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MINAMI WHEEL 2021

初めての遠征、大阪MINAMI WHEEL

鋭児、くすり、johnnivan、Monthly Mu & New Caledonia、ステエションズ、um-hum、chapmanと、出来る限りすべてを詰め込んできた。

1週間大学の介護実習を終え、そのまま東京に向かった。アドレナリンのせいか疲れはほとんど感じなかった。いつも乗っているはずの電車から見える景色はいつも以上にキラキラとしていた。思わず友達に連絡をしてしまったくらいだ。緊張と不安をドキドキを錯覚していたのかもしれない、吊り橋効果と同じようなそんな錯覚。

東京駅が広すぎてバス停まで半泣きで40分さまよった事も、興奮と緊張で全く眠れなかった事も、大阪らしいこと何もしなかったことも、急遽新幹線で帰ったことも、そんな事もすべて微笑ましく愛しい思い出。

12:30鋭児、開始3分前、気合を入れるような声が袖からうっすらと聞こえた。アナウンスと共にカーテンが開いて始まった『Fire』この時点でハラハラに近いような、もうドキドキだけはない私にしか分からない感覚が止まらなかった。ライブのFireは音源と違いアドリブで叫ぶような始まり。「大声での歓声や会話はお控え下さい。」のアナウンスが無くなったらみんなで歌いたいね、と、毎回言ってしまうけれど、ほんとうにそうだから。「言葉の重み、、そんなものはない」って。突然変異の「音楽に意味なんてない」という歌詞が一瞬脳裏をよぎった。何を伝えたいかって、それは伝わって初めて成立することで、音楽や文章のほとんどは” 何を受け取りたいか ”によって重みや意味が成り立っているような気がしている。私は考えすぎかもしれないし、まったく違う何かを勝手に受け取っているのかもしれない。受け取りたいものを、受け取れるものを、精一杯うけとっている。それが"伝えたい事"と一致していたら、それならいいなと思う。

ジャムセッションからのローテンポ『Zion』、ニヤッとしてしまうね。徐々に上がる速度に伴い高まるテンション、決めに来る「Zion」。一人一人の目を見て、見てというか、捕らえて、言葉を吹き込むような、吹き込むなんて柔らかいものではないか。打ち込む、入れ込む、叩き込む、刻み込む、どの言葉も違うけれど、完全にロックオンして放つ言葉に私たちはある種の洗脳を受けているのかもしれない。そんな中でうっかり「諦め放題、諦めちゃダメだよね!?!!!」と言ってしまった響一さん、曲中で素に戻ることがほとんどないから、笑ってしまった、、。攻撃的なテクノを感じる。テクノポップとかテクノとか詳しいことはわからないけど、そんな感じ。イントロ部分だけでもう会場を躍らせることが出来るこの曲の持つパワー、すごくない?幼稚な語彙になるけど、凄くすごい、すごくすごい。改めて。

会場にいる全員が完全に彼らの音楽に身を任せのっている中、空気をかえた『銀河』。どうしても、どうしても私はこの曲にかなわない。曲調でしょうか、自分自身の記憶からでしょうか、それともまた違う何かですかね、私はこの曲の前では完全降伏、感情が、私の素直な感情が晒される。この一週間、そしてこの瞬間まで、ずっと気を張っていた。楽しみな気持ちや忙しさに隠れていた不安感や緊張、それらがゆるゆると解けて、安堵のような感情。そして、広がりをみせる鋭児の音楽への感動と、その音楽をこうして現実のものとして受けている事への大きな幸福感。泣いてしまった。前回の下北沢shelter、視界が歪んで、感情の波が押し寄せて、それに耐えようとした。違った。気づいた時には切られていた、みたいな漫画やアニメのあれと同じで、気づいたときには泣いていて、それが分かった瞬間、堰を切ったようにすべてが流れ晒され表れていた。『銀河』、ほうんとうに銀河だ。いや、そうなんだけど、ほんとうにこれは、銀河だ。チョコレートと音楽の質量についての私の考え、数人にしたことがあるでしょ?これ読んでるか分からないけど、この曲がまさにそれなんですよ、伝わるといいんだけど。

