見出し画像

小説「潜れ!!モグリール治療院~第7話 このままここに住んじゃおう~」

生き物というものは大きくふたつにわけられる。
もふもふしている生き物とそうでない生き物がいて、みんながみんなかどうかは知らないけど、私はもふもふしている生き物の方が好きだ。兎や猫みたいな小さいモフモフも好きだし、熊や狼みたいな大きなモフモフも好きなのだ。
熊や狼は故郷にいた時に飽きるほど戦ったし、腹が減ってたら襲いかかってくるし、その辺りは油断できないモフモフではあるけれど、ぽってりしたモフモフはかわいいし、熊に至ってはお肉も美味しい。牛や豚はもっとかわいいし、もっと美味しい。
そう、モフモフは見ててかわいく、撫でで更にかわいく、おまけに食べてもかわいい。そんな素晴らしい生き物なのだ。

そして今、私こと狼の毛皮を被った狂戦士ウルフヘズナルのヤミー、ちなみに狼の毛皮は居候先で洗濯中なので今日は被ってないけど、それはさておき私はモフモフを堪能しているところなのだ。


「おのれ、人間め! もふもふするのは無礼なのである!」

私が撫でまわしているロカ族という生き物は、子どもくらいの背丈で、手足が短くて、頭が大きくて胴の長いずんぐりむっくりで3頭身の、ぬいぐるみみたいな動物たち。動物なのに人間の言葉が喋れて、雄雌があるのかわからないけど、みんな高い声で、我輩はなんとなかのである、みたいな喋り方をする。
見た目の種類も犬とか猫とか、ペンギンとか猛禽っぽいのとか、他にも蛇とかワニみたいな本来は毛のないものまで色々。
みんなしっかり表面が毛で覆われていて、触り心地は1回知ってしまうと、2度と放したくなくなるほど。
そうだ、このままここに住んじゃおう。ロカ族の女王にでもなって、一生このモフモフたちをもふもふしながら生きるのも悪くないと思うのだ。
「ねえ、このままここに住んじゃおうと思うんだけど?」
「嫌なのである! 困るのである!」
私は嫌じゃないし困らないけど?

「これ以上、もふもふされたくないのである!」
「こうなったら奥の手なのである!」
「用心棒の出番なのである!」
ロカ族たちはわちゃわちゃ右往左往しながら、ぴょこぴょこ跳ねたり、手をぶんぶんと振り回したりといちいちかわいい。
でもこのモフモフたちはかわいいだけの生き物ではない。このロカ族の町から、少なくとも気安く歩いていけるような距離にない人間の町まで一瞬で移動したり、こんな短い手足で立派な建物や橋や道を作ったり、そういう魔法みたいなことが出来る。みたいじゃなくて魔法なのかもしれないけど。
魔法を使うには、いわゆる素質というか才能がいる。理屈はよくわからないけど、私には使えない。故郷のじいちゃんとおとうさんも使えなかったけど、おかあさんはちょっとだけ手品程度の魔法が使えた。冒険者の中には当然魔法使いや僧侶みたいな魔法の使い手もいるけど、ほとんどがちょっと物を燃やせたりとか刺し傷を治せたりくらいで、火薬や傷薬の代わりになればいいなって程度。
だから用心棒というのは、もしかしたら想像もつかない強力な魔法を使えるのかもしれない。まあ、先手必勝でぶん殴るからいいんだけど。

「どっこいしょっと」

わちゃわちゃ走り回っているロカ族のすぐ傍に生えた木の上から、おじさんくさい言葉とは対照的にふわりと舞い降りてきたのは、鳥の嘴みたいなマスクを着けて、魔法使いが着るようなローブを頭からすっぽりと被った何者かで、声は嘴のせいなのか低くくぐもっていて性別はわからない。背はそんなに高くないけど、肩幅や足はすらりと細い。手袋をはめた手には一冊の本が握られていて、布の隙間からわずかに見える肌は褐色で浅黒い。
「クアック・サルバー! 出番なのである! 飯代の分、働いてもらうのである!」
どうやら嘴はクアック・サルバーという名前らしい。そして悲しいかな、この町にも人間の町みたいに飯代というものがあるらしい。
お金はめんどくさい色々なことを楽をするためにあるのに、なんでお金を稼ぐために苦労をしないといけないのか意味がわからない。ロカ族はかわいいんだから、人間みたいなことしちゃ駄目だよ。

