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小説「彼女は狼の腹を撫でる~第7話・少女と三日月と暁の星・後編~」

私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、狩狼官。
母の持ち出した狩狼道具を回収するために、タヌチャッチャ地方の大森林に来ている。タヌチャッチャ地方は元々タヌキの生息地で、そこにサキガケという東方からやってきた半人半獣の種族が住みつき、現在は神聖視している樹海を守っている。
そしてサキガケの若長ツキノワが所持している狩狼道具【剛腕のダッデルドゥ】だけど、色々あって彼本人の手により無残にも叩き壊されて、屋敷の中庭に鎮座する愉快に折れ曲がった腕形の置物と化してしまった。
なので、嘘泣きをして強引に返してもらおうと試みたけど、つい先ほどきっぱりと断られて、今はうどんを食べている。

それにしても、うどんというものを初めて食べたけど、麺はつるりと啜りやすく、汁はあっさりとしていて飲みやすく、これは今後も食べたくなる味と食感だ。後で作り方を教えてもらって、今度から下宿の朝食に加えるようにお願いしてみよう。
目の前のうどんには山菜が入っているけど、肉を入れても間違いなく美味しいと思う。

「もうすっかり日も暮れたから、今夜は泊っていくといい」

ツキノワの屋敷の余った部屋を用意してもらい、風呂に浸かり、お湯を溜めたタライに浸かるタヌキを撫でまわし、旅の疲れをゆっくりと癒す。
たまたま同じ自警団事務所と契約している元騎士の青年、レイル・ド・ロウンに連れられて来てみたけど、私がそもそも人のほとんどいない田舎で育ったからか、町での暮らしより森のほうが性に合っているかもしれない。
とはいえ、都会の便利さは何物にも代えがたい魅力があるのだけど。

体の芯まで温めて部屋に戻ると、ウサギのような耳を頭に生やした女、ダットサンが手招きしてきて、10人ほどの馬頭や牛頭やライオン頭など種類とりどりな、サキガケたちの宴会の場に案内してくれる。
レイルは酒に弱いのか、すでにすっかり酔い潰れていて、部屋の隅っこで虫のように転がっている。

「ヘイ、オジョーサン! お酒飲んじゃう? どーする?」
酒を勧めてくるのはダットサン。もしかしたらダットさんかもしれないと思ってたけど、正確にはダットサンさん。サキガケと私たちは元々扱う言語が異なるのか、喋りがそこかしこで片言だ。
でもそこがかわいいと思う、うさぎの耳の力も含めて。

「こら、子どもに酒を勧めるんじゃない」
そう諫めるのは若長のツキノワ。熊の頭に身長2メートルを大きく上回る巨躯、肌は黒鉄のような色で胸板に刻まれた三日月のような大きな傷跡。おまけに大型の機械を素手で叩き壊す怪力。見た目通りの、いや、見た目以上のまさに怪物だ。
ちなみに熊を触ったことはないけど、ツキノワの毛並みの触り心地は、例えるならば鉄だ。ごわごわと細かく隆起した金属を触ったらこんな手触りだろう。
もっと大型犬のようなモフモフ感を想像してたから、少し残念でもある。

「それでだ。実は君らに、といっても片割れは酔い潰れているが、代表して君に話しておかねばならないことがある。外が明るくなるまでは、屋敷から外へは決して出てはいけないということだ」
ツキノワが神妙な――私は別に熊の表情鑑定士でもなんでもないが、あえて例えるなら神妙な――表情で、屋敷の外と自分たちの姿を交互に見遣る。
「それにはまず、なぜ某たちが獣の顔をしているかを語らねばならない」
「あの、初対面の人間にそんな秘密めいたことを喋ってもいいの?」
仮にもし、他言無用な秘密だとしたら私だって聞くのは御免だ。話したら足を折って二度と森から出さない、なんて条件を後から付け加えられたりしても迷惑でしかない。