最後に『$uper$onic』、ライブど定番。いままで音源になかったけど、私がいつまでもこのnoteを書き直している間に3EPリリース決定、素敵!一足先にBEYCAMPでゲットしていたのでこれを書き終えたら聴こうと思う。Zionで「イントロから踊れる」って言ったけど、この曲のイントロもめちゃくちゃかっこいい。全員でバチンとはめる4音、そこから速度を落とさず全速力で駆け抜けていく、たまらなくかっこいいね。響一さんの首、そのまま根っこから取れちゃうんじゃないかって心配になるくらい振っていて、少しグロさすら感じる。$uper$onicのベースめちゃくちゃ好きで、どの部分を切り取っても最高にいい。心臓拍動促進、瞳孔拡大、血圧上昇、交感神経フル稼働、副交感神経の出番なし。自律神経の拮抗が成り立たなくなってしまうみたい。

終演後お話しして、来たことと良かったということを伝えられた、と思う。鋭児を好きでいる自分が好きで、あんまり自分を好きだと思うことないけど、でも、夢中になっている自分を好きになれたし、許せている。ヒーローですね、大袈裟に聞こえるでしょうか。大袈裟になってしまうくらい私への影響が大きいのですよ。

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18:00chapman、一番前にいた人たちみんな見覚えのある人たち。私はまだであったばかりだけれど、こんなに愛の強い人達に応援されているchapmanのすばらしさに気づけたこと、うれしく思う。約22時間ぶりの彼らの演奏、まちがいないね。 『JAM』始まりのステージ、始まったのはうれしいけど、終わっちゃうことを考えて、余計なこと考えちゃってごめんなさいだけど、少しさびしさがあった。そういえばどいさんのソロの時も「D・O・I」って言うし、JAMも「J・A・M」って言ってて、あれかな、アルファベット三文字は分けて言うのが好きなのかな。

本場の関西弁MCもおもしろかったな。やっぱりMCと曲の差異が大きい。誘惑のエチュードで理想郷としての幻想が美しくあればあるほど現実の枯渇や色のなさが際立つと感じたように、面白さや変な部分を感じるほどに美しさや繊細さ神聖さが際立つのだと思う。見聴きするたびに重みを増すといったけど、自分の記憶や思い出が詰まっていき濃度が濃くなっていく、そんな感じ。これは失礼になるかもしれないけど、あまり聴いてしまって感覚が薄まるのが怖くて、音源を聞けていない。その分毎回のライブでしっかりと刻んでいる。緩やかで悠然とした彼らの音楽にいつまでも飲まれていたい。そう、あと、『yoake』頭、よくわかんないんですけどアレンジですか?あれはあれでいいよねって話してましたよ?

苦悩や世の中の諦めがchapmanによって救いや美しさに昇華される。音も言葉もいい、文学的というと違いますかね?藝術になるんですかね?藝術は理解されずとも受け入れられるような、理解できないほどの、、みたいなところあるけれど、この音楽は分からずとも感覚的にいいと思えるから、藝術とはちがう気がします。あえて同じ言い回しをするなら、美術になるのでしょうか。藝術的であり美術的であるような、そんな。なかなか難しいね!好きです、とてもかっこよくて、白い。

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よかった。私は彼らを、本当に、バンドとして人として尊敬している。こんなに夢中になって、後先考えず行動できるような自分になれたことが嬉しいし、嫌いなところだらけの自分を少しだけ好きになれる。自分自身への愛まで教えてくれるんですね。これもまた勝手に受け取ったものですが。ああ。ほんとうに、こころから、ほんとうに出会えてよかった。行けてよかった。


初遠征、移動以外で遠征を感じることはなかったけど、事実として私が好きなもののために狂えるという事が証明され、やっぱり、頭がおかしくなったのはこの音楽のせいで、それが、愛しくありがたく誇らしい

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