「やあ、新米冒険者のヤミーちゃん。私はクアック・サルバー、これでも冒険者をさせてもらっている者だ」
なんで私のこと知ってるんだ、って訝しんだ眼を嘴に向けていると、
「冒険者にとって情報は命だからね。私は年に数回しかスルークハウゼンに帰らないが、定期的に他の冒険者から情報を得ている。君は結構な有名人だよ。かわいらしい北の蛮族の女の子が、他の冒険者が手を焼いていた大熊を倒したってね。おや、狼の毛皮は今日は持ってないのかい?」
「洗濯中だったから」
「それは残念。ま、そのままでも十分かわいいけどね」
私がネームドと呼ばれる怪物で巨大な熊、荒れ狂う剛腕を討伐したのが数日前、報告した時にいた冒険者たちが未踏査地区に向かったのがその数時間後、ということはここは冒険者の町スルークハウゼンからそんなに離れていない場所にある。
のかもしれないけど、よくよく考えたらロカ族は一瞬で移動できるから、クアック・サルバーも同じようなことが出来るのかもしれない。
いいや、考えるだけ無駄なら、倒してから教えてもらえばいいし。

私が背中に背負った熊手型の武器ベアレンレーキを握って構えると、クアック・サルバーが表情はわからないけど焦ったような身振りで両手を肩くらいの位置まで掲げる。その手には本は握られたままだし、もう片方の手は何も持っていないけど、ローブの中に何を仕込んでいるかはわからない。
「ねえ、ヤミーちゃん、ここは話し合いで解決しないかい? そうだね、例えば法や規則に則ってだね」
「え? やだ、めんどくさい」
「まあまあ、そう言わずに……回れ右してお引き取り願おうか」
クアック・サルバーの手に持った本が触ってもいないのに音を立てて開き、そこから一枚人差し指と中指で挟んでピンと引き抜き、くるりと躍らせながら見せつけてくる。
もちろん何か書いてあるわけだけど、私は北のド辺境のド田舎の、さらに超絶的な限界集落育ちなせいで文字があまり読めないので、その紙がなにを意味するのかはさっぱりわからない。
「退去交渉。ここは特別な許可を持たない冒険者は立ち入り禁止だ。速やかに出ていきなさい」
「え? やだ、ここに住むもん」
出ていけと言われて出ていくわけにはいかないのだ。紙に記された文字が不気味な光を帯びて、なにやら浮かび上がっているようにも見えるけど、結局読めないから何が何だか。

「ふむ、交渉は通用しないか……」
「おい、用心棒! 全然効いてないのである!」
「なあに、手は幾らでもある。ヤミーちゃん、君、揉め事は全部殴ればいいとか思ってるだろう?」
なんだか失礼なことを言い出したけど、あながち外れでもない。結局強い方が勝つわけだから。ただその強さが個々の戦い以外に、武器とか人数とか賢さとか権力とか入ってきて、なんだかめんどくさいことしてるってだけで。
私が素直に否定しないことで、なにか感じ取ったのか、クアック・サルバーが再び本から頁を引き抜き、またしても私に向ける。もちろん何が書いてあるのかは、さっぱりわからない。
「君が交渉に応じない根拠が武力にあるなら、それを取り上げてしまえばいい。武装解除命令、この町では武器の所持は認められない。今すぐ武器を捨てなさい」
「え? なんで?」
武器を捨てろと言われても、なんで捨てなければならないのだ。そもそもさっきからあれこれ命令してくるけど、なんで私が言うこと聞かなきゃならないのか。

「おい、用心棒! またしても効いてないのである!」
「さて、どうしたものかね……」
クアック・サルバーは嘴の先に指を添えて、しばらく首を傾げ、何か思いついたのか指をパチンと鳴らす。
「ヤミーちゃん、ちょっと酒でも飲みながら話をしないかい? そうだね、今度は平和的にね」
そんな提案をしながら指を酒場らしき建物に向けて、小鳥でも突っつくように動かした。
酒を飲ませてくれるのは嬉しい申し出だけど、一応流れでとはいえ敵対している相手。毒を盛られるかもしれないし、毒じゃなくても眠り薬くらい入れられてもおかしくない。
「あんたをぶっ飛ばしてから、ゆっくり飲ませてもらうよ」
このままだらだら続けてても時間の無駄。思いっきり熊手を振り回して、クアック・サルバーの上半身めがけて叩きつける。
しかし熊手は轟音を立てながら空を切り、地面スレスレを蛇のように進む嘴に懐に飛び込まれ、すぐさま膝を打ち付けて組みつかれるのだけは食い止める。
新しい武器の間合いにまだ慣れてない。おまけに膝で顎か額でも砕きたかったけど、そっちも腕でしっかりと防がれてあまり上手くいかなかった。
おまけに防いだ膝の勢いを消すように後ろに下がられて、追撃の拳も振り回せない。
状況は数秒前に振り戻された。結構出来るぞ、こいつ。