「安心しなさい。別に誰に聞かれて困る、というものでもない。事実、君の母君も、君らの暮らすノルシュトロムのお偉方も、他にも友好的な振る舞いをしてきた者など、存外大勢が知っていることだ」
ちなみにノルシュトロムというのは、私やレイルの暮らす町のこと。この森を出て、距離にして大陸横断鉄道で丸二日の地点にある大陸5大都市のひとつだ。


「某たちは300年ほど前にこの大陸の向こう、海を隔てて東の島国から流れ着いてきた。今では考えられないような血で血を洗う戦乱が繰り広げられ、土地は麻のように乱れ、水は川の上流まで赤く染まった。某たちサキガケは、この大陸でいうところの騎士とその家族のようなもので、戦で死ぬことこそ本懐だと信じて戦い続けた」
しかし、そうはならなかった。彼らは今こうして目の前で生きているし、つい先ほどまで食事を摂り、今も語りながら酒を喉の奥に流し込んでいる。

「しかし理想と現実は異なるものだ。胸に致命傷を負って命が尽きようとする、まさにその時、胸の奥から込み上げてきた想いは、待ち焦がれていた名誉の死ではなく、惨めでも縋りつくような生への渇望であった。まだ死にたくない、そう願いながら地に伏せ、己が血の海に沈み、次に目を開いた時には戦は終わっており、巨大な蛇が這った後のような何も残らぬ大地に立っていた」

そしてサキガケたちは偶然なのか呪いなのか、悪霊にでも憑りつかれてしまったのか、とにかく新たに得た命を大事に費やそうと、一時戦乱の故郷を離れた。
中には拾った命を主君のために燃やすのだ、という者もいたが、彼らはみんな半人半獣の奇妙な姿。
こうなってしまっては主君の下にも戻れない、今はとにかく元に戻る方法を探そうと説得し、海を越えてこの大陸へと流れ着いた。

その後、タヌチャッチャの深い森の中でひっそりと暮らし始めたが、思いもよらない事態が起きた。
10年、20年、さらに長い悠久のような年月を経ても、彼らは一人として死ぬことがなかった。彼らは命の循環から外れてしまったのだ。死ぬこともなく、子を成すことも出来ず、人の姿に戻ることも出来ない。
そんな苦悩と焦燥の中、やはり自分たちは本懐を遂げるべきだったのだと言い出す者たちが現れた。
元は同じ主君に仕え、同じ釜の飯を食った者同士が互いに争い、斬り合い、やがて袂を分かった。

それがモノノフと自称する武装集団であり、今もなお戦いを仕掛けてくる厄介者なのだ。


「そのモノノフたちが数日おきに夜襲を仕掛けてくるのだ」
「でも、ダイジョーブ! 数はサキガケの方が多いから、屋敷の中は安全だヨ! それに怪我しても3日もあれば治るから、いざとなったら盾になるヨ!」
ちなみに長年の研究により、サキガケは首を落さない限りは死なないことが判明しているそうだ。これは彼らの死のイメージが斬首であることが大きいらしい。確かに不死身といっても首を刎ねられたら終わり、という気はする。
腹を裂かれようが腕が落ちようが、喉を貫かれようが頭を割られようが、彼らにはそれほど大きなダメージではない。やがて治る傷でしかないのだ。
いや、私だったら絶対嫌だけどね。痛いのに変わりないし。

私は念のために緩んでいた感覚を研ぎ澄ませ、いつ訪れるのかわからない夜襲に備える。
ちなみにレイルは部屋の隅で転がったまま、呑気に涎を垂らして眠っている。今夜の彼は一切役に立たないだろう、元々そんなに期待してないけど。
他人の戦力なんて端から計算に入れてはいけないのだ。

「ハラミは腹の肉と見せかけて実は背中側です」
なにを言ってるんだと振り返ると、酔っ払い元騎士は寝返りを打って床に突っ伏す姿勢で、むにゃむにゃと寝言を発している。
そういえば汽車に乗っている最中も、突然『牛は寝かせれば寝かせただけうまくなる』とか、本当か嘘か判別しがたいことを言ってた。
帰りの汽車もこの男より先に寝るのだけは絶対避けよう。万が一にも寝言を聞かれて、さらに笑いものにでもされたら、武器で殴ってしまうかもしれない。


