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リトル・ドラゴン③

3.「27km」

火星は地球の4分の1程の表面積で、とても希薄な大気に包まれた星だった。巨大な岩石によって形成され、表面は赤い酸化鉄の砂で覆われていた。

船外作業用のスペーススーツを着ている限り、気温を感じる事は出来なかったが、太陽からより遠い分、地球と比べて70度近く低いはずだった。

また、その軽い重力の為に、普通に歩く事は困難で、人が火星で作業する際は、ぴょんぴょんと跳ねるようにして移動するのが常だった。

マルコの「魔法」によってワープした宇宙船は一瞬のうちにこの赤い惑星に到着していた。
初めて地球以外の星にやってきた僕は、窓から見える壮大な山々に見とれていた。
そこに広がる山脈の高さは地球のそれとは全く比にならなかった。

「もしかして、これがタルシス高地?」
しばらく言葉を失っていた僕がきいた。

「そうだよ。」マルコが頷いた。

僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「という事は、あの1番大きな山は、、」

「オリンポス山だ。」
マルコは窓を深く覗き込むようにして答えた。

僕は再び発するべき言葉を失くした。
オリンポス山は火星にある火山の一つで、その標高はなんと27kmにもおよび、太陽系最高の山だった。
「驚いたなぁ。高いなんてもんじゃ無い。すっごくおおきな壁かと思った。」
余りのスケールに思わず笑ってしまいそうになりながら、僕も窓の側まで行って見えるはずのない頂上を探した。

マルコはドンっと音を立てて、操縦席から降りると
「さあ、ここにいても仕方ない。外に出よう。早く船外用のスーツを着てくれ。」
と言い、僕を置き去りにして、外に出るドアノブに手をかけた。

「え、ちょっと待ってよ。」
僕は急いでスペーススーツに着替えてマルコの後に続いた。

宇宙船の外に出ると、そこには赤い砂が舞う、山と平地以外何もない世界が広がっていた。窓を通すと圧巻だった景色も、今は殺風景という印象に変わっていた。僕の胸には再び地球への郷愁が滲み出していた。

「で、どうするの?」
僕が聞くと、マルコはその柔らかそうな毛で覆われた羽根を何度か揺らした。

「この山に登るに決まってるだろう。」
1足す1は2に決まってるだろう。ぐらいの感じで、小さな龍がニコリと笑いながら言った。
「の、登る?この、オリンポス山に?」
マルコは両肩をグルグル回しながら「そう。」と答えた。
「いやいやいや。27キロだよ?マルコ、僕に登れっこ無いよ。」
肩を回すのをやめ、今度は目をくるくると回しだした。
「登れるさ。近道があるんだ。ちょっと道は危ないけど、僕がいるから安心してよ。」
「近道って言ったって、そんなのどこにあるんだよ。」
「あるの。いつだって大切なものは見えないところに隠れているもんだろ。」
半分僕を茶化すようにマルコは答えた。
「でもさ、どうして登らなくちゃいけないの?君のいう『ほんとうに大切な事』がそこにあるの?」
「そういう事さ。その為にここに来ているんだから。」マルコは目を閉じた。さすがに疲れてしまったのかも知れない。そっと瞼を抑えながら「あとはまぁ、」と続けた。

「僕の友達でちょっと困ったヤツが居てさ。僕だけじゃどうしようもないから、一緒に行って話を聞いてやってほしいんだ。」
「困ったヤツ?って、どんなふうに?」
僕が聞くと、マルコは笑いを堪えるようにしながら、
「このオリンポス山のてっぺんで暮らしてるライオンが居るんだけどさ、ここのところ、ずーっと泣いてばっかりなんだよ。ギターを弾きながらね。」
と言い「あっはっはっは!」とついに笑いだしてしまった。

「ライオンだって?そんな、ライオンがギターなんて弾けるわけないだろう?」

少し笑いすぎたマルコは手で涙をふきながら
「ポール、君がそう思うのも無理はないけどさ。ここは君の知っている世界とはだいぶ違うんだ。龍が喋ってるんだよ?ライオンがギターを弾いたって何もおかしくないさ。」
と言い、おどけるようにその両手を小さく広げる仕草を見せた。
「そりゃ、そうかもしれないけど、、」
考えてもなんとも奇妙な論説だったけど、僕は渋々頷くよりなかった。なにより、もう引きかえす方法を僕は持っていない事を忘れてはいけなかった。



それから、僕らはオリンポス山を登り始めた。標高27kmという数字はどこまでも僕を圧倒したけれど、地球に比べて半分以下の重力の為に、案外簡単に硬い岩の上を進む事が出来た。マルコは僕の少し前を飛んでいた。あんなに軽々と飛べるのなら、その背中に乗せてくれても良さそうな気もした。
おそらく、山の3合目辺りに来た所で、マルコが「ポール、ここだよ。」と言って止まった。見ると、マルコは右の斜め上の岩肌を指差し、その先には僕の背丈よりも少しだけ大きそうな洞穴が口を広げていた。

そこが、マルコが言っていた「近道」だった。僕が洞窟の入り口まで辿りつくと、「この穴の中は外の世界と少しだけ違う時空で作られているんだ。長さは2kmぐらいしかないけど、一気に頂上まで行ける。まあその分、重力は地球と同じぐらいになっちゃうんだけどね。」とマルコは言った。いつの間にか、彼はまた少し真剣な表情を浮かべていた。「うん、わかった。行こう。」僕が言うと、やはり幾分浮かない顔のマルコは「うーん。」と唸った。「どうしたの?早く行こうよ。お腹空いちゃうよ。」僕が笑いかけると、「うん、そうだね。行こう。ごめん、ちょっといやな事を思い出しちゃったんだ。」
「いやな事?」「まぁ、この中の道はさ、平坦な一本道なんだけど。奥に住みついてる厄介な奴らが居るんだ。」「なんだい?その厄介な奴らって。」「ううん。いや、大丈夫。とりあえず、進みながら話そう。きみ、お腹空いちゃうもんね。」
マルコはまたニコっと笑った。でもそれは明らかな作り笑いで、僕はとってもいやな予感がした。

凍りつきかけた僕にお構いもせず、マルコはスタスタと洞窟を進み始めた。慌てて僕もその後に続いた。ここで1人取り残されたら、絶対絶命なのは間違いなかった。

洞窟を進むと、直ぐに真っ暗になった。マルコはそこで周波数の話をしてくれたり、気を紛らせようとしてくれたけど、僕の心に巣くった不安は気味悪く残り続け、だんだんと侵食していった。

その後。僕は普段の生活の中で、あんまり予感なんてないし、あってもまず杞憂に終わるのだけど、そこでは、バッチリ的中する事になった。
#小説

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