「紙切れひらひらさせるより、殴り合いの方が得意なんじゃない?」
「護身程度だよ。本当は話し合いや書類でどうにか出来ればいいんだけど、1万人にひとりくらい、私の魔法が通用しないのがいるんだよ」
振り下ろした熊手を避けられ、そのまま回転させながら突き込むも、横跳びに避けられる。
段々こいつのことがわかってきた、この武器はふたつの使い方がある。ひとつは大きく力任せに振るう対大型獣用の扱い方。もうひとつは、
「私の魔法は常識が無くても言葉が通じなくても効く。動物にも縄張り意識があるし、犯罪者はなにが悪でなにをしているか自覚がある……っと、危ない」
熊手を持ち換えて、柄の先端を細かく槍のように突き出し、素早い相手に対応する対小型獣の使い方。
突いて引っ掛けて、隙があれば熊手を半回転させて一気に圧し潰す。ちまちましてて好みじゃないけど、使えて損はない。

クアック・サルバーは服を引っ張られて体勢を崩し、そのまま真上から襲いかかる熊手の繋ぎ目を本で受け止めながら、かろうじて直撃を避けている。
「ヤミーちゃん、君、人間や動物のルールで生きてないんじゃないかい?」
失礼な。私をなんだと思ってるんだ。
私にもちゃんとそういうのはある。ただ、人間が勝手に決めた法律とか規則とか、そういうのじゃないだけで。


私の故郷ノルドヘイムは、極寒の地の限界集落だ。
そこにはノルド法とでも呼ぶべき、厳しい自然の掟がある。本当はそんな名前ない、今さっき付けた。
中身はすごく簡単で単純、徹底的な弱肉強食と個の生き方。
強い生き物からしたら他の生き物はあくまでも餌、縄張りは餌を取れる範囲を示すだけのもので、いってしまえば料理の乗った皿のようなもの。皿のここまでは食べていいけど、こっちからは駄目、なんて馬鹿げた話はないので、余計な線引きをしたりしない。向こうは線を引くかもしれないし、一応最低限気は使ってあげるけど、私の中にその線は無いのだ。
そして個の生活。ノルドヘイムの住人は助け合わない、むしろ他の誰かが熊や虎に襲撃されている間に戦う準備をするし、食糧が得られなかったら他の家から貰うこともある。でもそんなことで怒ったり恨んだりしない、その代わり助けたりもしない。一応子どもだけは優しくしようってことで、一人前に認められるまではなるべく狙わないし、なるだけ見捨てないようにはしてる。

だから私の世界は、町の連中や群れを成す動物たちと違って、自分という絶対的な個があって、他の餌となる生き物があって、その世界の外で人間がなんか小難しいことやってる、そんな感じで生きてる。
お金の存在は当然知っているし、誰かから奪ったり自分で作ったりするより楽だから使うし、法律とか規則の存在も知ってるけど、それを守る必要はないと思ってる。
むしろ私には無関係で、面倒事を避けるために余計なことをしないようにだけ気をつけてる。


「そういうことかい、なるほど、大した子だね……!」
クアック・サルバーが熊手に押し込まれながら、徐々に地面に接する範囲が増えていく。技術では向こうが上だけど、力では私の方が上だ。
このまま馬乗りになって殴り倒してしまおうと拳を振り上げた瞬間、クアック・サルバーが手にしていた本が突然開いて、切り離された頁が1枚、ぎゅるんと螺旋状に捻じれながら私の顔に飛んできた。
魔力のこもった紙は、もはや紙のそれではなく、例えるなら猟銃から発射された弾丸のような威力で、反射的に横に傾けた私の頬を掠めて、後ろの木に派手な音を立てて突き刺さる。
「へー、そんな魔法もあるんだ」
「昔から言うだろ? ペンは剣より強いって」
本から再び捻じれ尖った紙が発射されて、大きく上体を仰け反らせた私を足で押し返し、そのまま蛇のように後退してクアック・サルバーが拘束を解く。