「チェエエーイ!」

森の向こうから鳴り響く、猿の叫びのような怪音に思わず身構える。
その奇妙な音に反応して、ツキノワを先頭にサキガケたちが夜の森へ駆け出していく。音の主がモノノフなのか、サキガケたちの動きには一切迷いがない。
夜襲を仕掛けるなら黙ってこっそりと襲えばいいのに、とは思うものの、これもまた長く生きてきた者たちの流儀なのだろう。
どのみち私がとやかく口出しすることではないし、そもそも彼らは今の状況下では敵側だ。

夜の森の中で、猿の叫びと共に曲刀同士がぶつかり合い火花を散らす。
その一瞬の光を頼りに目を凝らすと、モノノフたちは同士討ちを避けるためか全員が猿のような面を被っていて、武器の柄を両手でがっちりと握り、肩の遥か上で垂直に構え、全速力で走り寄りながら刃を振り下ろす。
避けられようと斬られようと構わず、一撃に全力を乗せて放つ。自分が倒されてなければ、再び刃を掲げて振り下ろす。
ひたすらにそれの繰り返し。
単純だが、それゆえに強力な剣技だ。

叫びながら斬りかかる狂人狂獣の群れを、笑いながら押し返す半人半獣の戦士たち。
袂を分かち争う関係ではあるけれど、これでは一種の祭りのようだ。彼らの本能がそうさせるのか、命をそうそう失わない特異な体が痛みより喜びを勝らせるのか。

どのみち私には理解できない世界だ。

「ヘイ、オジョーサン! 私たちの戦いっぷり見てるカイ!?」
ダットサンさんが全身の返り血を撒き散らしながら、森の中から屋敷に飛び退いてくる。
どうやら曲刀が折れてしまったらしく、部屋の壁に掛けてある多くの武器の中から、穂先が鉤型の槍を抱えて、再び夜の森へと潜っていく。

「おう、見てるかい? たっぷり見物していきな!」
馬の頭をした男が、折れた槍を庭先で投げ捨てて、壁掛けの柄の長い刃物を持ちながら戻っていく。

「どうだ、3人倒してやったぜ!」
これはライオン頭の人。武器が壊れたわけでもないので、単なる自慢だ。

こんな具合に、実に楽しそうに、ひどく愉しそうに、一度目の夜襲が終了したのだ。



「ヘイ、オジョーサンも食べる? 腹が減っては戦は出来ぬだからネ!」

サキガケたちは頭から湯を被って返り血を流し、炊いた米をボール状や三角形に握った『おにぎり』を、運動した後の子どものように頬張っている。
このおにぎりというものは良い。米を丸めているので片手で食べられるし、中に具を入れてしまえば、朝食であればおにぎり単体でも成立する。大きく握れば弁当もこれひとつで事足りる。
なるほど、これは発明だ。うどんと一緒に下宿の女将さんに教えてあげよう。

「お客人、巻き込まれたりしなかったか?」
「はあ、お陰様で。連れはこんな状況でも寝てるけど」
レイルは部屋の隅でまだ寝転がっている。あれだけ大声や金属音が響き渡っていたのに、相当眠りが深いのか神経が図太いのか、単に疲れが溜まっているだけなのか。
「はっはっはっ、豪気でいいじゃないか。ちまちまと慌てふためくよりは全然いい、男は肝が据わってなければならん。つがいになるなら、こういう男がいいぞ」
「いや、まったくそういうのじゃないので」
ツキノワがおにぎりを二つ三つまとめて頬張りながら、熊の表情にはあまり詳しくないけれど、夜襲から後、明らかに笑ったような顔をし続けている。

