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狂うほどの愛:映画『君が君で君だ』

先日、日刊かきあつめの記事でこういう話を書いた。

要するに、恋愛映画が苦手だという人は、恋愛の中に潜む狂気に注目して観ると面白いよ、という話なのだけど、正に最も狂気に満ちた恋愛映画をみつけた。

それが『君が君で君だ』である。

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(公式HPより)

3人の男が惚れてしまった女性のことを10年間、向かいのアパートでただただ「見守っていた」という話。

ここからはネダバレ全開で「狂気」について解説するとともに、この映画のポスターに書いてある「この愛は純情か、それとも異常か」について述べたいと思う。

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ある事件をきっかけに男たちのストーカー生活が他人にバレてしまい、男たちは愛情を試される。

彼らが守ってきたルールは、惚れた女性(彼等は彼女を「姫」と呼ぶ)と同じ生活を過ごし、決して干渉しないということ。

だから彼女の家に盗聴器をしかけ、彼女が辛ラーメンを食べれば一緒に食べ、トイレに行けばトイレに行き、外出をすれば後をつける。

そして干渉しない。

彼女が困窮しピンサロで働こうと、紐の彼氏に殴られようと、挙げ句の果てには姫が自殺をしようとも、ただ歯を食いしばって祈り、踊り、見守る。

狂気も狂気、異常も異常。彼らの生活を見て「気持ち悪い」と思うのが正常な反応だろう。しかし、純情の意味を調べると(素直で邪心のない心。いちずな愛情)とある。そう考えると、彼らの愛は純情だったと呼べるかもしれない。

つまりこの愛は純情であり、異常なのである。


”恋に狂うとは、ことばが重複している。恋とはすでに狂気なのだ。”
ドイツ詩人 ハインリヒ・ハイネ

それほどまでに誰かを愛し、または誰かに愛された関係の終着点とは?

答えはぜひ映画をご覧ください。

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