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リトル・ドラゴン①

「リトル・ドラゴン」

1.「2167年のGOD ONLY KNOWS」

そこはまだ名前も無い暗い海の底のようだった。

僕はもう何時間も、たった一人でこの真っ黒な宇宙空間を飛んでいた。いくら人見知りの僕だって、こんなに小さな宇宙船に乗っているとさすがに寂しさにおそわれる。だけど、そんな時はビーチボーイズのgod only knowsという歌を口ずさむ事にしていた。

**I may not always love you.

君をいつでも愛しているわけでもない、のかもね。

god only knows what I do without you.

君なしで僕がどうなってしまうか。
きっと神様だけが知っている。**

美しいコードと悲しげな歌詞を3分間に詰め込んだ見事なポップソングだ。ブライアンウィルソンはその壊れそうな精神世界の中で、誰を思ってこの儚い夢のような歌を書いたんだろう。

200年も前の天才音楽家に想いを馳せていると、その孤独の一部に触れたように思えて、いまの僕の寂しさは少しだけ影を潜めてくれた。

しかしながら、正直に言って状況はかなり最悪だった。

僕の船は当初計画されていた軌道を大きく外れ、今はもうどこを飛んでいるのかも分からなくなっていた。

積んでいる食糧もあと一週間もつかどうか、といったところだし、地球の管理センターとの接続も3日前に途切れたきりだった。

つまるところ、絶望的なまでに、地球に帰れるあてがひとつもなくなっていた。

この無重力空間の中で、食べる物をなくした後、人がどのくらい生き延びることが出来るのか、どこにも実例がなく全く分からなかったけど、僕の人生は残り10日程しかないと推測していた。

いっそ慌てふためいて気が狂ってしまえれば 良かったのだけれど、僕の心の半分以上はなぜか静けさが占めていた。これから先、短いにせよ、生きている間に誰にも会わなくて良いというのは、ちょっと素晴らしいとも思えなくもなかった。



ドンドン

リトルドラゴンがやって来たのは、僕がちょうど100回目のgod only knowsを歌い終えた後だった。

ドンドンドン

誰もいるはずのない宇宙空間の中で、
ドアをノックする音が聞こえた。

もちろん僕はかなり驚いた。
カメラは壊れていなかったし、センサー系も正常に動作していたから、何かが船に接近して来たらすぐにブザーが鳴り、僕も気がつく事が出来るはずだった。

音がする方のカメラディスプレイに目をやると、そこには、見たことのない一匹の小さな生き物、が映っていた。

「え?」

僕の脳みその中にある記憶や知識を全部引っ張り出して、その生き物に1番近いものを探すと、おそらく龍、だった。それもかなり小さめの。

二枚の羽根を忙しく動かしながら彼はフワフワと暗闇に浮かび、大きな目をパチクリさせてカメラの方を覗き込んでいた。古い中国の絵に書いてあるようなオドロオドロした怖い姿ではなく、どちらかと言うと、犬や猫に近い可愛らしい顔をしていた。

ドンドンドン。
ドンドンドンドンドンドンドン。

僕が彼を招き入れるか考える余地も与えないまま、その小さな龍は船をノックし続けた。

「分かった分かった、今開けるよ」

奇妙な来客に心底慌てながら、僕は入り口のドアを開けた。

「やあ、ホントに困るんだよね。」
中に入ってくるなり、挨拶も無しに彼はそう言った。小学生くらいの男の子みたいな声だった。

「こ、困る?何が?」
僕が言うと彼はまるで「やれやれ」とでも言うかのように肩を落とし、首を振った。
背丈は中学生くらいで僕よりもだいぶ小さかった。

「っていうか、君は誰なの?なんだか、その、龍みたいに見えるけど?」
彼は再び首を振った。
「や、これで龍じゃなかったら逆に驚きだよ。ワレワレハウチュウジンダ。とかやればいいわけ?君たち地球人はホントにあれ好きだよね。悪いけど、全然面白くないよあれ。僕はれっきとした龍です。リトルドラゴンという種類の小さなドラゴンです。」
喉に指の側面をトントンしながら彼は一気にまくしたて、
「名前はマルコ。マルコポーロのマルコ。」と続けた。

「マ、マルコポーロ?」

「いや冗談だから。関係ないに決まってるでしょ。宇宙で飛んでる龍にマルコポーロの名前付ける親いないから。いちいち信じないでよ。やりづらいなぁ。」

マルコはよく喋る龍だった。

「で?」
とマルコは言った。
かわいい顔に似つかずしかめっ面をしている。

「え?」
「え?って。君の名前だよ。僕にだけ名前言わせてそれで終わり?冷たくなったもんだな、地球人も。」
「あ、ああ、ごめん。僕はポールだよ。ポールマッカートニーのポール」

「ふーん、ポールね。」
マルコは僕の隣に腰掛けた。ビートルズは知らないみたいだった。

「あの、さっき困るって言ってたけど、僕、なにかしちゃったのかな?その、正直、自分でもどこを飛んでるのか、分からなくてさ。」
僕は言った。

「僕そんな事言ったっけ?覚えてないな」

「え、だってついさっき、、」

「それより、君、迷っちゃったの?」
マルコは船外作業用のアームをレバーで動かしながら言った。

「まぁ、そんなところなんだ。カッコ悪いよね。でも、なんていうか、無意識だったにせよ、君達の領域に入ってしまったのなら、申し訳ない。あの、すぐに、出るから。」
僕がそう謝ると、マルコは1度鼻で笑うように「フッ」と言ってから、
「あのさあ、領域とかそういうの、この宇宙にはないんだよ。宇宙自体がどんどん膨らんでるし、この銀河もぐるぐる廻りながら飛んでる。そんな中で領域とか言ってるのは、宇宙広しといえど、地球人くらいだろうな。ナンセンス極まりないけど。」と続けた。

僕は黙るしかなかった。

「そんな事より、君、家に帰れなくって困ってるんだろ。それなら助かる方法が一つだけあるよ。」
レバーから手を離し、マルコは僕を見つめて言った。

助かる方法?僕がこの状況から?

「僕が今から『ほんとうにたいせつなこと』の話をする。その後で、魔法の呪文を教えるから、君はそれを唱えればいいんだ。」
マルコは僕の目を真剣に見つめてそう言った。
彼の真面目な表情にも、また彼が今発した言葉達にも僕は吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
「なに?魔法の呪文だって?そんなのないに決まってるだろ。」
僕がこう言うと、マルコはさらに険しい顔つきをした。

「笑うな。」「僕だって遊びでここに来てるわけじゃないんだ。」

「ごめん。」僕は言った。

「ポール、さっきから気になっていたんだけど。」マルコは少しだけ声を和らげて言った。

「何が?」

マルコは僕の目を再び覗き込むようにして、こう言った。

「君は本当に、地球に帰りたいと思っているの?」
#小説

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