「ぬうー! 全然埒が明かないのである! 手助けするのである!」

一進一退でさっぱり決着のつかない戦いを見かねたのか、ロカ族たちが魔法陣を描きながら、そのまわりをばたばたと手足を振り回しながら動き、人間よりも遥かに巨大で真っ赤な鶏冠と白い羽毛をまとった怪鳥を呼び出す。
「さあ、石塔を守る怪鳥! やっつけるのである!」
ネームド、石塔を守る怪鳥。巨大なだけでなく知能も高く、魔法まで使い、獲物を石に変えてしまう邪悪な怪鳥。数々の冒険者を石に変えてしまい、集めた石像を1本の石塔にしてしまったことから、その名前で呼ばれているらしい。
私もこれでも少しは勉強している。他の冒険者や冒険者向けの店の人たちから、迷宮に生息するネームド、いわゆる異名持ちや名有りの強力な怪物について教えてもらったのだ。

「でっかい鶏! 今夜は焼き鳥食べ放題だ!」
背中が捻じれるくらい熊手を大きく振り被って、熊手の爪を怪鳥の喉元に突き立てて、一気に柄を引き寄せる。
怪鳥は噴水のように血を噴き出しながら、コケェェと情けない叫び声を上げて地面に転がり、そのまま半分裂けた首を見せつけるように息絶える。

「うん、やっぱり毛皮がないから調子が出ない……」
ロカ族に嫌われたくないから、クアック・サルバーの時はある程度手加減してたけど、今のは全力だったのに首を落とせなかった。あの狼の毛皮は私の勝利の証だけど、同時に力も高めてくれる勝負服でもあるのだ。
完全に気分の問題なんだけどね、別に毛皮に特別な力とかないから。いや、あるのかな? わかんないけど、かわいいからどっちでもいいや。
要するに全力を出せなかったわけなのだ。
「毛皮? 人間は野蛮なのである!」
「怖いのである! やっぱり人間は嫌なのである!」
「我輩たちの毛皮は、そんなにいいものじゃないのである!」
ロカ族たちがぷるぷると振るえて、お互いの身を寄せ合って安心しようと、ぎゅっと一箇所に集まっている。こういうのをモフモフ天国っていうのかな、かわいすぎる。
このままここに居座りたいけど、狼の毛皮は取りに帰りたい。やっぱり私はウルフヘズナルだから、毛皮を被ってこその私なのだ。

「やっぱり毛皮がないと落ち着かないなー、かわいい毛皮欲しいなー、ちらっ」
獲物を見つけた獣みたいな目でロカ族たちに視線を向ける。
もちろん冗談だけど、ロカ族たちはピギャーと甲高い悲鳴を上げながら、さらにぎゅうぎゅうに固まってしまう。かわいすぎて、ついつい意地悪しちゃうじゃないか。
かわいいものはつい突っ突いてしまいたくなるのが、人間というものなのだ。
怪鳥の死体を見下ろしていたクアック・サルバーが呆れた様子で、ロカ族たちの前に歩み出て、もう敵意はないですって身振り手振りで、私とロカ族にとある提案してきた。

「ねえ、ヤミーちゃん。これは提案なんだけどね」


~ ~ ~ ~ ~ ~


「また今度ね、モフモフたち! 毛皮取ったら戻ってくるから!」

クアック・サルバーの提案はどうってことのない、些細で別段珍しくもないもので、でも落としどころとしては悪くないものだった。
ロカ族の町は冒険者たちが心血を注いでいる迷宮のどこかにあり、スルークハウゼンに戻って毛皮を取ってきた後、正々堂々と迷宮を踏破して戻ってきたら、住民として迎え入れるというもの。
ただしロカ族たちも他の冒険者に居場所を知られては困るため、本気で戻ってこれないように邪魔をしてくるし、この町までの地形には大きく手を加える。どうやら天然自然の大迷宮だと人間が思っていた場所は、ロカ族だったり亜人だったり誰かしらの手が加えられて、より複雑に難解にされているみたい。
道理で冒険者たちが足踏みしているわけだ。

ロカ族の集落は結構高い位置にあるようで、魔法以外で外に出るには町の端っこにある穴を何十メートルもうねうねと蛇行しながら降りて、さらに長く続く横穴みたいな洞窟を抜けて、何時間も真っ暗な中を這って進んでようやく明るい場所まで辿り着けた。
入り口がどうなってるのかわからないけど、多分出口と同様か、もしくはそれ以上に長く険しく、到底辿り着けないような作りになっているに違いない。
ロカ族たちが魔法で移動したくなるのもわかる。だって、もうすでにうんざりしてるもん。