「なんだか楽しそうだね」
「うん? 君らにはわからぬかもしれんが、こんなもの楽しくないわけがなかろう。首を落されない限り互いに死なず、戦いの愉悦を味わい続けられるのだ。お互い失うことのない戦いは最高の娯楽だ。おそらく人間がどれだけ文明を発展させても、最後に残る娯楽は殴り合いと酒のふたつだろう」
なるほど、そういうものなのか。
私にはやはり理解できない娯楽だけど、いや、後者の日がな一日酒を飲んでダラダラするは、成人した途端にやってしまいそうだから理解できるけど。

そういえばレイルとの出会いも、闘技場で彼の対戦相手に掛けて大勝ちしたのがきっかけだった。
この泥酔眠りこけ男もそっちの人種かもしれない。いわゆる痛みよりも楽しみが勝る種類。

「しかし奴はそれが解らんのだ。せっかく拾った命、奇跡的に手に入れた新しい生活、そのありがたみが解らずに、いつまでも再び戦って死ぬべきだった、などと……」
「奴って?」

ツキノワが遠い眼をしている。
その目線の先には深くて暗い森があり、数多の星を貼りつけたような夜空があり、胸板の傷のように欠けた月がある。

「奴は、ヒヒガシラは……モノノフたちの頭目だ」


その男は危うい男だった。
その男は自らの命を投げ捨てるように武器を振るい続けた。
その男は独特の叫び声から放たれる一撃必殺の技を磨き続けた。
その男は誰よりも先に敵に斬りかかり誰よりも先に命を落とした。
その男は狒々の頭を持つ半人半獣の姿に生まれ変わった。
その男は黄泉返りを恥として本懐を遂げるべきだと主張した。
その男は300年経った今もなお討ち取られることを望んでいる。


「馬鹿な男だ。奴だけが300年前から一歩も進めずにいる」

空はより深く暗く青みを失い、月は雲の陰へと姿を隠してしまう。
水底よりも深い闇の中で、その男は声も上げず音もなく、先程までとは打って変わって静かに近づいてきた。
その男の影を視界の片隅に捉えたその瞬間、私はツキノワに手を伸ばした。
森からは猿の叫びに似た独特の発声が矢のように放たれ、服の裾を捕まれたツキノワを除いて、すべてのサキガケたちが条件反射のように駆け出していく。

二度目、いいや、もっとずっと前の最初のものから数えると何百何千何万と繰り返された夜襲、そのどれとも異なる本当の意味での夜襲が始まった。

暗闇からの刺客が曲刀を鞘から抜き、頭上で構えることなく、そのまま下から斬り上げるように迫る。
不意を突かれて、ツキノワの右腕を半分ほど刃が通り抜けていく。
咄嗟に握った金棒を振り回して距離を取り、咄嗟に中庭へと向けて跳び退くツキノワ。
その方向を予想していたかのように、刃を振り下ろしながら左右を囲む猿面が4人。
その中心にいる髪の長い狒々の顔をした、最初に斬りかかった男がヒヒガシラだろう。

決して避けられない速さではなかった。おそらく今まで繰り返し続けた大上段からの斬り下ろし、それを馬鹿のひとつ覚えのように何百何千と繰り返すことで、下からの攻撃を選択肢から外したのだ。

「100年以上待った甲斐があった。無意味な夜襲を幾度も繰り返し続け、お前たちは疑いもしなかっただろう。ああ、今夜もいつもと同じ、正面からぶつかり合うだけの祭りだと」


その男は狡猾だった。
その男は機を伺い続けていた。
その男は繰り返される祭りの中で待ち続けた。

そしてその男は今夜、その本懐を遂げる。


屋敷の中を駆けるように打ち合いは続く。
ツキノワは怪我を負ったとしても打ち込む力は失われておらず、それがわかっているからモノノフたちも踏み込み過ぎず、冷静に距離を取って間合いを測る。
私の前にはモノノフがふたり、肩の上で曲刀を構えてじりじりと間合いを詰めてくる。
それはそうだ、こんな場所で傍観など許されない。

