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大切な人が死んだからって、人は変わらない―映画『凪待ち』

その男は高校を卒業してすぐ、大企業に入社した。

周囲が大学卒の優秀なやつらばかりで、負けるもんかと、人の一倍仕事をした。稼いだお金の多くは田舎に残った母に仕送りした。

しばらくして男は結婚した。二人の子供を授かり、家族を養うために今まで以上に仕事をした。手のかかる小さな息子二人を妻に任せ、休みもなくひたすらに働いた。自分自身が小さい頃にお金で苦労したから、息子たちにはお金で苦労をさせたくなかった。

家のことは全て妻に任せ、朝から晩まで働いた。完全にワーカホリックだった。

ある日、妻が体調を崩した。
妻の身体を気遣いながらも「今は大事な時期だから仕事は休めない」と言う男を、妻はいつでも明るい笑顔で見送った。男が家を出た後、妻は辛い身体を押して、手のかかる小さな息子たちを世話し続けた。


そしてある日、妻が死んだ。

原因は過労だった。駆け付けた男は、深夜の病院で人目もはばからずに泣いた。


この男とは、私の父である。

手のかかる小さい息子の一人が私だ。父の涙を見たのは、先にも後にもこの時だけだった。


大切な人の死を経て、父は自分の働き方を見直し、ワーカホリックな生活から脱し、息子たちと慎ましく暮らした・・・


わけがなかった。

今まで以上に仕事にのめり込んでいった。幼い息子たちを親戚に預け、父は朝から晩まで働いた。父と息子が会うのは2~3ヵ月に1回くらいだった。


***

映画などでよく「大切な人の死をきっかけに変わった」というストーリー展開を見るが、現実ではそんなことは滅多にないと思う。なぜそんなにも人の死を美化したがるのだろう。


そんなことを考えながら観た、映画『凪待ち』は良い意味で期待を裏切ってくれた。

(映画.comより)


その男はギャンブル依存症で、癇癪持ちだった。名前を郁男という。

どうしようもない男だった彼を救い出してくれた恋人とその娘と、恋人の故郷である仙台石巻に移り住む。地元の印刷工場で真面目に働き始めるも、次第に恋人に隠れてギャンブルを再開してしまう。

そしてある日、夜になっても帰ってこない娘を二人で探している時に口論になり、乗っていた車から恋人を降ろしてしまう。

そして翌日、恋人が死体で見つかる。何者かに殺されたのだった。


大切な人の突然の死。
車から降ろさなければ、口論にならなければ、石巻に戻ってこなければ、そもそも出会わなければ。
郁男はこれまでの自分を悔い改めて、ギャンブルから脱し、残された恋人の娘と中睦まじく暮らす・・・

わけがなかった。

郁男はただただギャンブルにのめり込んでいく。仕事がない郁男のために知り合いが工面してくれたお金をギャンブルに突っ込み、恋人の父が船を売って作ったお金をギャンブルに突っ込み、その結果ヤクザに拉致られボコボコにされ、どん底にまで墜ちていく。

そんな彼を変えたのは、残された恋人の娘と、恋人の父であった。
郁男と恋人は婚約関係ではなかったので、二人にとって郁男は他人だった。その気になればいつでも彼を見限ることはできた。しかし郁男を見放さなかった。

二人に影響され、次第に郁男は変わっていく。予告やポスターでは散々「殺された」と死を煽っておいて「死」を美化せず、生活の中で変化していく展開に感心してしまった。

そして変わった郁男が出した答えは・・・ぜひ映画を観てほしい。


***

あれから二十数年、父も私も大切な人の死ではなく、生きている人たちによって、少しずつ変わりながら生きてきた。

父は変わらず仕事人間ではあるが、新しくできた大切な人と楽しい日々を過ごしているようだ。息子の元には毎月のように近況報告やお酒の誘いが来る。

息子たちも社会に揉まれながら、何だかんだで生きている。ひとりは狭く、もうひとりは広く、他人と関わりながら生きている。

「死」はただの現象であり、それ以上でも以下でもない。結局、人を変えることが出来るのは、生きている人だけじゃないだろうか。

これからも人と関わることで、変わりながら生きていく。死ぬまで。


編集:アカ ヨシロウ

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真央

真央と書いて、まさおと読みます。会社員をしながら、たまにライターをしてます。教育、進学、映画、渋谷周辺、飲み屋、の話が多め。「日刊かきあつめ」という駆け出しのライターたちによる毎日更新の共同マガジンをやっております。

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