「よっ、ヤミーちゃん、待ってたよ」

洞窟の外では眠たそうにクアック・サルバーが地面に頬杖突きながら寝転がっていて、私が出てくるのを待っていた。なにやらロカ族たちの町で暮らすのも飽きていたそうで、久しぶりにスルークハウゼンに帰還したいのだとか。
別に好きにすればいいけど、もしかしてその後も私にくっついてくる気なのだろうか。いくら私が魅力的でかわいいからって、変に気に入られても困るんだけど。
「……ほんとに同行するの?」
「もちろん。結構いいコンビになれると思うよ。暴力担当のヤミーちゃんに、交渉担当の私でね。美女コンビってやつだ」
「……美女?」
私が訝しげに眼を細めると、クアック・サルバーは全身を覆っていたローブを脱ぎ、顔を隠していた嘴を取り外し、銀色の腰よりも低い位置まで伸びた髪と、すらりと引き締まった手足の長い褐色の体を露わにする。素顔は中々の美人で酒場で葡萄酒でも傾けていたら簡単に下心丸出しの野郎共を転がせそうで、耳はエルフという人間の数倍の寿命を持つ種族特有の長い尖り耳。胸? 胸は私と対照的だよ、豊かに実った果実ってやつだよ。

「それにヤミーちゃん、スルークハウゼンまでどうやって帰るかもわからないんじゃない?」
「確かに……」
「おまけに地図もないし、コンパスもザイルもロープもテントも、冒険のための道具を何も持ってない。幸いなことに、偶然私はふたり分、たまたま用意してあるんだけどね」
クアック・サルバーはにやりと笑みを浮かべながら、地面にどかっと置いた古びた少し小さめのリュックと、比較的新しいけど使い込まれた大きいリュックを指差す。
「あー、でもリュックふたつも背負えないな。誰か小さい方でいいから背負ってくれる人がいたらいいんだけど」

そんな風に言われたら、断れるものも断れない。
ちょっと不本意だけど黙ってリュックを受け取って、そのままずしりとした重さを背中に乗せて、新しい仲間に連れられ、ようやく冒険らしい冒険に出発したのだった。


「そういえば法律に詳しいみたいだけど、元々警察とかそういう仕事してたの?」
「いいや、詐欺師だけど」


(続く)


<今回の新規加入冒険者>

クアック・サルバー
性別:女(ダークエルフ) 年齢:188歳(見た目20代後半) 職業:偽造師

【種族解説】
▷褐色の肌を持つダークエルフ。魔力はエルフとハイエルフの間くらいで、暮らし方や風習は相当に俗っぽい。

【クラス解説】
▷詐欺師の上級職みたいなもの。偽札や権利書まで作りだしたら立派な犯罪者。

【クラススキル】
☆偽りの大義名分
➡本物そっくりの書類を偽造して、書類系・話術系スキルの効果を高める

【主要スキル】
・武装解除命令
➡武器を手放すよう命じて戦闘を終了させる
・退去命令
➡土地の所有権を主張して一定範囲外へと追いやる
・免罪符
➡罪の意識を緩和しつつ外道な手段を許可、殺傷力を高める
・人身売買許可証
➡人権よりも書類の方が強い、相手を1ターン寝返らせる
・死刑宣告
➡そんなことされたら死ぬしかない、低確率の気絶効果
・武装放棄
➡言葉が通じなければ暴力に訴えればいいじゃない、直接的な魔法攻撃

【装備】
・脱法全書(武器・本)
⇨あらゆる法律の抜け道を記した解説書、子どもに読ませたくない本第3位
・ペストマスク(頭装備)
⇨毒や悪臭を防ぐ嘴状のマスク、本当は医者が使う道具


ー ー ー ー ー ー


というわけでモグリール第7話です。
いわゆる仲間加入回のその1です。前シリーズではいまいち活躍しなかったクアック・サルバーさんです。
クアック・サルバーはヤブ医者って意味です。ヤミーちゃんも闇医者から来てるので、きっと仲良くできるでしょう。

今回は本を使った戦いってこうだよね的な感じで書きました。
魔法が通用したら遠くまで飛ばされたり、操られて武器を捨てたりしたんでしょうけど、正直ちょっと反則過ぎるのでヤミーちゃんの価値観と絡めて、本能的に通用しない相手がいるっていう弱点を作りました。

まだパーティーふたりだけですが、モグリールとヤーブロッコと合流できるのはいつになることやら。
でもまあ、のんびり書きますです。です!