モノノフのひとりが踏み込んだ瞬間、私は背後から肩を強い力で押され、上体を45度ほど傾けた態勢で横に跳ぶ。
傾くことで生まれた後ろの死角だった位置から、矢のように放たれた槍の穂先が空気を弾くように貫き、モノノフのひとりの胸をぐるりと円を描きながら抉り、そのまま部屋の端まで吹き飛ばす。

「ウル、大丈夫か?」
「ずっと寝てるもんだと思ってたよ」
絶妙な奇襲で槍を放ったレイルは、私の肩を掴んで体勢を戻させて、独特の声を発しながら斬りかかるモノノフの刃を槍で受け止め、力で押し返し、体勢を崩した相手の喉を横一文字に薙いだ。
正直助かったけど、あだ名のように名前を呼んでもいいとは言ってない。

だけど、これで3対3になった。
といっても残る3人はモノノフの頭領に、おそらく彼らの中でも上から数えた方が速い、相当な手練れの者。

私たちは隣の部屋を迂回して中庭に駆け出し、レイルはツキノワの横で槍を構え、私は残骸と化したダッデルドゥに触れる。
手の平が触れた金属の感触から、冷たい鉄のずっと奥、そんなものがあるのかどうかわからないけど、機械の中に宿る魂に語りかける。

起きろ、お前はこんなところで眠っている場合じゃないだろう。

「すまぬ。安全だと語っておきながら、君らを巻き込んでしまった」
「詫びなら後で聞く。まずはお互い生き残ろうぜ」
ツキノワとレイルがお互いに武器を構えて、次の襲撃に備える。

「哀れなり。部外者の手を借りて、これ以上まだ惨めに生き永らえようなどと……この恥晒しが」
ヒヒガシラと配下の手練れが曲刀を頭上に構える。
「貴様はかつて我らよりも、サキガケの誰よりも強かった。だが簡単に死なないという安寧と戦いの本質から外れた愉悦が、貴様を弱くしたのだ!」
ヒヒガシラはレイルの突き出した槍を上から叩いて軌道を変え、ツキノワの振るう金棒を正面から受け流し、手練れが斬りかかるタイミングを作る。

だが、そのタイミングは私が潰させてもらう。

起動しろ、剛腕のダッデルドゥ――

かつて悪魔に憑りつかれた山賊の自由を奪っていた足枷と鉄球を改造し、再び自由を奪われてしまった巨大な腕の形をした狩狼道具は、ひしゃげた箇所を擦り合わせて、悲鳴のような怒りのような金属音を鳴らしながら、鎖に繋がれた鉄球が伸びた腕のようにモノノフのひとりを殴り飛ばす。
跳ね返り戻る勢いを加速に変換させて、人の頭よりもふた回りもその上も大きな鉄球は、弧を描くように屋敷の柱や壁を破壊しながらモノノフをまたひとり巻き込み、その体を遥か上空まで放り出す。

破壊力はブランシェット家の抱える武器の中でも3本指に数えられると聞いてたけど、私の想像よりもずっと上だ。
問題は、制御しようにも壊れているから止めらないこと、その一点だ。

「ツキノワ! レイル! 後は任せたから!」
鉄球を避けるために地面に伏せていたふたりに後を任せて、私は屋敷を飛び出し、庭先に寄せていたモノノフたちの集団をことごとく蹴散らす。人体を、壁を、地面を、周囲に生えた木々を、なにもかも暴風のように巻き添えにして。
こちらの意思で止められないなら、回転力を失うくらい何かしらにぶつけてしまえばいい。
鉄球はそれから何回転かして速度を落とし、集団の最後のひとりの猿面を叩き割って、ようやく過激すぎる円運動を止める。

「もう勝負は見えてるね。こっちの勝ちだよ」
「笑止。数で上回れば勝てる、その甘さと覚悟の無さが貴様らを敗北させるのだ」

思わず溜息が出てしまう。
この敵は未だに、なぜ自分が破れるのか本質を理解していないのだ。300年以上も生きていて笑わせる、いや、300年も生きてしまったせいで頭が凝り固まったのか。

