんと薄く、肉は甘く柔らかくなってきているというのに、なんの守りも持たず自覚もなく、食われるためだけに存在している。
洋子の少し前に何人か人間を食べたが、皆一様に目を丸くして、辺りを見回し、面白がってカメラを向けた。それから死に直面し、恐怖し、訳の分からぬ痛みで(痛みを与えるのは半ば趣味だ)失禁し、ひきつって笑い、怒り、泣き、懇願し、何も残せず食われた。

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