尺貫法

人間の尺度-「坪」と「モデュロール」

度量衡(どりょうこう)という言葉がある。現代では、長さ(度)はメートル、堆積(量)はリットル、重さ(衡)はグラムとされる。
これらは現代社会や都市においては、全ての基準となっている単位である。

地球の大きさを基準につくられた「メートル法」

そもそも長さの単位、メートルというのはどう決まったか。
今日、世界共通となったメートルは、世界中でバラバラだった長さの単位を、フランスの科学者らが、北極から赤道までの距離を当時の測量技術で1万kmとし、その1000万分の1を1メートルとしたことに始まる。これは1875年国際会議で「メートル条約」として成立し、日本はこれに1885年に加盟、1886年に正式に公布されている。世界の長さの基準を明確にするために、1メートルの物差しとして、メートル原器がつくられ、加盟国に配布された。
ちなみに、北極から赤道までの長さは測量技術の進歩によって、1万1.97kmと約2km長いことが分かったが、1メートルの長さは変わらなかったという。

その後メートル原器は熱や時間経過による変形など正確性に問題もあり、1960年にクリプトン86原子のスペクトル線の波長を用いて定義された後、レーザ技術を用いて、1983年「光が真空中で1/299,792,458秒間に進む距離」と再定義されて、現在に至る。物理法則に基づいた定義により、時間が経っても変化しない信頼性の高い基準として定められた。

センシャスな単位の「尺」と「坪」

伝統的な度量衡の単位は、科学的方法ではなく自然発生的で人間的だ。
「尺」という字は、人が手のひらを広げた時の形という説があり、人差し指から小指までを揃えて、親指を一杯に広げた時の、親指の先から中指の先までの長さを古代中国では「尺」という単位として使われていた。人の手の大きさという曖昧な単位は、あらゆるものに対して絶対的で統一的なものではなく、便宜的に様々なもの毎に定義され使われていた。

手の大きさから決めた「尺」以外には、人の歩く歩幅から定めた、6尺正方形を「1歩(ぶ)」とする土地の面積とする単位もあったという。この「尺」は、中国・周の時代、人の歩く歩幅の1歩の長さを1尺として、メートルに換算すると約30.3030....cmであった。6尺=181.8...cmとなり、「1歩(ぶ)」= 6尺 × 6尺 = 3.30578㎡という計算になる。この3.3㎡、現代でも見覚えのある「1坪」となる。つまり「1坪」=「1歩(ぶ)」=「六尺平方」ということになる。
現代でも「坪」という単位は未だよく使われる。古くから建物をつくる大工仕事は現場で継承され、その古くから続く習慣や伝統が今に伝わっているということに加え、「1坪」というのは、約1.8m×約1.8m、人が手足を伸ばしてゆったり寝られるくらいの人間的なサイズで感覚的な馴染みやすさもあるだろうといわれている。
ちなみにヤード・ポンド法のフィート(feet)という長さの単位は30.48cmだが、これも人の歩幅に由来しているという。

大工の道具としても見覚えのあるL字型の定規「曲尺(かねじゃく)」は、長さを測ることや建築のための巧妙な計算尺としてつくられ、この「尺」の長さは、土地の面積と同じ1尺=30.3030cmとされていた。建物を測る単位は土地の面積を測る単位に合わせるのが合理的であった。人間のサイズに扱いやすいサイズとしても考えられていたともいう。この名残が、日本人の多くが小さいころに触れたことがあるだろう木製30cm定規にもみられるそうだ。

この曲尺は、振り返れば、8世紀初め、遣唐使が建築技術とともに朝鮮半島から日本に持ち帰ったことで伝わったという。701年大宝律令の制定により、曲尺の長さも規定された。いわば日本の公用尺となったわけだが、これがほぼ同じ長さのまま、現代に続いている。大宝律令に規定された後、「京都系の竹尺」と「大阪系の鉄尺」に分かれ、竹尺が2.1mm長いだけの違いでしかなかったが、全国的な統一を図らなければならない人物がいた。日本地図を作った伊能忠敬だった。全国測量を行うにあたり、統一的な長さが必要だったため、竹尺と鉄尺の長さを足して2で割った新しい「1尺」を作った。
この「折衷尺」を、1875年(明治8年)「度量衡取締条例」で規定し、先述した1886年(明治19年)日本のメートル条例加盟・公布の後、1891年(明治24年)「度量衡法」制定の中で正式に1尺の長さをメートル法で定義した。この新しい単位を「メートル法」に対して「尺貫法」と呼ぶようになった。

こうして長さの主要な単位として出そろった「メートル法」と「尺貫法」であったが、1959年(昭和34年)計量法が制定され、「尺貫法」は公的取引には使えなくなり、現代ではグローバルスタンダードとなった「メートル法」が世界共通で使用されている。

現代の「人間の尺度」を提唱した『モデュロール』

メートル法が世界基準となる中、人間のサイズを単位の基準として提唱したのが、ル・コルビュジェである。コルビュジエは、人体の寸法とフィボナッチ数列、黄金比に基づき、人が立って片手を挙げた時の指先までの高さを226cmとし、それをもとに黄金比で割り込んで単位をつくった。 ル・コルビュジエはモデュロールのことを「建築や、その他の機械の設計に普遍的に適用できる、人体の寸法に合わせて調和した寸法の範囲」と評している。Modulorは、フランス語のmodule(モジュール・寸法)とSection d'or(黄金分割)から作ったル・コルビュジエによる造語である。「モデュロールⅠ」を1948年に、「モデュロールⅡ」を1964年にそれぞれ出版している。

「人間の尺度」で都市を作ったとしたら

メートル法は、地球の大きさという人間離れしたサイズを基準に決め、さらに物理法則に基づいて厳密な単位だからこそ、世界基準になった一方で、人間の大きさや感覚との関係を断ち切ったともいえる。

都市の中の主な要素である建築物や道路が新しく整備されるとき、道路法や建築基準法などの様々な法規のもと、全てメートルの単位を用いて、2.0m、3.0m、4.0m・・・とキリの良い数字でその大きさが設計されている。それは課題解決を最優先とされた時代に、安全性や秩序をつくり、画一化した都市を生産していく際に効果的かと思われる。一方、成熟した都市で、本当に人にとって豊かな暮らしは何かとを考える際、尺貫法やモデュロールといった「人間の尺度」をの視点を持ってみてもよいのかもしれない。

Edward T. Hallの著書「かくれた次元」で示される、他人との距離と空間領域の考え方「Proxemics」は、人間の尺度をメートルに換算しているとも見えてくるのだが、世界の都市プロジェクトではこうした尺度の視点も取り込まれている例も出てきている。

メートル法がスタンダードで育った若い世代、当たり前に使っている無味乾燥な単位の見方も少し変えてみてもいいかもしれない。


参考・引用:ニッポンのサイズ 身体ではかる尺貫法(石川英輔・講談社・2013年1月1日発行)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?