「違うよ。死に場所を求めてめそめそしてる弱虫共と、今日も明日も生きることを楽しんでる人たちと、どっちが強いかなんて、始める前から決まってるってこと」

ヒヒガシラの振り下ろした曲刀は地面に届くこともなく、人であることを忘れさせた狒々の頭は金棒で顎から天辺に向けて突き砕かれ、拾った生を捨てるような猿の叫びは本当に天まで命を連れていってしまった。
弾けた頭はくるくると宙を舞いながら散り散りになり、残されて抜け殻と化した胴から下は眠るように地に伏せた。


そう、勝負は初めから決まっていたのだ。
おそらく何年も何十年も、彼が本懐を遂げるために夜襲を仕掛けると決めた時から。いや、きっとそれ以上にずっと前から。



夜が明けた。
私は夜明け前までは屋敷だった場所で正座して、少し怒り気味のサキガケたちに囲まれている。
「ヘイ、オジョーサン! 若長を助けてくれたのは感謝だケド、木を倒すのはよくないヨ!」
「屋敷を壊したのも駄目だな。若長、こいつらには厳しい罰を与えるべきだ!」
「そうだな……君らには感謝するが、なにもお咎め無しでは示しがつかん」
ツキノワたちはぎろりと目を光らせて、今にも食ってかからんと言わんばかりの勢いで私に迫る。
レイルが咄嗟に私の前で飛び出し、庇うように身構えるが、ツキノワとの腕力差と体重差で軽々と押し退けられてしまう。

私の手にずしりと重さが乗る。
重さの正体は、鞘に納められた1本の曲刀、彼らの故郷での呼び名を使うならばカタナだ。

「君らには屋敷に残った余計なものを片づけてもらう。ヒヒガシラの放置していった忌々しい刀と、あのでかくて邪魔なだけの図体のでかい機械だ。とりあえずそのふたつ、とっとと持って行ってくれ」

モノノフたちはニヤリと笑い、私の手には立派なワザモノと籠手の形に収納した壊れた狩狼道具。
まったく、本当にありがたいことだ。


私たちは彼らにゆっくりと深く頭を下げて、森の外へと向けて歩き出した。
木々の間から射し込む光が眩しい。まるで長い長い夜が明けたかのように。


ちなみにこの直後に迷子になってしまったのは、また別の話。



今回の回収物
・剛腕のダッデルドゥ
山賊の頭目の自由を奪った足枷を改造した、鎖に繋がれた巨大な鉄球を回転させる機械を接続した腕の形をしたユニット。
初動は遅いが回転速度に優れ、相手を強引に弾き飛ばす程に強い。ベースカラーは紫。
威力:A 射程:C 速度:C 防御:C 弾数:20 追加:吹き飛ばし

・ワザモノ
サキガケやモノノフの扱う東方の刀。切れ味鋭く、斬撃だけでなく突きにも対応している。鉄色。
威力:C 射程:D 速度:B 防御:― 弾数:∞ 追加:切断


今回のお供
・レイル・ド・ロウン
若い元騎士の青年で自警団員。獲物は槍。
威力:C 射程:C 速度:B 防御:― 弾数:―  追加:―(チャージ)
威力:B 射程:B 速度:C 防御:― 弾数:10 追加:―(投擲)


(続く)


(U'ᄌ')U'ᄌ')U'ᄌ')

狩狼官の少女のお話、第7話です。
モフモフファンタジーを書いていたはずが、気づいたら時代劇を書いていた、なんてのはよくある話です。

無駄に長生きはしたくないなあって思いました。まあそれも私がまだ14歳(飲酒可能)な年齢だからかもしれないけど。

あと女の子は女の子同士で仲良くするべきだと思うのって思ってるので、気でも狂わない限りはフラグが立った瞬間に圧し折っていきたいと思います。

ではまたでっす!